散歩道・本家⑤
「ほほー。望さんのお知り合いですか?」
「あ、はい。数馬家の末娘、幾留ですね。家が隣同士なので」
あー、数馬家って階段途中の和菓子屋さんだったっけ。鞍町家はその隣だもんね。そうそう、その昔に潤ちゃんや他の子にも和菓子とかあげたんだ、桜とか見ながら。あの子たちは花より団子だったねー。
「も、申し訳ありませんっ!!」
「はい?」
「ぷ!」
肩までの髪を軽くカールにした幾留さんがあたしに向かって頭を下げる。ああ、しゅーちゃんたちがびっくりしてるじゃない。いきなりの大声はびっくりするよねー。目を丸くしているかなえくんは兎も角、頭の上にいてポンと跳ね上がり、あたしの背中に隠れたしーちゃんの頭を撫でて落ち着かせる。
「あー、はいはい、びっくりしたねー」
「むー! ぷむー!」
「コラ幾留! 神子様たちを驚かせるとは何事ですか!」
「は、はいっ、すみません!」
あっちはあっちで望さんが幾留さんを叱っているし。でも本人はなんで望さんに怒られているのかよく分かってないみたいだけど。さっきの『申し訳ありません』は、かなえくんから目を離したことが本家の人間にバレたと思ったからだよねえ。
「遥様、この子どうするおつもりですえ?」
「えこしゃん!」
「ああ、うん。ちゃんと親の所に戻すわよ。幾留さんに託すけど」
ひょいとあたしの肩に乗っかったスフちゃんに、かなえくんが笑いながら手を伸ばす。つーか、四人も乗らないでよ。重く……はないけど、なんか巣みたいな気がしてきたなあ。直に届けたら幾留さんの立場がないものね。
「あ、あの……」
「はい、なんでしょう? 幾留さん」
一通り叱られた幾留さんが、恐る恐るあたしに話しかけてくる、けど。その怯えた表情は何ですか? 望さん、幾留さんにあたしの事をなんて言ったんですか? ええい、もう普通に接してくれる人が自分の部屋以外にいない状況に心が折れそうです。
「先代様の姉上殿にはご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ありません」
「あー、気にしないで。こっちはほら、丁度通りかかっただけだし。散歩の途中だし」
「ぷぅぷぅ」
「むい」
うん、散歩だけどね。実際歩いているのあたしとスフちゃんと望さんだけだけどね。
ペコペコ頭を下げる幾留さんを小突いた望さん。あたしの腕からかなえくんを受け取ると、そのまま幾留さんへ渡してあげる。ほっとした表情になる、これ実際使用人束ね長が聞いたら超怒られるからなあ。
「このことは長に報告しておきます」
「ええーっ!?」
望さんが地獄へ突き落とした!?
その腕に抱かれているかなえくんは、お側役の危機もなんのその、上機嫌で「きゃっきゃっ」と笑っている。望さんは真面目だし、あたしがとりなしても聞いてくれるかなあ?
「ま、まあ、望さん。ここはちょっと勘弁してあげようよ。ほら幾留さんも泣きそうだし、ね?」
「泣いて済むのなら束ね長はいらないのです。……が、遥様がそう仰られるのであれば」
「だって、幾留さんも次は気をつけようね。赤ん坊って変なところでバイタリティあるし」
「は、はい。ありがとうございます!」
半泣きの顔で鼻を啜りながらペコペコ頭を下げる幾留さん。幼児抱えた状態で上半身を振るなと、望さんに拳骨を貰っている。やれやれ、この件はこれで解決かな?
「むーうー」
「は? しゅーちゃんがどうし……。あれ、いつの間に抜け出たのか……な?!」
しーちゃんが忠告をくれたので、あたしの腕から姿を消したしゅーちゃんを探して周囲を見渡す。スフちゃんの尻尾を持ってぶら下げたしゅーちゃんが、枯れ山水の庭上にいた。
「ぷい」
「ってこらああああっ! スフちゃんを白砂の上に落とそうとすんなあああっ!!」
あたしの叫びを無視してスフちゃんの尻尾から手が離れる。しかしスフちゃんは翼をぐわっと広げ、あたしの方まで飛んで来た。ふう、おっかねー。スフちゃんを腕の中に抱くと、慌てて飛んで来たしゅーちゃんが、そこは自分の場所だと主張する。
「しゅーちゃんは悪い子だから、この場所はスフちゃんに譲ろうよ」
「ぷーぷー!」
「もうやらない? ほんとかな~、これであたしが怒ったの二回目でしょ」
「ぷー!」
「よしよし、じゃあもうやらないね。約束だよ~」
「ぷぃ」
「あむー」
「ほら、目を離すとエライ事になる見本がそこに」
「すみません、以後重々気をつけます……」
ちょっと、あたしを勝手に見本にしないでくださいな。