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2 滞在一日目・朝①

 その後、しばらくうつらうつらしたが、日の入りの頃に起きて入浴し、軽めの夕食をいただいて再び眠る。

 今度は夢を見ることもなくぐっすりと眠れた。

 おかげで日の出の頃には完全に目が覚めた。


(……エリナが外で、軽い鍛錬をしている時間帯よね、きっと)


 わたくしはゆっくりと身を起こし、寝台のそばにある洗面器へ水を入れて軽く洗顔をした後、身繕いをする。

 古くからいる侍女たちから軽く眉をしかめられながら、稽古着兼用となる部屋着を、今回の着替えの中に入れておいてよかった。

 乗馬用の下衣(ズボン)の型紙を改良した、くるぶしまで長さのあるゆったり目に仕立てた下衣の上へ、素早く二種類の剣帯を着ける。

 愛用の短めの剣を左腰に、右腿には護身用の短剣(ナイフ)

 短剣は、基礎の手ほどきをアイオール陛下直々にしていただいた。

 あまり知られていないが、陛下は、短剣使いとしての実力がすさまじい。駆け出しの暗殺者程度なら返り討ちに出来る、玄人はだしで済まない腕前なのだ。


 船旅の間中、柔軟体操程度しかできなかった身体が巧く動くかわからなかったが、これ以上なまってしまってはわたくし自身の気分が晴れない。


(エリナに手合わせをしてもらいましょう)


 そう思うと心が浮き立つ。

 剣の鍛錬に心が浮き立つのだから、わたくしは根っから『淑女』に向かない娘らしい。



 寝室の扉を開け、居間兼食堂に出る。

 さすがにまだ朝の支度は始まっていない。エリアーナの同輩である護衛官の若者が音もなく近付いてきた。


「おはようございます、殿下。……どちらへ?」


 じっとしていればいいのにと言いたげに、母親譲りの緑色の瞳を軽くすがめる彼へ、わたくしは笑んで、


「おはよう、タイスン護衛官。護衛侍女のデュランはどこ? 外で鍛錬じゃないかと思ったんだけど」


 と言う。

 彼はため息を飲み込むと


「おっしゃる通りですが……そのお姿。殿下も鍛錬をなさるおつもりですか?」


 と、感情のない顔で言った。


 彼の名はルクリエール・タイスン。

 アイオール陛下の筆頭正護衛官であるマイノール・タイスンの息子で、普段はシラノール王子殿下の正護衛官を務めている。

 ただ、今回の公務ではわたくしの護衛官の一人と彼が交代し、任務に就いてくれている。

 ルクリエールは、諸々の理由で幼い頃から何度も船に乗っている。結果、船の揺れに耐性がついたらしく、船酔いしにくい。

 実際、今回の旅で船酔いに苦しめられなかった護衛官は彼だけだ。

 船酔いしないラクレイドの護衛官は少ないので、彼は希少な存在だともいえる。

 そこを見込まれ、今回の任務に就くことになったものの。

 彼が、わたくしの行動の端々に違和感を持ち、戸惑っているのはわかる。

 王族の未婚女性といえば乳きょうだいでもあるポリアーナ殿下しか知らない彼にとって、早朝から剣帯を着けていそいそと鍛錬へ出かけようとする『王女様』など、想定外もいいところだろう。


(事前に、わたくしについてはそれなりに話を聞いていたとしても。船室や甲板でせっせと柔軟体操に励んだり、公務先で朝早くから剣の鍛錬に出ようとする護衛対象、確かに持て余すわよね)


 負担をかけて申し訳ない気もするが、困惑を押し殺して無表情を保とうと努めるまだ若い護衛官が、ちょっとかわいらしくもあった。


「ええ。デュランは外でしょう?」


 わたくしが重ねて訊くと、ルクリエール・タイスンは軽く息をつく。


「はい、宿泊所の裏手にある空き地で軽い鍛錬をしているはずです。一応、もし殿下が鍛錬をお望みならばお連れしてほしいという言付けはもらっています。……案内させていただきましょうか?」


 と、諦めたような目で彼は言った。



 宿泊所の裏庭とでもいう場所で、エリアーナは素振りをしていた。

 軽く汗の浮いた顔をこちらへ向け、彼女はほほ笑む。


「やはりお出でになられましたね」


「ええ。久しぶりに足で地面を踏みしめているのですもの。身体がほぐれたら、軽く手合わせをお願いしたいわ」


 楽しそうにそう言うわたくしへ、エリアーナは、我が意を得たりとばかりにニヤッとする。

 あやふやな顔をしてそばに控えているタイスンを尻目に、エリアーナはすました顔で


「承りました。何事も御心のままに」


 と、わざと畏まって答えた。



 一通り身体を動かした後、わたくしはエリアーナと向かい合う。

 剣技については当然、護衛官であるエリアーナが上だが、わたくしの本領は『短剣』の方だ。

 何度か打ち合ううち、エリアーナはわたくしの剣を、自らの剣で絡めるようにして奪う。

 王女の剣が鈍い音を立てて地面へ転がるのに、タイスンが一瞬ぎょっとするが、わたくしたちは構わない。

 右腿の短剣を手に、わたくしは素早く身をかわしつつエリアーナのふところへ飛び込み、彼女の喉元へ短剣を突きつける。

 もちろんエリアーナもうまく身を躱し、剣の柄をうまく使って短剣をはじき返す。

 二度、三度、四度。

 舞うようにひらひら動きながら、わたくしはエリアーナの急所を狙って短剣を振るう。

 エリアーナは当然、躱す。

 だんだんとわたくしは息が上がってきている。

 次の瞬間、彼女の剣によってわたくしの短剣ははじき飛ばされた。


「……参りました」


 そう言いながら大きく息をつくわたくしへ、タイスン護衛官はこわばった顔を向ける。


「……殿下。嗜みをはるかに超えていますよ、その剣と短剣(ナイフ)の技術。あの、ただの武官である私が申し上げるのもどうかと思いますが……殿下は一体、何を目指していらっしゃるのでしょうか?」


 わたくしは淑女のほほ笑みを浮かべる。


「別に。ただの趣味よ」 

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