散歩道・本家⑦
栄蔵兄さんとの間のわだかまりと言いますか、ギクシャクも解けました。しゅーちゃんとしーちゃんはオヤツを食べたら、こっくりこっくりと舟をこぎだしたので、望さんの持ってきたタオルケットでくるんで纏めて胸に抱えます。
「大丈夫か? ひとり引き受けてやろうか」
「ありがたいけど、兄さんじゃちょっと無理かな?」
気を使ってくれるのは嬉しいけど、老人が倒れると大騒ぎになるしね。あたしの代わりに望さんが迂闊に長時間神子たちに触れるとどうなるか、と言う経験談を教えていた。
「面白そうだな、そ―――」
「やめて、絶対ヤメテ! さーちゃんの白髪が増えるから!」
『そいつは試してみる価値が~うんたらかんたら』とでも言おうとした栄蔵兄さんを遮る。洒落になんないから! 老人は体を労るべきでしょ。
「……ぷ」
「むー」
「わたたたっ……」
大声を出したあたしに反応して、ちょっと首をあげる二人。でも、もう半分寝ているのか直ぐにコテンと胸に寄りかかる。そのまま頭が納まる丁度いい位置を探して体を捻り、すやすやと熟睡しちゃった。
「今日の散歩はここまでかな?」
「そうでおますね」
「では大旦那様、失礼致します」
あたしのやれやれとした溜め息にスフちゃんが同意し、望さんが出したものを片付けて、兄さんへ一礼する。
「家の中で散歩なんざしてねぇで外へ出りゃあいいじゃねえか?」
「あたしもそうしたいんだけど、この子たちが服を着ないでしょう。みっともないかな~って」
「遥に文句や苦情を言える奴がいると思うか?」
「……何だか知らないけど、やたら皆の態度が仰々しいのは、さーちゃんが何かした?」
「いつも言ってるだろう、自覚しろと。オメェは柚木果狩の直系で、その赤ん坊に何かあったら始族終族と戦争が勃発するかもしれねえんだ。そこんとこは念頭に置いておけよ」
「はぁーい」
うう、お小言貰っちゃった、ヤブヘビだったなあ。
昔から栄蔵兄さんとさーちゃんにはお小言をよく貰う。まあ、それだけあたしが頼りないって事なんだろうけど。次代の当主もあたしよりさーちゃんって声が多かったしなあ。
これでもちょっと御婆様の決断を受けて、コールドスリープに入ってしまった後でさーちゃんに罪悪感があったんだ。
最後の別れのときに、さーちゃんてばボロボロ泣きながら『安心して眠っていてください姉さん。いつか姉さんが目覚めたときに安心して暮らせるよう、私がキッチリ柚木果狩家を引き継ぎますからっ』とか言ってくれた。あたしには自分が居なくなることで、さーちゃんが自分の未来以外の余計な荷物背負ったんじゃないかって、心配してたんだ。それだけがずっと心残りで、なんとなく聞けてないんだよね。
ちょっと元気がないのを心配されちゃったけど、何とか誤魔化してその場を後にする。きっと栄蔵兄さんにはあたしの元気がない理由が分かりきっているんだろう。『仕方ねえなあ』って顔で見送られちゃったもの。絶対バレてるってあれ……。
離れに向かう渡り廊下で、さーちゃんに出会う。どうやら何か用事があったみたい。
「おや、姉さん。散歩は終わりですか?」
「うん、二人がこの通りだから。留守にしててごめんね」
さーちゃんはあたしの胸に抱えたしーちゃんとしゅーちゃんの可愛らしい寝顔に微笑みつつ、「そうですか」と頷く。
「頂き物のお菓子を渕華に渡しておきました。姉さんたちで召し上がってください」
「うん、ありがとうね、さーちゃん」
さーちゃんってば、こうやって時々頂き物のお菓子をよく持ってきてくれるんだ。湖桃ちゃんには『先代自ら行かなくても……』とか言われるらしいんだけど、こうでもしないと同じ家の中に居ても会えない、と言うのはさーちゃんの談。姉妹だから会うのに理由は要らないと思うんだけど。
まあ、普通ならこういったときにさり気無く”あのこと”を聞き出せればいいんだけど。さーちゃんの苦労を考えると、とてもそんな事は切り出せない。というか切り出せるほど勇気が出ない。
「どうかしましたか?」
「う、うん。さーちゃん疲れてないかなあ、って」
「そうですね、当主業の大半はすっかり湖桃が引き継いでくれているので、多少の暇は出来るようになりました。そうなると今度は何をしたらいいのか、悩みますね」
「じゃあ、今度あたしと散歩しよ。この子たちも一緒でよければだけど」
「それは面白そうですね。そのときは連絡を下さい、姉さん」
そのときに聞ければ……、いやいや、ここで姉のあたしが動かなくてどうするんだ。頑張れあたし!
「うん。……じゃあ、これからさーちゃんの持ってきたお菓子でお茶とかどう?」
「心揺れるお誘いですが、今日は少し不都合が。また後日にお邪魔しますね」
勇気を振り絞ったお誘いは、さーちゃんの都合で却下されました。ほっとしたような残念なような……。うう、次こそ頑張ろう。このままずるずると後回しにならないようにしなくちゃね。
こうしてこの子たちが来てから初めてのお散歩は、あたしの尻切れトンボで終わったのでした。
④辺りからもう原文が象形文字ですら無くなり、異界語になったので新しく書き起こしました。何か当初の予定と違い、話が変な方向に……。あれー?