プロローグ
そは始まりの種族
そして汝は全ての起源を統べる者なり
そは終わりの種族
そして汝は全ての終焉を司る者なり
対の種族はお互いを見詰め合う鏡の如く、反発する磁力の如く、支え、対立し、高めあって行く
双方を纏め導く神子の存在を軸として
……などと言う上の地の文とは全く関係の無い、青く青く何処までも青い地球の空にある日亀裂が入った。
当然目ざとい暇人が空を見ていてソレに気づき、あろう事か珍光景として動画サイトに投稿した。
そんな非常識な事がある訳無いと空を見上げた人々も、その亀裂に気付いて騒然となった。
そして当然のように何処から出ているかも分からぬ予算が組まれ、専門家チームが集められてその観測に没頭した。
しばらく経ってからのその専門家チームからのコメント、
───『亀裂が大きくなっている』
に、世界中の終末論信者が沸いた。騒いだ。お祭りだ!!
それに便乗した一部の過激派が大騒ぎを敢行する中、亀裂が砕け散った。
ぱりーん! と空の一部に割れた窓ガラスのように大穴が空き、そこから緑色の空が姿を現した。
無論姿を現したのはソレだけではない。空の一面をごっそり削り取り向こう側が姿を現すと同時に、人の様で人では無い者達も姿を現した。
剣や槍を持ち鎧を身に纏った者達は、人間の有無など関係なく二つの陣営に分かれ互いに争い合っていた。
双方の姿を見上げた人間達は希望と絶望が綯交ぜになった表情で呟いた。
「終末の戦争だ……」
空を飛び交い争う者達の背にははっきりと人間達と違う特徴があった。
黒い羽根か、白い翼かが……。
深刻な世界情勢とは裏腹に、ある施設に小さな小さな二つの影が落ちた。
その二つは空が割れると同時に此方の世界に落ちてきたのだが、二つの陣営の戦の印象が強烈過ぎた為、誰にも気づかれる事は無かった。
その二つの影は、ある私有地の片隅にひっそりと造られたこじんまりとしたドーム状の建物に舞い降りた。
舞い降りたと称するが、そんな生易しい表現で通じる物ではなく、盛大に天井をぶち抜いて中に転がり込んだ。建造物のガレキが散乱する中、「いやーまいったね、ハッハッハー」とでも言うような気安さで頭を掻く片方。「だめじゃん」と言うばかりな突っ込みを入れる片方。
正確に言おう。
両方ともその姿は生後一ヶ月位の赤ん坊の姿をしていた。
結果的に天井をぶち抜いたのは片方が二メートルはある黒い翼を背から生やした黒髪黒目の赤ん坊。当然の如く全裸だが男性器のシンボルは無し。糸目で突っ込みを入れたのは金髪碧眼の赤ん坊、背負うは巨大な右に同じく白い翼。こちらもシンボルは持っていない。
二人は狭い室内にも拘らず翼をいっぱいに広げると、ふわりと浮き上がった。
翼は当然の如く室内の直径よりも大きいが、半分以上が壁をすり抜け外へ露出してしまっている。そんな摩訶不思議な現象を気にする者はここにはいないので、二人の赤ん坊は薄暗い赤色非常灯に照らされた室内を見渡してひとつの置物を見つけた。
そもそもこのドーム状の建物はその置物を保存する為に建っていて、まさか天井ぶち抜く侵入者がいるなんて誰も考えない。
その置物は上半分を透明な物質で覆われた、平たく言うとカプセルであった。中には特殊なジェルが満たされていて、中には女性が一人。表面は結露した水滴が、更に内部の温度が尋常では無い寒さの為凍結している。
二人の赤ん坊は無防備にソレに近付き、てしてしと表面を叩く。熱さ寒さを感じないのかきゅっきゅっとガラスの表面を擦って霜を拭き取ると、中に入っている女性の顔を覗き込んだ。ショートボブの決して美女とも美少女とも言えない平凡な容姿の顔をじっと見て、無邪気な笑い声を上げた。
飽きないのか暫くじっと見つめていた二人は顔を見合わせて頷くと、カプセルの表面に手を付いて燃え上がった。
燃え上がるといっても炎のような揺らめきが二人から発せられ、間にあるカプセルを包み込んで部屋中を所狭しと暴れ回った。一分か五分か室内をオレンジ色に満たした炎は消え去り、ついでにドームの壁も跡形も無く、ガレキも蒸発。しかし冷たい床には全裸の少女だけが残っていた。
少女を挟みこむような宙空に二人の赤ん坊が未だに浮いていて、互いの掌を向けていた。念じるように眉をひそめる二人の間に蛍の灯火が光ると、瞬く間に大きくなり何かの形を取る。やがて淡い煌きが硬質の質感に変わり、小さな水差しがそこに現れた。
白い翼の赤ん坊がその水差しを手に取ると、黒い翼の赤ん坊はおもむろに女性の口に手を突っ込み下顎を掴んで下に引っ張った。ゴギュッ! と音がして不自然な形で開口する、そこへ水差しを突き刺した白い翼の赤ん坊。乱暴を通り越して両方ともムチャクチャである。
気道か食道かも分からぬ所に注ぎ込まれる水差しの中の液体。中が空っぽになると水差しは輪郭を滲ませて消えてしまった。二人は女性の顎を元に戻すと息の合った欠伸をしたのち、健やかな笑顔を浮かべ体を丸くさせて女性の腹や胸の上ですやすやと眠りについた。
一連の騒動が集結してから女性が目覚めたのはその十分後。ついでにドームに異常を感じた私有地の者が駆けつけて来て、夕暮れの空に甲高い悲鳴があがった。