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さよなら、私を搾取した伯爵家。王太子様が人工魔法石を作ったせいで、私の涙はもう一銭の価値もありません。  作者: 榛乃


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06

 ――必ず君を迎えに来る。


 期待していたわけではない。信じていたわけでもない。陰湿で厄介な地獄に、まだ幼かった彼が、いったい何を出来たというのだろう。酸鼻を極める現状を、そしてその先に待つ救いのない結末を知れば、分別のある大人たちでさえ一様に、“何も見なかったこと”にして、足早に逃げ出してゆくというのに。


 だからあの日以来、彼もまた他の者たちと同じように姿を現さなくなっても、シェリルは驚かなかった。哀しむこともしなかった。


 寧ろこれで良かったのだ、と、心の奥底で冷たい安堵を抱いたものだ。彼が傷つかなくて済むのならこれで良い、と。自分のせいで彼の人生が折れ、血が流れるのを目の当たりにするくらいなら、何もかもが途切れてしまった方がずっとましだ、と。何ひとつ持たないひとりぼっちのままの方が、よほど心安らかでいられる、とも。


「さあて、相手は誰が良いかしらねえ」


 髪を掴まれたまま左右に揺さぶられ、視界がぐらりと歪む。呼吸とともに饐えた味のする唾が喉を滑り落ち、肺がひくつくような息苦しさに襲われて咽ると、それが気に喰わなかったのか、即座に右頬を打たれた。力強い、乾いた衝撃。


 力の入らない身体が糸の切れた人形のように傾くも、すぐに髪を引っ張り上げられ、半ば吊るされるような格好で無理矢理起こされる。頭に走る痛みは、先程よりも激しいはずなのに。何故か随分と和らいだような気がして、シェリルは胸の裡で自嘲する。もしかしたら髪の毛がごっそりと抜け落ちてしまっているのかもしれない、と、他人事のように思いながら。


「大事な継子(愛娘)の旦那様だもの。きちんとした男性を選ばなくては」


 口ではそう言っているものの、相手が誰であるのかなど、所詮彼らにはどうでも良いことなのだろう。爵位を持つ家系の男でさえなければ、誰でも。子を身籠りさえすれば、相手の男はそこで用済みだ。強欲な彼らにとって、“子供の父親”という立場を主張する男の存在は、利権を脅かす厄介な不純物でしかない。


 恐らくは子をなしてすぐに、男は二人の手によって、塵を払うように消されるだろう。もし産まれた子供に“泪花の器”としての能力が備わっていないと分かっても、また適当な男を宛てがえば、それで済むのだから。


 彼らが欲しているのは、国王をも貪欲にさせる、“金のなる木”だ。至上の価値を持った“資源”。それを作り出せる“道具”。その目的を果たせるまで、彼らは幾度でも“生産”を繰り返させるだろう。


 結局、そういう結末にしか辿り着かないのだ。掠れた呼吸をこぼしながら、シェリルはささくれだらけの指先に視線を落とす。自分のせいで、また誰かが犠牲になる。誰かが傷つき、そして尊い未来が奪われる。自分に関わってしまったせいで。これまでの者たちと同じように。そもそも初めから、その残酷な一本道しか用意されていないのだ。


 殺してくれれば良いのに、と、だから思う。エドワードやベアトリスが、国王セオドアが、そんなことを許すはずがないと、分かっているけれど。それでも、殺してほしいと思う。今すぐにでも死なせてほしい、と。或いは、元凶であるこの両目を抉り取ってくれさえすれば――。


 彼らにとっては“金のなる木”でも、他の無関係な、巻き込まれてしまっただけの者たちにとっては、ただの“死神”でしかないのだから。


 魔法石を作り出せる能力など、いらなかった。欲しくはなかった。ただただ“普通の人間”として暮らし、生きていたかった。たとえ貧しくても、ひとりぼっちでも。誰かを傷付けることなく生きていけるのなら、それで良かったのに。


 母を否定したくはない。けれど、自分のせいでこんなにも多くの人が傷ついてしまうのならば、こんな呪われた血筋に、産まれてきたくはなかった――。

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