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Fuss Romance

指先は踊り、爪先は伸びる。期待に焦がれて、君は待つ。

作者: 霧間愁
掲載日:2026/06/12

 二人は、所謂ご近所さん。

 同じマンションの同じ階、通路奥の右隣、少年の名は神代(かみしろ) (さく)13歳、そして最奥の部屋には彼女の名は早川(はやかわ) 美結(みゆ)20歳。

 朝、雀が鳴く頃に同時に扉が開き、二人は顔を合わせた。いつも二人は同じタイミングで扉を開ける。そう、狙ったようにだ。

「おはようございます、美結姉さん」

「お、おはよう、朔ちゃん」

 それを二人とも不審にも思わない。それが2人の朝であり、日常だからだ。

 朔の家族が美結の家の隣に引っ越してきたときからの交流であり、かれこれ数年、出会った時から美結は朔の面倒をみてきた。彼女にとって朔という少年は、弟のような存在。守りたい、そう願い思ってきた。

 不意に「ねーたん」と後を追いかけてくれる昔を思い出してしまう。

 笑みがこぼれた。

 けれど、とある日彼女の中で変わってしまった。それは突然で唐突。

「ちゃん付けはやめてください。もう中学生なんです」

「そうだったね、ごめんね。朔くん」

 美結が慣れぬ呼び方で呼ぶと、少し照れくさそうな、けれど年頃なのに厭がらない朔。そんな朔に美結は安堵していた。彼がいつ美結を無視したり反抗的になったりするかは、わからない。

 反抗的な態度や拒絶にちかいことを言われれば、美結はたちまち発狂してしまうかもしれない。

(朔ちゃんは、不良にならない、絶対に)

 そうは願い想いつつも、昔は素直で可愛かったのに、と言ってしまう日が来るかもしれないと未観測の未来を過ると美結は、やはり少し寂しくなった。

 二人は仲良くエレベーターに乗り、一階のボタンを朔が押す。背は、まだ美結の方が高いがすぐに抜かれるだろうと思うと美結は胸躍ってしまう。

「また背伸びた?」

 着慣れぬ学生服のせいか朔の動作はどこかぎこちなかった。美結はもう着ることない学生服に少し懐かしさを覚え、少し寂しくなる。

「うん、少し」

「きっと、あっという間に追い抜かれちゃうな」

「……うん」

 声変わりはまだだが、いつの日にか体格もしっかりとしてくることだろう。そんな朔の隣を歩く自分を想像して一人照れる美結。

(もし、もしもよ、力ずくで自由を奪われるくらいの体格差になって、押さえつけられてしまったら、朔ちゃん、あぁ……。駄目よこんなところで、誰かに見られたら「見られなかったらいいってこと?」ちがう!ちがわないけど!こんなイケナイコト、誰に教わっ……)

「美結姉さん、聞こえてる?」

 朔の声に現実に引き戻された。行き過ぎた妄想から危うく帰ってこれなくなりそうになって、出そうになった涎を慌てて引っ込める。

「あぁ、朔…くん、どうしたの?」

「やっぱり聞こえてなかったんじゃないか」

「ごめんね、ちょっと考え事が捗っちゃって、……どうしたの?」

「だ、か、ら、大学ってどんな事勉強するの?」

「色々かな、私の場合は心理学だけど」

「そうなんだ。母さんが大学だけは出とけって最近煩くて」

「まぁそうだねぇ」「知りたいことがあるなら行けばいいと思うけど」「そっか」「そう」

 二人で短いエントランスを歩くと、外の明かりと室内燈の光が混じっていく。

 マンションを出ると、セーラー服を着た少女が朔を待っていた。少女は朔と美結を見ると笑顔で手を振る。美結も笑顔で振り返した。

 けれど視界に入った途端に美結の気持ちが冷たくなっている。

(あの女は、勘違い痛い子ちゃん。元気ハツラツキャラはどうせ後付け。朔ちゃんが優しいことをいいことに自分のことを自認幼馴染枠と思い込んでるクソビッチ。ビチビチビッチ。排除したい排除したい、物理的に排除したい。朔ちゃんが悲しむからしないけど、もしも朔ちゃんに勘違いをさせるようなことを言いだしたら、抹殺滅殺鏖殺粉々にして塵にして風にのせて消し去ってやる。ちょっと胸がでかいからって調子に乗りやがって、朔ちゃんは巨乳は好きじゃないんです、……きっと。健康的な小麦色の肌じゃなくて色白が好きなんです、……きっと。運動部的なショートじゃなくてロングが好きなんです、きっと!)

 嫉妬全開の本心を抑えつつ、行く先の途中までの路を三人でいつものように歩いた。


 「昨日のあの番組見た?」「あの場面が、面白かったよね」と身振り手振りで朔に騒がしく話しかける少女。

 微笑みながら美結は二人の少し後ろを歩いていゐた。まるで妹弟を見守る姉のようだ。

「じゃぁ、二人とも。私はここでね」

 分かれ道で少年少女に別れを告げて美結は、大学への路に着く。人に知られることなく軽く拳を握った。

(あぁ、失敗したな。エレベーターの中で頭撫でておけばよかった。昔は触りまくってたのに、今はベタベタと触れれも出来ない。あー頭撫でたいアタマナデタイ。さらさらの髪質の朔ちゃん成分を補給したい。ねーたんって抱き着いてくれてた時はあんなにも自然な流れて頭撫でれたし、匂いも嗅げたし、ベタベタ触れたのに。にくい、憎い、社会常識と言う概念が憎い)

 大学までの路でどうにか朔と昔の様に振り合う方法はないものかを思案しているとあっという間に目的地まで着いていた。

 大学での講義や研究をこなしながら、一つの結論にたどり着く。

(昔の様に懐いてくれないなら、こちらから懐きにいけばいいのでは?)

 認知バイアスというモノがあると理解しながら、美結は自分の発想を名案と絶賛した。ちなみに社会学部心理学科に所属し専攻は勿論、心理学だ。


 夕方、朔は帰り道を一人歩いていた。部活帰りにしては早く、帰宅部にしては遅い。

 理由は、今日にだされた宿題のほとんどを放課後に独り教室で終わらせているからだろう。そんな生活して、そろそろ一年、いや二年は経とうとしていた。

 ため息を一つ。朝、家の前で待っていた幼馴染の少女は陸上部の練習で今はいなかった。今はその方が都合がいい。考え事は一人の方がすすめやすかった。

 彼には今、悩みがある。

 恋愛というものが出来ないのだ。理解もできない。

 人間が嫌いという中二な言い訳があるわけではない、そこそこには人間に興味があるし好意を持っている女性さえいる。けれど、恋愛はできない。そう確信していた。

 マンガやテレビドラマのようなロマンスを覗き見ていても、あんな課程を経て想い人になったわけでもないし、感覚をもっているわけでもない。

 ただただ想っている女性がいるという事実が自分の中にあった。


 れん‐あい【恋愛】

 読み方:れんあい

 [名](スル)特定の人に特別の愛情を感じて恋い慕うこと。また、互いにそのような感情をもつこと。その過程。


 学校の課題の調べ物をするついでに辞書で何ともなしに調べて気が付いてしまった。慕っている女性を何故慕うようになってしまったのか、が判らないのだ。

 衝撃だった。

 何時からだったのか、そして何処を好んだのか、そもそも彼女は朔のことを想ってくれているのか。

 この感情は果たして恋愛の類の感情なのだろうか。

 彼女に好かれようと大人びてみようとするが、朔自身の中で身長差がどうにもそれを拒んでいた。

 彼女を見上げる視線に慣れすぎているのだ。

(いつから、美結姉を好きなんだろう)

 記憶を遡っても『いつから』という記憶がない。幾つもの疑念と言い訳が心の中を錯綜していく。


「朔ちゃん」


 その声が聞こえたと思うと誰かに抱きしめられた。

 柔らかい衝撃が朔を襲ったと同時に鼻腔に懐かしくもあり、いつもの香りが届く。顔が熱くなるのが自分でもわかったが、ぐっと堪えて大げさにため息をついた。

「美結姉さん、今時の小学生でも出会い頭に抱きついたりはしないですよ」

「今時の大学生は抱きつくんです」

「……、どうしたんですか、嫌な事でもありました?」

「ないよ、ないない」

 抱きついたまま美結は朔の顔をベタベタと触り、頬ずりする。されるがまま朔は、またため息をついた。勿論、大げさにだ。

「姉さん、離れてください。このままでは家に帰れません」

「朔ちゃんが冷たいつれないそっけない」

 朔は美結を優しく剥がした。その行為は最近は少なくなったものの、いつもの二人の距離感だ。

「朔ちゃんは今日のご飯はなんですか?」

「帰ってみないと判らないです」

「当ててあげる」と美結は人差し指をおでこにあて、ぐぬぬと唸る。

「たぶん、魚、……だね」

 うちの母さんの料理ルーティンを把握しないであげてください、と朔は言うと美結は悪戯が成功したように笑った。

 その笑顔に朔は釘付けになる。少しく悔しく、心地がよかった。


「今日も偶然帰り道が一緒になってるんですから、そろそろ気がついてもいいんじゃないですか?」

 朔は口をとがらせながら、嫌味を言った。

「え、何が?」

 美結は朔に触れたことで満足で聞いていなかったようだ。


 夕日の橙色が、やけに朔に似合うなと美結は思った。

「なんでもないですよ、姉さん」

 朔の微笑みは蠱惑的で美結は、言葉に詰まった。

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