散歩道・本家④
どうやらこの子は「かなえ」くんと言って、さーちゃんの息子さんの末息子らしい。この子以外にも十代の息子さんと娘さんがいると聞く。ええと、たしか湖桃ちゃんの弟で隆文くん……、だったっけ? あたしがコールドスリープから目覚めたときに診察してくれた病院は、その子が経営する所だったとか。
やばい、あの時しーちゃんとしゅーちゃんを引き剥がそうとしたSPの人たちが吹き飛んでたんだっけ。院内に余計な混乱を呼んでないといいんだけど……。
記憶から黒歴史として封印しようと思って、気にするのをやめる。思案してたら、浴衣の裾をくいくいと引っ張られているのに気が付いた。下を見ると、そのかなえくんが期待に満ちた目であたしを見上げている。
「えーと、どうしたの?」
「とりしゃん!」
「と、とりぃ? ……あ、しーちゃんか」
「むぃっぷ!」
どうやらしーちゃんの白い翼を見て、鳥だと思ったらしい。鳥に間違えられた本人は「とりじゃないもん!」とぷんぷん怒っている。その仕草もかわいいけど。でもしゅーちゃんの翼はどう見えるんだろう? カラス?
「このような所でどうなされたのですか、かなえ様?」
「えこしゃん! とりしゃん!」
「いやあのう、望さん? こんな小さい子にその質問は答えられないでしょ」
「ぷうい」
「しゅーちゃんやしーちゃんの言葉は、あたしかスフちゃんくらいしか分からないって」
「まァ、遥様は特別でおますしの」
ううん、これでも一般人を自負。……したかったんだけど、この状況じゃ流石に無理だよねー。
かなえくんはあたしの足元でぴょんぴょん飛び跳ねながら、「とりしゃんとりしゃん」と繰り返している。うん、もしかしなくても触りたいんだろうけど、触れないのよねぇ。翼を小さくしてるといっても、先端はあたしの肩を覆うくらいだ。ある程度まで成長すれば、翼を視認できなくする術も自覚して使えるのだとスフちゃんが言っていた。ちっちゃい翼でもあるとかわいいよね、お遊戯会の演目みたいで。
床に腰を下ろすようにして、翼が何とか届く位置まで姿勢を下げる。あたしの横にトコトコと移動したかなえくんはしーちゃんの翼に手を伸ばすが、スカスカとその手は空を切るばかり。キョトンとした顔で今度はしゅーちゃんの翼に手を伸ばすが、それも掴めない。な、泣いちゃわないかな?
「ぷー」
あたしの腕の中からしゅーちゃんが手を伸ばし、翼を掴めないかなえくんの手と合わさる。動きを止めるかなえくん。しばし見つめあった後、両者とも目じりを下げてへにゃーんと笑う。
「あ、友情が育まれた。しーちゃんは?」
「むー」
「『ヤ』って……」
さすがしーちゃん。自分が興味ないことはしゅーちゃんに同調しようともしないわ。学校行かせたら通信簿の備考欄に『協調性に欠ける』とか書かれそうだ。
しゅーちゃんがあたしの腕から抜け出して、かなえくんと廊下で向き合い手を合わせたまま上下運動を繰り返す。これはいったいどういう遊びなんだろうか? まあ、二人とも楽しそうなのはいいんだけどね、ここは十二月の寒風吹きすさぶ廊下なんだよ。いくら子供が体温高いからって、この状況はちょっと可哀想だわ。
「はいはい、ここは寒いからかなえくんはちょっとごめんね~」
「ねーひゃん?」
「ぷぷい」
廊下からひょいと持ち上げ、腕に抱え込む。しゅーちゃんは翼で飛び上がって反対側の腕の中にすとんと。……赤ん坊二人に幼児一人ってちょっと重い、気がする。一瞬重いと思ったけど、次の瞬間にはそんな気がしただけに。重力操作か、瞬間的な筋力UPでもしているのか、あたしの肉体は?
「むー」「ぷい」「なー」
頭の上と腕の中で意味の分からない会話をしないで頂きたい。さて、どうしよう?
「かなえくんは流石に一人でうろついていた、って訳じゃないですよね?」
「ええ、隆文様は本家から出ていますし。おそらくは隆文様ご夫妻が先代様か当主様に用事があり、その間かなえ様を使用人に預けていた、と言うことではないでしょうか?」
「見失ったら、その人怒られますよね……」
望さんが考えながら推論を述べた。だいたいこの状況ってそんなもんだよね。しかしこの年代の子供を見失うのかぁ……。こりゃ、しゅーちゃんとしーちゃんがこのくらいになったらちょいと気をつける必要がありそうだね。
「遥様」
「ん、どうしたのスフちゃん?」
「小ィさくその子供を呼ぶ声がしますえ」
耳をぴくぴくと動かしたスフちゃんが問題の使用人を見つけたようだ。ちなみにあたしにも望さんにもなにも聞こえていない。始族の超感覚すごーい。
「それはまあ確かに。居なくなった事を誰かに知られたら重大問題ですね。遥様に見つかっているので、時既に遅しですが」
「そんなに望さんはあたしを密告者にしたいんですかぁ?」
淡々と言っても顔が笑っていますよ望さん。スフちゃんがこっちに近付いてくるというので、その場でぼーっと待っていることにする。そしたらあたしたちが来た方向、後ろからそろーりそろーりと角を曲がって「かなえさまー、どこですかー?」と口元に手を立てて小さい声で探し回る使用人の女性がやって来た。
「幾留?」
「あ、望ちゃ…………」
そりゃ分家の子息子女で構成されている使用人ですから、望さん知っているよね。そしてその人は並び立つあたしを見た瞬間、この世の終わりのような顔をして凍りついた。
全然進まない散歩だなあ……。