3 滞在一日目・夕刻②
約束の刻限が近づいてきた。
わたくしは今回、綿と麻の混紡である張りのある布で作った発色のいい薔薇色のワンピースへ、襟元と裾を中心に同系色の繊細な刺繍糸で花を図案化して刺繡した共布のケープを合わせた。
刺繍の図案はハイビスカスやブーゲンビリアなど、こちらで一般的な花を選んで刺している。
『格式張らない私的な』会食やお茶の席に着るために用意した服のひとつだ。
そこへ、虹色にゆらめく遊色が美しいオパールのペンダント、耳には淡い色味の澄んだ紅水晶をあしらった、ささやかな耳飾りを着ける。
「さすがに短剣の携帯は駄目よね」
身支度を済ませてわたくしが小さく呟くと、エリアーナはかすかに苦笑する。
「殿下ご愛用の短剣は、護衛である私のものとして持参いたします。私は、いざとなれば徒手空拳でも戦えますし」
「わたくし短剣だけじゃなく、体術も陛下から学ぶべきだったかしら?」
冗談半分でそう言うと、離れた所にいた護衛官たちが複雑な顔をしたのが少し、可笑しかった。
心配しなくても、さすがにそれは陛下から止められた。
貴女は護衛官にでもなるおつもりかとも、困り顔で言われた。
別に護衛官になってもいい、ポリアーナ殿下の護衛侍女をわたくしが務めるという道もあると、十二、三歳の頃はかなり本気で思っていた。
さすがに、色々な意味でそれは現実的ではないと、しばらくして気付いたが。
あちらからの迎えが来た。
朝に案内を務めてくれたお世話係のひとりである若い神官だ。
午前中の時よりも若干、顔がこわばっているように見える。どうやら緊張している様子だ。
彼は足下を照らす灯火を持っていた。
夕暮れ時とはいえまだ十分明るいが、念のために持ってきたのか……もしかすると夕食会の場はここより薄暗いのかもしれない。
こちらからは侍女(兼護衛)としてエリアーナ、護衛としてタイスンともう一人、通訳としてコーリン夫人を伴う。
午前中とほぼ変わらない人選だ。
先導されるまま、我々は進む。
「ラクレイドの暁の君・フィオリーナ殿下。本日はお越しいただき、感謝いたします。午前中は我々の身内の者が、大変失礼をいたしました」
大神殿の一角・レクテナーンの私的な住まいである区画。
賓客をもてなす為の客間で、レクテナーン本人が我々を出迎え、腕を交差し頭を下げる。
レーンの神官たちはお互いを兄弟姉妹だという考え方をする。
たとえ会ったことのない者であろうと、今回のように外国出身のマレビトであったとしても、神殿で神官として務める者は皆『身内』と考え、レクテナーンはすべての神官たちの長兄(あるいは長姉)、もしくは父(あるいは母)のような役割を求められる慣習なのだそうだ。
「いえ、その件に関してはどうぞお気遣いなく。そういえば、彼はあの後どうなったのでしょうか?」
形式としてが半分、本当に気になったのが半分で問うと、レクテナーンは顔を上げた。
表情は冴えない。
「あの者の身柄は大神殿で預かり、適切な教育と……治療、を行う所存です。まだすべてが明らかになってはおりませんが、あの者は、どうも……あまりいい状況で暮らせていなかったようですね。しばらくは心穏やかに暮らせる環境で、心身の治療をする必要があるというのが大神殿付きの医術師たちの診立てです」
わたくしは息を呑み、レクテナーンの暗く陰った瞳を見た。
マレビトの彼の、あっはっはっは! というあの笑声は、聞く者の心を不穏にさせる――そう、不愉快というより不穏にさせる――、何ともいえない響きであったことを、ふと思い出す。
「そう…、ですか。彼の今後がより良いものになるよう、わたくしも陰ながら祈ります」
夕食会が始まった。
さすがレーン、海の幸が豊富だ。
海藻を使ったスープがまず振舞われ、大ぶりの海老の揚げ焼きに辛みの利いたソースを和えたもの、上品な味わいの白身の魚一尾をからりと揚げ、香味野菜や輪切りにした柑橘を添えたもの、青菜と烏賊や貝柱を薄く切ったものへさっと火を通した炒め物などが、焼き色も美しい鶏の丸焼きや、小麦粉を練って焼いたふくらみの少ないパンが盛られた皿と共に、並べられる。
こちらのもてなしは、大皿に彩りよく並べた料理を数皿、一度にテーブルへ並べ、宴の主人(この場合はレクテナーンになる)が自ら、客へ料理を取り分けるのが作法。
レクテナーンは取り分け用の大さじを使って取り皿に美しく料理を盛ったり、鶏の丸焼きを上手く切り分けたりと、手際よく給仕しながら自分にも料理を盛り、さり気なく食べながらわたくしに話しかけ、次の料理を勧める。
レーンで宴会を仕切る主人役は大変だなと、失礼にならない範囲で料理をいただきながら、わたくしは思った。
レクテナーンは言う。
「殿下、今宵のお召し物は美しい色あいでとてもよくお似合いですね。さり気なく刺された刺繍も見事で、殿下のお美しさを引き立てるお召し物だと。神殿暮らしの長い物知らずの私でも、素晴らしいということがわかります」
ここまではよくある社交辞令だろうが、
「さすがはラクレイド、染色の技術が素晴らしいですね。殿下に一番よくお似合いになる、単純な赤でも紫でもないこの微妙な色あいを安定的に染め上げるのは、決して容易ではないと愚考いたします」
と続けたのは、少し意外だった。
「わたくしも詳しい訳ではありませんが」
笑顔を作り、答える。
「染料は蘇芳を使うそうですね。媒染を変えることで色味の調整をするという話ですが、素晴らしい技術だと思います。我が国の職人を誇りに思いますわ」
しかし。
まだかろうじて『若い娘』という概念に当てはまるわたくしへ、レクテナーンはずいぶんとまた、現実的というか色気のない話題を振る。
余程の朴念仁なのか……、あるいは。
フィオリーナ・デュ・ラク・ラクレイノの為人、貴女は美しいだの愛らしいだのという類いのお為ごかしを厭うことを、知っているのかもしれない。
彼は、付き合いが深いとは言えないながらも、アイオール陛下の遠縁。
深くはないが、付き合いがない訳でもない。
陛下がかつてレライアーノ公爵と呼ばれ、海軍将軍でいらっしゃった頃に、ふたりは会って親しく話したことがあると漏れ聞いている。
食事は終盤が近付いてきた。
ジャスミン茶と冷やした果物が供される。




