酔っ払い、飛ぶ
もう存在ごと忘れてたんだけど、なんとこの部屋テレビがありました。今まで殺風景な部屋だな~、って思ってたんだけどハイテクの固まりだったわ。お布団は押し入れから出して敷きますが、望さんたちが人力で。
多目的リモコンのスイッチひとつで半畳が床からせり上がり、テレビが出現します。気にもしなかったんだけど、部屋の照明も天井全体がぽわぽわと光ります。一応、暖房もついているらしいのですが、寒暖をあまり感じなくなった身としてはよく分かりません。外へ出て吐く息が白ければ寒い、としか判断するところがないし。
「ぷーうー」
「あーむー!」
まあ、目的はしーちゃんたちにテレビの教育番組でも見せようかな~、と。でも、ちょうど夕方つけた時にやっていた相撲中継を見た二人は、なにが気に入ったのか、クマぬいぐるみを操って相撲をとらせています……。てけてんてん♪
ダンボールか何かで土俵を作ってあげようかな?
行司はライオンぬいぐるみらしい。威風堂々としたリアル嗜好百獣の王前で、本日何度目かの『はっけよーいのこったー』が始まる。
短い手足をバタつかせて塩を撒くマネをし、四股を踏んだ(ように見える)クマぬいぐるみ二体は、礼をするように体を傾け向かい合う。
赤ん坊二人の「ぷー」とか「むー」の掛け声でポスンとぶつかり合い、手足をバタバタさせて戦う。……端で見ている分にはただの駄々っ子パンチ合戦にしか見えません。苦笑しか浮かびませんよ。
時々洗濯物を持ってきてくれる望さんとか、お茶菓子を持ってくる渕華さんが微笑ましい顔でその様子を眺めています。
あたしも見つつ、膝の上に寝そべっているスフちゃんを撫でながらブラシ掛けです。最初「恐れ多いれすっ」とか噛みながら恐縮してたんだけど、青猫の毛皮ってどうなってるか気になるじゃん。もう、強引に引っ張ってきました。ふわふわ~、もふもふ~、うーん、心地よい。
「遥様、よろしいでしょうか?」
「はい。何かありましたか?」
困惑した表情でやって来た望さんは「旦那様がいらっしゃいました」と、伝えてくる。この場合の『旦那様』と言うのはさーちゃんの旦那、栄蔵兄さんの事だ。
栄蔵兄さんは当時、年が近いと言う理由で、あたしかさーちゃんの夫候補になる予定だった人だ。あたしがコールドスリープに入った後、当主になったさーちゃんと結婚したらしい。目覚めてから一度だけ会ったんだけど、なんか思ってたより老けてたね。さーちゃんより年食ってるように見える。あたしより二つ年上の六十九歳だから当然か。ああ見えてさーちゃんも結構辛辣だしねぇ。苦労したんだろうなあ。
「よーおぅ、はーるかぁ。げぇんきにぃ、こーそぉだてぇやってぇかぁ?」
「って、うわ、酒臭さ!?」
「ええ、ちょっとこんな状態でして……」
徳利をぶら下げて赤ら顔に千鳥足、真っ昼間から何で酔っ払ってんだ、この人は? こんなのが訪問しに来ればそりゃ困惑するわ、先代の夫だから使用人じゃ追い払えないし。
なんかコールドスリープ前に抱いていた憧れとか頼もしさがこの一瞬で吹っ飛んだわ。
「ぷー!」
「むー! うー!」
匂いを嫌がったしゅーちゃんとしーちゃんが大慌てであたしの所へ逃げ込んでくる。二人とも“飛んで”だ。そういえば、サタンさんが料亭で飲んでた時はまったく酒臭くなかったなぁ。エチケットは完璧だったんだねー、あの人。
「ちょっと兄さん、赤ん坊がいる所で酒の臭いを振りまかないで下さい」
「おぉう青ーいねこじゃねぇか、珍しいなァ。二匹目だァ」
そんなのが何匹も人間界におるかい。呆れていたあたしから、ソロソロと逃げ出そうとしていたスフちゃんをがっしっと掴む兄さん。駄目だ話聞いてねー。でも妹の旦那だから本当は義弟? ややこしいなあ。スフちゃんも嫌なら嫌って言わないと、毛を逆立てて我慢してる場合じゃないよ。
徳利からじかにごっごっと酒を飲んで「ぷっはー」とスフちゃんに吐きかける兄さん。さすがのあたしもスフちゃんにその扱いはどうかと思う。口を開こうとしたあたしの左右で、何かがドカンッと存在感を増した。
「「あーうー! ぷー!!」」
「うおぉぉぉおぉぉっ!?」
二人が揃って怒ったような声を上げた瞬間、その場からキリモミ回転してあたしの頭上を飛び越えた兄さんは、障子をぶち破って飛んでいった。スフちゃんはあたしの手の中にぽふんと落ちてくる。遠くで響く落水音。あー、母屋の前の池に落ちたなコレは……。
しかし、また障子壊しちゃったよ、さーちゃん怒らないかな?
「ふー、やれやれー」とかいうように肩を落としたしゅーちゃんとしーちゃんは、タオルケットを自分たちの昼寝用の布団から持ってくると、スフちゃんに掛けてごしごしと拭きはじめた。
「あのぅ、ちょっと? 坊ン様方ぁ?」
「お酒のにおいがイヤだったんだねー。スフちゃんは大丈夫?」
「ええ、まぁ。サタンの旦那に時折晩酌、つき合わされますよってに。さっきの人は大丈夫でっしゃろうか?」
「まー、自業自得なんじゃない?」
母屋の方で、使用人さんたちの悲鳴が聞こえてくるから、さーちゃんの耳に入るのも早いだろう。
もうちょっとのほほんとした話が作れないものかな、私は……。