表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さよなら、私を搾取した伯爵家。王太子様が人工魔法石を作ったせいで、私の涙はもう一銭の価値もありません。  作者: 榛乃


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/22

02

 明かりを取り入れる為の窓さえひとつも存在しない、冷たく分厚い石に四方を囲まれた、薄暗い空間。古びたベッド、埃まみれの寝具、壊れかけの椅子、ランプがひとつ置かれただけの小さなテーブル。唯一の出入り口には頑強な鉄格子が嵌められ、扉の外側に大きな錠がきっちりと取り付けられたそこは、“小部屋”というより、もはや“牢屋”とよぶ方が正しいと思えるほどの、陰惨な様相だった。


 ――いいかい、シェリル。


 何故こんなところに閉じ込められたのだろう。わけが分からず、助けを求めて鉄格子にしがみつくシェリルを、しかしエドワードは、卑しい笑みを浮かべながら見下ろすだけだった。


 ――お前はもう、俺の娘などではない。今日からは、我が一族に富をもたらし続けるだけの“金のなる木”だ。


 いつの間にか足元に屈んでいた女が、侮蔑のこもった嘲笑をこぼしながら立ち上がる。華やかに飾られた目元、白粉を塗りたくったような不自然に白い肌、愉しげに弧を描く赤い唇。


 女は躊躇いなくエドワードに身を寄せると、華奢な指先に摘んだ透明な石を、蕩けるような恍惚とした表情でうっとりと眺めた。それは、純粋に美しいものを愛でるのではない、己の底なしの強欲を満たす“金塊”を前に、ひどく卑俗で、隠しきれぬ執着を剥き出しにした獣の目。


 女――継母のベアトリス――の指先に摘み上げられた石は、およそこの世のものとは思えぬほど、不気味なまでに透徹していた。向こう側の景色を歪みなく映し出すその透明度は、まるで凍りついた空気そのものを切り出したかのようで。


 けれど、その瑞々しい透明度とは裏腹に、大輪の花を模したその造形は、ひどく攻撃的だった。幾重にも重なる花弁は、その一枚一枚が、まるで氷の刃のように鋭く尖っている。触れる者すべてを拒絶し、切り刻もうとするかのような棘々しい輝き。


 冷徹な美しさを纏ったそれは、悲しみの果てに産み落とされたものであるせいか、愛でる為の花というより、見る者の理性を狂わせる、凄絶なまでに蠱惑的な“凶器”だった。


 フロリス――。花を象ることからそう名付けられたその石は、母・エレノアから受け継いだ、特殊な――世界で唯一無二の――異能が作り出した“魔法石”だ。異能者――泪花の器――が零した涙が地面で弾けた瞬間に結晶へと変質し、まるで氷華のような姿で固まる。


 故にフロリスは、指先に載るほどしかない、とても小さなものだ。しかし、その一粒に凝縮された魔力はあまりにも膨大で、並の魔法師が百人束になっても、その足元にすら遠く及ばない。その上、自然界で稀に発見される“偶然の産物(天然の魔法石)”よりも純度が高く、質も均等に良い。そもそも魔法石としての格が、根底から違うのだ。


 そんな便利で強大なものが、ひとりの人間の苦痛と引き換えに、いとも容易く手に入れられる。莫大な費用も、発掘の為の長い歳月も、熟練した職人の手も必要ない。ただひとりの人間を追い詰め、絶望させ、その瞳から涙を零させるだけで良い。そうすれば、国家を揺るがすほどの価値あるものが、簡単に地面へ転がり落ちてくるのだ。泣かせれば泣かせるほど、湯水のように。


 泪花の器であるシェリルは、エドワードやベアトリスにとって、正に“金のなる木”そのものだった。


 彼らはフロリスを得るためなら、どんな酷悪なことでも平然とやってのけた。殴る蹴るの暴行は日常茶飯事。時には腕を折り、時には脹ら脛を鋭い刃で刺しもした。


 しかし、そういった“痛み”にも、慣れというものは平等に訪れる。


 やがて“痛み”に対する感覚が麻痺し、暴力では涙を引き出せないと知るや、彼らはより効率的で、より卑劣な手段を選ぶようになった。身体へ加える“物理的な痛み”ではなく、シェリルの“心”を殺して涙を絞り出す、精神的な蹂躙。


 彼らはシェリルの大切にしていたものを、彼女の眼前で見せつけながら、次から次へと、ひとつずつ壊していった。母・エレノアが大切にしていた美しいドレス、死の間際に譲り受けたクンツァイトの指輪、嘗て一生懸命育てていたマーガレット。


 無駄な抵抗だと分かりながら、それでもどうにか守り抜こうとするシェリルを見下し、嘲笑いながら、彼らは美しいドレスを、清らかな宝石を、無垢な白い花を無惨に踏み躙る。そうして、声にならない悲鳴を上げ、シェリルの青い瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた瞬間、彼らは満足げに、その結晶を嬉々と拾い上げるのだ。


 それが、まだ幼いひとりの少女の魂を削り取って作られた輝きであることなど、微塵も顧みることもなければ、心を痛めることもなく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ