初めまして
このお婆さんはやはりあたしの妹の沙霧であるらしい。二人でしか知り得ないマル秘情報をいっぱい知っていた、主にあたしの心痛のネタを……。他にも五十年の間に何の変化があっただの、最近の情勢だのを色々教えてくれた。
あたしこと柚木果狩遥は後天的な遺伝子障害(と言う説明だった)の為、中学に上がったばかりの頃からやたらと疲れやすくなり。酷い時には電池の切れた玩具のように、日常生活の中で倒れる事が多々あるようになった。もう最終的には睡眠時間が一日十八時間とかの猫生活に。医者も「最善を尽くします」しか言わなくなったので、その時の当主だった祖母の鶴の一声で、あたしは治療法を待つ為に延々と眠る羽目になりました。
でも、こうやって起きれてるって事は治療法が出来たのかなあ? 気になったあたしは沙霧に聞いてみた。
「ね、ねえ、さーちゃん。あたしがこうやって起きてるってのはさー」
「ええ、残念ながら。姉さんの治療法はまだ確立されておりません」
「……はい? え、じゃあ何であたし、ここにこうしているの? いやいや待てマテ、もしかしてこれは夢?」
「落ち着いて下さい姉さん。順を追って説明しますから。ついでにその赤ん坊の事も」
そう言って説明されたのは次元の壁をぶち破って現れた、別次元の存在の人達だった。その人達は暫く人類の目の前で戦いをしていて、それを止めたと思ったら人類にコンタクトを求めて来たのだとか。
で、政府とかの国同士の会話は割と友好に済んで、問題になったのが……。
「この子達?」
「はい。信じられないのですが、どうやら崇め奉られるような存在らしいのですよ」
「だったら早い所、あたしから引き離して会わせてあげれば良いんじゃないの? ほら、検査を受けている間だって一日千秋の思いだっただろうし」
「出来ればもうやっています」
呑気なあたしの発言に沙霧はピシャリと言い切った。検査で病院を歩き回っている最中にも、柚木果狩家のSPさん達が果敢に挑戦していたらしいんだ。でも、近寄るだけならまだしもあたしから引き離そうとすると、掴む事すら出来ないんだって。「コノヤロウ」とか思ってアタックした人は、物凄い反発を受けて弾き飛ばされちゃったんだとか。道理で後ろから凄い音が聞こえて来たり、やたらと黒服の人達が疲弊してたりした訳だ。
凄い音に後ろを気にしなかったのは薄情とか言わないように。柚木果狩家は後ろ暗い部分がある大きくて古い家だから、SPが付けられている時の対応マニュアルとかあるのよ、色々。言ってて悲しくなってきたなあ、まったく。
「じゃあ直接届けてあげるしかないんじゃない?」
「この車がどこに向かっていると思っているとお思いですか。これからあちらの代表者と歓談の場が設けてあるんですよ」
「……あたしも一緒に?」
「その子達が姉さんから離れない限り、当たり前じゃありませんか」
そりゃそうだ。
代表者って事はお偉方と会うのかー。えーと、えーと……。いかん、対応の仕方とかさっぱり忘れているね、うん。一族の中だと落ち零れだからなー、あたし。成績も中の下くらいだし、容姿も平凡だし、運動も病気のせいで出来なかったし。
そんなあたしが分家にも養子に出されず、本家で悠々と過ごしていられたのは祖母のお陰だ。若い頃から霊感に長けていたと言う祖母は、あたしが生まれた時に「この子は将来とんでもない事になる」と言ったらしく。その予言のお陰で本家での生存を許されていると言う訳です、ハイ。
なんと言いますか、幼い頃に祖母から聞いた話だと、柚木果狩の一族に生まれた者は優秀な者が多く、そんな中で時折祖母みたいに妙な能力を持った子供が産まれてくるらしい。でもあたし自身何かの能力を持っている自覚も無く、妹は優秀だったし、両親には嫌みを言われたし、肩身が狭かったのも確かだ。
それでも祖母のお陰で病気の事で医者に匙投げられても、そのまま見放されずにコールドスリープなんて処置を取って貰えただけでも幸運なんだろう。でなきゃ今この場で五十年も時を越えて沙霧と会話が交わせるなんて無かったし。
「そういえば御婆様は?」
「もうとっくにお亡くなりになりましたよ。私達の両親も私が当主を受け継いだ頃に亡くなりました。今度お墓参りに行きましょう」
「うん、そうだね」
どちらかともなく車内がしんみりする。腕の中の赤ん坊達が唐突にむにゅむにゅ言いながら身じろぎしたので、少しずらして抱え直す。安心したのか、体を丸めてまた静かに寝息を立て始めた。
「未婚の母と言った感じですね。昔から小さい子に懐かれる癖は変わらないようで」
「癖って言うのかなこれ……? 昔面倒見て上げた子達って、どうしてる?」
「皆それぞれ分家を纏める長老格になっていますよ。姉さんが目覚めたと聞いて、薬師寺家の蓉子が会いたがっていました。勿論、姉さんより遥かに年を食っていますが」
「蓉子ちゃんがかー。会う会う、コレが終わったら会うよ。美人さんになったのかなー」
「もはや美人を通り越していますけれどね……」
苦笑して「変わらない」と呟いた沙霧と顔を見合わせて笑い合う。
車が途端にゆっくりとした動きになって、カーブを曲がり段差を越えて、静かに止まった。これは何処か目的地に付いたんだなーと分かる。外から運転手さんがドアを開けてくれて、両手が塞がっているあたしは沙霧の手も借りて車から降りた。目の前に広がったのは綺麗な日本庭園を持つ一軒屋、の様相を呈した昔にも何度か見た事のある料亭だった。五十年経っても続いていたのねー。築何年経っている事やら……。
入り口で女将さんに「ようこそお越しやす」と挨拶されてから中へ案内して貰う。あたしが抱いている赤ん坊二人に目を丸くしたけれど、ほんのちょっとで直ぐにこやかな表情に戻る。女将の鏡だね~。「お相手の方もお待ちです」と通された座敷にその人達はいた。
片や、パンク系のテーラードジャケットやらレザーパンツやらに身を包み、座敷なのに土足で胡坐を掻いた真っ赤な髪のワイルド系白人的イケメン。やや雰囲気がおじさん臭い。お猪口を掲げながら「よう! 先にやらして貰ってるぜ」と声を掛けてきた。それだけなら行儀の悪い人にしか見えないが、背中には巨大な黒い翼が十二枚も生えていた。
もう片方は涼風の鳴りそうな雰囲気の、煌びやかな印象を持つ短い金の髪の北欧系イケメンお兄さん。白く輝く法衣と言うべきな衣装を身に纏い静かに正座している。こちらに目を向けると「ああ、神子を連れてきてくれたのですね」と眩しい位の控えめな笑みをうかべた。こちらも背中からは白い翼が十二枚も生えている。
ああ、たしかにこの子達の身内ですね、これは。