おはようございます
「し、信じられん。あれほど異常だらけだったカルテと比較しても、何の問題も無くなっている……」
「異常を聞いているのではありません。健康であれば問題無いではありませんか」
二枚のカルテを驚愕した表情で見つめ直す医者と、淡々とした声で怒っているらしいお婆さんの掛け合いを、あたしはぼけーっと見つめていた。
目が覚めたら全裸で外に居て、大挙して押し寄せて来た黒服の人達と顔合わせしてしまったあたしがとんでもない悲鳴を上げてしまったのは、当然の権利だよね! ううっ、見られたー。もうお嫁に行けない……。
その後にわらわらと湧いたメイドさんに捕らえられたあたしは病院服を着せられ、黒塗りの車にお婆さんと同乗して病院へ直行。各種検査を一通り受けて今に至る、と。
色々と疑問は尽きないんだけど、とりあえず最大の質問は、あたしの病院服の肩を片手で摘み、黒白の翼を広げて空中に浮かぶ二人の赤ん坊でしょう。しかもこの診察室に来るまで出会った人達、患者とか看護婦とかがね。ぎょっとした顔でぶるぶる首を振ると、見なかった事にしようとかいう風にスタスタと早足で去って行った……。
ちょっとおおおっ!? 誰かこの子達について相談させてよおおぉ!
んーむにゅ……。とか呟いた片方、金髪の子がちっちゃな手で肩を掴んでいた所からよじよじと登る。この場合は下る? んで、肩から移動してあたしの胸の中にすっぽり収まる。すると片方だけでもあたしの身長を遥かに越える大きさを持つ翼がしゅるしゅると縮んだ。姿相応の小ささになった翼がちんまりと自己主張する。今度はもう片方の黒翼を持つ子も同じ様に移動して左胸側に収まる。
うおーかわええ~、癒やされるぅ~。…………じゃなくてっ! は、危ない危ない危うくこの自然な可愛さにヤられる所だった。気が付くと医者とお婆さんが目を丸くしてこっちを凝視していた。違います違いますよ、二人ともあたしの子じゃないんですよ。つか伴侶を持った覚えもなければ、翼を持つような子供を産んだ覚えもない。ついさっきまでコールドスリープ状態だったあたしに心当たりなんかないってーの!
「はい、姉さん。もうお医者様は用がないそうですから行きましょう」
「は、はぁ……」
スタスタとやって来たお婆さんがあたしの腕を取って椅子から立たせると、ぐいぐい引っ張る。ちょっ、このお婆さんパワフル過ぎる。そのままあたしを診察室から少し離れた病室まで連れて行く。
疑問その二。さっきからこのお婆さん、あたしを『姉さん』と呼ぶのだ。その都度、事情を聞こうとするんだけど、怖い笑顔で口を封じられてしまうんだ。紫色の着物に白髪混じりの結った髪、柔和な顔立ちは優しいよりは凛々しいと言う印象に見える。似ている気はするけど、記憶にあるあたしの祖母とは全然別人だし、なんでそんな呼び方をするんだろう?
押し込まれた部屋には医療用のベッドは無く、ガラーンとした中に居たのは数人のメイドさんだ。わーっとあたしに群がったメイドさんは病院服を脱がすと着物を取り出し、テキパキと着付けを済ませていく。ちなみに脱いだ病院服には二人の子供がくっ付いたままで、翼を広げてもいないのにプカプカ浮いている。一反木綿みたい。しかし良く寝る赤ん坊だなあ、あたしが目覚めてからずっと寝てばかりいるけれど、御両親は心配していないんだろーか?
「あれ、この着物……?」
「姉さんが気に入ってた着物ですよ。さあ、時間がありませんからさっさと行きましょう」
紫陽花染めの薄い紫の着物はコールドスリープに入る前に祖母から送られた物だ。お婆さんに引っ張られる前に病院服から赤ん坊を引き離し、胸に抱え直す。ジト目であたしを見つめるお婆さん。あたしが悪いんかっ。
再び黒塗りの車に押し込まれて、慌ただしさも抜けたあたしはやっと疑問点が聞きだせると思った。隣に座っていたお婆さんが、「さあ、何でも聞いて下さい」と言う顔をしていたからだ。何故かこのお婆さんの表情だけは読みやすい。
「えーと、それではお婆さんに聞きたい事が山積みなんですけれど……」
「まあ、お婆さんだなんて他人行儀な呼び方は止めて下さい。昔と同じく呼び捨てにしてくださって結構ですよ。姉さん」
「いやいやいやいや流石に倍の倍以上歳の離れたお婆さんを呼び捨てなんて失礼でしょう。……ん? 昔みたいに?」
あたしが首を捻ってると、うっかりしてたと呟いたお婆さんが、苦笑しながら自分の額をぺしんと叩いた。ん~、この仕草は覚えがあるわ。ええと、確かあたしの妹が良くやっていた……。
「ご自分の名前と年齢は覚えておいでですか姉さん? 今更ですけど自己紹介と参りましょう」
「ええと、はい。柚木果狩 遥、十七歳です。宜しくお願いします」
「これはご丁寧にどうも。柚木果狩 沙霧、六十六歳です」
「ん? 沙霧?」
「ええ、昔みたいにさーちゃんとでも。呼びやすいようにフランクな呼び方で結構ですよ」
悪戯が成功して満足した表情で沙霧と名乗ったお婆さんが……、ええっ! 沙霧っ!?
「沙霧? 沙霧ってさぎり? さーちゃん!?」
「ええ、そして姉さんは数え年で六十七歳。つまりコールドスリープに入ってから五十年も経っているわ」
……さん、はいっ
「ええええええええええっ!?!」