12
はじめは、変わった子だな、と思った。変わった、そして、とても疎ましい子だな、と。 それがシェリルの抱いた、赤い瞳の少年に対する第一印象だった。
いつからそこにいたのか、記憶はもはや朧げで、あまりはっきりしたことは憶えていない。気付いたらそこにいた、と言った方が正しいのかもしれない、と思う。
ある日突然ふらりと現れてからというもの、面白くも何もないはずの此処へ、彼は毎日のように足を運んできた。飽きもせずに、シェリルのもとへ。僅かな明り取りと、粗末な硬いベッドと、片足が壊れた椅子と、まるで獣の餌のように地面に置かれた薄汚れた皿がふたつあるだけの、そんな見窄らしい部屋――牢獄――に。
無論彼は、幾度となくここへ足を運んでも、必ず鉄格子の向こう側だった。シェリルと彼の間には常に、その冷たく頑丈な鉄格子が横たわり、近づくことは決して許さない。
明り取りの為だけに――シェリルが目一杯背を伸ばしても決して届かない位置に――設けられた小さな窓から漏れる陽光が、彼の深い灰白色の髪の毛をやさしく照らしていた。絹のように柔らかそうな、眩く煌めく髪の毛。透き通るような白い肌をした小さな顔、くっきりとした二重の大きな目、吸い込まれそうなほどに美しい、まるでルビーそのもののような真っ赤な瞳。
こんな煤けて陰湿な牢獄に居ても、彼の身なりは明らかに上質なものだった。王族に連なる者か、或いは、王宮に頻繁に出入りしている貴族家の子息か。
そもそも、王宮の端にひっそりと佇む――と、いつだったかメイドが言っていた――人気のまるでないこんな離宮に忍び込んでくる時点で、彼が“名もなき子供”でないことは明白だった。厳重な警備が敷かれた王宮の庭園へ、ただの探検目的で忍び込むだけでなく、その果にこんなところにやって来る確率なんて、殆どないに等しいのだから。
はじめて現れた日の彼は、おろしたてのように真っ白なシャツと、膝丈ほどの紺色のズボンを穿いていた。どこかで遊んできた後だったのか、右足の小さくて丸い膝に、僅かな土汚れがついていたのを憶えている。擦り傷があるわけでも、血が滲んだ跡があるわけでもなく、本人すらすっかり忘れてしまっているような有り様だったけれど。
彼は鉄格子の前に腰を屈めると、シェリルと真っ直ぐに目を合わせ、それからふっくらとした桃色の唇で、ゆっくりと言葉を紡いだ。やけに凛とした、子供らしからぬ気品さを滲ませた声で。
――君、罪人なのか?
シェリルが呆気にとられたのは、ほんの一瞬だった。恐らくは、ひどく歪んだ顔をしてしまっていたのだろう。眼の前の少年が、やわらかな眉間に、ほんの少しだけ皺を寄せたのが見えたから。
罪人なのか、それとも、罪人ではないのか――。シェリルには彼の問いに、どう答えて良いのか分からなかった。
牢獄に閉じ込められ、日々暴力を受けているのなら、それは“罪人”というべきなのだろうし、生み落とした“フロリス”を源として大量の魔道具が造られ、戦争の重要兵器として用いられているのなら、それもやはり“罪人”とよぶべきものなのかもしれない。
自らの手で誰かを殺めたわけではないにしても。自分の生み落とした“フロリス”によって、無関係な大多数の人々の命が奪われてしまっている――。それは動かすことの出来ぬ事実であり、大罪なのだから。
――そうよ。だから貴方も、私に関わらない方が良いわ。
それは、見知らぬ少年に対する、シェリルなりの精一杯の親切心だった。
ほんの数日前、彼女に食事を運んできたメイドが、突然暇を言い渡された。それだけでなく、彼女は怯えるシェリルの前に無理矢理引き摺り出され、大切に手入れをしていたという美しいブロンドの髪を、無惨に、乱雑に、そして無慈悲に、短く切り落とされたのだ。理由はあまりに些細で、あまりにちっぽけなものだった。ほんの気紛れな親切心で、余り物のクッキーをたった一枚シェリルに与えたという、ただそれだけで。
全て自分のせいだった。そう思いながら、シェリルは静かに目を伏せる。恨み辛み、そして絶望。耳をつんざくような悲鳴が、今も鼓膜の裏で疼いている。全て自分のせいだったのだ。彼女が職を追われたのも、見せつけの為だけに、豊かで美しいブロンドの髪を剣で――殺戮の為の刃で――切り刻まれてしまったのも。全て自分のせいだったのだ。自分と関わったしまってせいで。
だからもう、誰も私に関わらない方が良いのだ、関わってはいけないのだと、シェリルは心に固く誓った。あのメイドのような犠牲者を、もう二度と出したくはないから。




