1 レーンの大祭へ向かう③
大神殿に着いた。
多くの神官たちが出迎えている。
その中からひとり、すらりとした青年が進み出てきた。
ただ歩いているだけだが、所作が美しい。
彼こそが新しい大神官。
個人としての名は『ザカロ』……万能の霊薬と呼ばれる、架空の果実の名前が由来だと聞く。
浅黒い肌に白い衣。
紅色の珊瑚の枝と、磨いた白い巻貝をいくつか連ねた簡素な首飾り。
凹凸のなだらかな顔立ちの、いかにもレーン人らしい容貌の男性だ。
ただ、後ろで緩くひとつにまとめた癖のない真っ直ぐな黒髪、光の加減でやや淡く見える菫色の瞳は、レーン人としては少し珍しいかもしれない。
レーンの民は、ややうねりのある漆黒の髪、黒や焦げ茶の瞳を持つ者が多い。ここまで案内してきた神官たちも皆、そういう特徴を持っていた。
(ああ……でも。アイオール陛下の菫色の瞳は、母君譲りと聞いていたわね)
レーンの民の中には稀に、菫色の瞳の者がいるという話もその時に聞いた。
子供のころ、何かの話のついでのように聞きかじっただけだが。
レーンでは、神への祈りに歌や踊りを伴う。
故に、神官になる者はそれなり以上の、歌や楽器、踊りの修業が行われると聞く。
幅広い教養や神への信心深さももちろん大切だろうが、上位の神官になる者は皆、歌舞音曲に秀でている。
自然、声の美しい者、所作の美しい者が大神殿に集う。
「ようこそお越しくださいました、フィオリーナ・デュ・ラク・ラクレイノ王女殿下」
彼は柔らかく笑み、音楽的なまでに響きのいい声でそう言うと、胸の前で両腕を交差させ、深く頭を下げた。
レーンでの神へ祈る時の礼であり、最上位の敬意を表す礼でもある仕草だ。
「お出迎えに感謝いたします、レーンの新しき希望 新大神官」
ラクレイド式の淑女の挨拶で応え、わたくしはレーンの言葉でそう言う。
新しい大神官は就任から一年、正式な呼び名を『タリル・レクテナーン』と称し、一年を無事に務めた後に『タリル』が取れる慣習とか。
『タリル』には、『新しい』とか『若い』という意味の他、『仮の』『取りあえずの』というような意味が裏にある、とも聞いている。
しかしこの大神官には、親交ある大国の使者への畏まった態度ながら、なんだかもう数年前から『レクテナーン』であるかのような、妙な落ち着きというか飄々とした雰囲気というか、そんな感じがある。
礼を解いて改めて目を合わせた瞬間、彼は、子供のように屈託なくほほ笑んだ。
子供のように屈託なく、見える、ほほ笑み。
くせ者と呼ばれ、瘋癲と呼ばれていた頃の、かつてのアイオール陛下のほほ笑みを思い出させる。
「長い船旅、さぞお疲れになられましたでしょう。心ばかりのものを用意させております、まずは部屋でおくつろぎになり、お茶でも召し上がってください。ラクレイドのお茶には遠く及びませんが、レーンで広く好まれている甘酸っぱい果実のお茶も、疲れた時にはいいものですよ」
「お気遣いに感謝いたします」
簡単に応え、わたくしは導かれるまま進んでいった。
『ラクレイドからの賓客』はおそらくこの度の大祭で、一番の賓客としてもてなされるはず。
古くからの友好国であり、時の王が前『レライラ』――レーンで第三位の神官――の息子である、という事実。
スタニエール王とレライラの婚姻がなされた頃には、ほとんど可能性のなかったこの状況。
レーンとしても当時、ここまでラクレイドの王家と近しくなるつもりは、国としてなかったはずだ。
むしろ、十年前の陛下の即位時には、レーンの首脳陣は困惑していたのではないかと推察される。
そしてその(問題の)王の名代、王の姪である王女のわたくし。
わたくしがこの国にとって、いろいろな意味で気の置ける客人なのは承知している。
本来的にはわたくしの血筋――スタニエール王の正妃カタリーナの血に連なる者――が、継ぐとされていたラクレイドの王権から、諸事情により外された王女なのがわたくし。
最も近しい友好国であり、気の置ける大国であるからこそ。レーンにとってわたくしという王女の扱いは、難しい面があるだろう。
そんな王女を名代に寄越してくるなんて、アチラからすると嫌がらせかと思われかねない。
(もちろん決して嫌がらせではない。陛下の思惑が真実どこにあるのかわたくしには読み切れないが、レーンに嫌がらせをしなくてはならない意味がないし……この度の公務を命じた陛下のお心の内に、少なからずあたたかい慮りがあるのは察せられた)
ただ、わたくし自身の思いやわたくしの周りの大人たちの気持ちとは別に、世間がそう考えるであろうことは、これまで嫌というほど経験してきている。
(……何はともあれ。わたくしは恙なくラクレイド王の名代としての役割を果たして……レクテナーンの交代でレーンが今後どういう方針を取るのか、その片鱗なりとも掴まなくては)
東方からの脅威は、薄れたといえ無くなったのではない。
むしろ、一部の過激なルードラ教の原理主義者の動向が昨今、きな臭い。
レーンは基本戦いを厭う国民性、そう簡単にルードラ教の原理主義者の思惑には乗らないだろうが、情勢の見極めは大切だ。
『タリル・レクテナーン』が意外とくせ者ではないかという感触は、ラクレイドにとって果たして吉か凶か。
今はまだわからない。




