涙は女の武器です
「さーちゃんが!」「姉さんが!」とくだらない昔話で盛り上がっていると、望さんが「お客様ですよ」と取り次ぎに来た。ふと周囲を見渡してみると部屋に居る人数が足りない。
「湖桃ちゃんは?」
「先程、お戻りになりました」
どうやらあたしたちの姉妹仲に呆れてしまったようです。蔑ろにしてしまうとは、反省。兎も角、お客を通して貰うと静流ちゃんだった。帰宅したばかりなのか制服のまんまで部屋に来て、さーちゃんを見ると居住まいを正す。
「先代様、いらっしゃっていたのですか」
「なんですか、着替えもせずに姉さんの前へ出るなんて……」
お説教が始まりそうだったので待ったをかける。
「あたしがいいよって言ったんだよ。今の授業とか興味あったし、お説教ならあたしに頂戴」
「……ま、まぁ、姉さんがそうまで言われるのでしたら。次は身嗜みに気をつけるのですよ」
「申し訳ありません、先代様。次は留意致します」
深々とさーちゃんに頭を下げる静流ちゃん。良い子だ……。 「長居をしてしまったようですね」とさーちゃんが部屋を去ると、肩を落として溜め息を吐く静流ちゃん。あたしがじーっと見ているのに気付くとぴょんと姿勢を元に戻す。
「大丈夫だよ、あたしはそんな口うるさくないから。むしろくどくど言われる立場はよく分かるし」
「はうぅぅ、ありがとうございます遥さーん」
涙目でうなだれる静流ちゃん。なんでもあたしみたいに甘やかしてくれるのは、栄蔵兄さんくらいしかいないんだとか。湖桃ちゃんもさーちゃんも三つ年上のお姉さんも、二言目には小言をくれるらしい。
いや、それはまだマシなんじゃないかな? あたしなんて実の両親に「役立たず」だの「屑」だの「妹に劣る」だの言われたけど。ああ、なんか思い出したら涙出て来た…………。
「は、遥様っ! ……って、え?」
ポロリとこぼれ落ちたあたしの涙にギョッとする静流ちゃん。ちょっと呼び方が「様」に戻ってるよ。しかし、それを注意する間もなく、あたしも違う事態に驚いた。足元と脇から強烈な光がほとばしったからだ。
しーちゃんからは白い、白くどこまでも透明な純粋な光。いつの間にか目を覚ましていたしーちゃんからほとばしった光は、溢れ出た水のように床を伝い縁側を這い、庭に到達すると大きく広がる。そこで一際輝いたかと思ったら、ゆっくりとエレベーターで上がって来るみたいな形で、鎧や剣で武装した始族の一団が現れた。
しゅーちゃんから放たれたのは黒い、夜の闇より純粋な黒。しゅーちゃんより独立した黒は空中でボールのように丸くなると、庭まで自力で飛んで行き直径に見合わない物をむりむりっと産み落とした。現れたのは翼の生えた真っ黒い三頭の獅子。目が赤い、口が怖い、牙が凄いと恐ろしい面構えだけど不思議と怯える怖さは感じなかった。
静流ちゃんに至ってはあたしの背中に張り付いてぷるぷる震えている。
「ぶー!」
「あーむー!」
バッサバッサと翼を大きく広げて縁側の天井付近まで飛びあがる二人。膝を付いてしーちゃんに剣を掲げる武装した始族の人たち。横に並んで大人しくなる三頭の黒い獅子、翼付き。あれも終族でいいのかなぁ?
「ちょっ!? 何の騒ぎでっしゃろか!」
「あ、スフちゃん」
さっき庭の方へ避難していたスフちゃんが慌ててすっ飛んで来て、しーちゃんたちの前に並ぶ物騒な方々を見、ピキーンと硬直する。
「し、ししし、執行部隊?!」
「しっこう……?」
「お二方が敵を排除すぅために喚び出す者の事ですえ」
「ど、何処に敵が? 敵ってなんですかっ!?」
静流ちゃんパニクり過ぎ。お陰であたしが慌てるひまがなくなっちゃったよ。
「ぶーぷ!」
「うー!」
ビシッと片手を上げ、強い口調で号令みたいなものを掛ける二人。ガシャリと鎧を鳴らす始族の騎士さんたちと、ガーオーと吼える黒獅子たち。耳を傾けていたスフちゃんがびくびくしながらあたしを見上げた。
うん?
「遥様をいじめた奴をやっつける、と言ってますえ?」
「は? あたしがいじめられた? いつ?」
意味がよく判らないんで首を傾げると、背後にいた静流ちゃんが「あ!」とか声を上げた。
「遥様さっき泣いてたじゃないですか!」
あー、あれ。昔の辛い思い出がね、うん、うん?
「って、原因はさっきの涙?!」
「ぷーぷー」
「むーぷー」
はっ、となってしーちゃんとしゅーちゃんを見上げると「そーそれ」とでも言うように頷いた。あー、なるほどぉ。そりゃちょっと無理な相談だーねー。
立ち上がって二人を抱き寄せる。不思議そうな瞳を向けて来るけど、抱き締めて頬を寄せ合う。
「うんうん、ありがとねー二人とも。でもねー、あたしの涙は辛い思い出なだけで、もう昔の事なんだよー」
「ぷー?」
「むー?」
「今はしゅーちゃんもしーちゃんもいるし、さーちゃんもいる、静流ちゃんもいるし、好きな人がいっぱいいるんだ。だからあたしは大丈夫だよー」
元気、元気ーって、笑いかけると二人とも不機嫌そうな表情を一転させ、花のような笑顔に変わった。それと同時にパァーっと光を放って、始族の騎士さんたちと黒獅子も跡形もなく消える。
あたしの胸に顔をすり寄せたり、頬をぺちぺち叩く二人はもう不機嫌ではないようだ。よしよし、かぁわいいなぁ~二人とも~。出来れば今後こういう物騒な事とかとは無縁でいてもらいたいなあ。