3 滞在一日目・夕刻①
その後、予定通り下位の島長たちとの『挨拶及びごく私的な軽い懇談』は無事に済んだ。
レーン語とラクレイド語が適度に入り混じる、全体として和やかな雰囲気の中で『懇談』できたので、外交日程の消化としては及第点だっただろう。
あの場にはラクレイド側の通訳として、ポリアーナ殿下の教育係の一人でもある、多言語に精通しているコーリン夫人をさり気なく伴っていたのだが。
彼女が通訳として活躍する場面がほぼなかったくらい、レーンの島長たちは皆一定以上ラクレイド語を解した。
おそらくレーンでは、アイオール陛下の母君がラクレイドの王家へ嫁した頃から現島長及び将来島長になる者たちに、ラクレイド語教育を施したのだろう。
「エリナ」
宿泊所の居間へ戻り、部屋着に着替えて軽食程度の昼食をとった後、わたくしはエリアーナへ声をかける。
「午後もしくは夕食後。コーリン夫妻とクリスタン夫人も交えて、これからの打ち合わせをしたいと思うの。彼らを呼んでもらえるかしら」
「御心のままに。しかしおそらく彼らの方から、面会の申し込みが来ると思いますよ」
エリアーナは軽い笑みを口許に浮かべつつ、言った。
彼らとの『打ち合わせ』は夕食後になった。
可能なら早いうちに情報の共有とすり合わせをしたかったのだが、皆それぞれ仕事があるので、落ち着いて時間が取れるのは夕刻から宵になるのは仕方がない。
それに、本来の予定になかったが、わたくしはこの夕刻、レクテナーンから夕食に招かれた。
レーン側の落ち度というのはやや酷ながら、午前中に発生した思いがけない雑音……五位が連れていたマレビトの見習い神官が無作法をした謝罪を兼ねて、という話だ、断るのも角が立つ。
が、もしかすると意外に早く、レクテナーンの『本音』が垣間見える機会になるかもしれないとも思い、少し期待している。
それこれぼんやり考えながらわたくしは、籐で編んだ安楽椅子にもたれかかった。
ロウガ、と呼ばれていたマレビトの少年。
彼は自分で『愚かな下々のひとり』と言っていたが、
(そんな訳ないわよね……)
彼がただの遭難者・ただの見習い神官であるはずがない。
言葉の端々から見て、彼は、一定以上の教育を受けた一定以上の教養がある人間だ。
少なくとも彼は、レーン語・ラクレイド語を確実に理解している。
理解しているからこそ我々のやり取りを、『中身がない』と断じることが出来た。
『中身がない』つまり社交辞令のやり取りが、外交上必要な場面であることも理解していて、彼はわざと我々を挑発したのだ。
レクテナーンが『そういうこと』、つまり心を病んでいる者だからという言い訳で彼の無作法をやんわり覆い隠してみせたのは、あの場を収拾する方便ではあったものの。
彼が、自覚の度合いはわからないが、心の深い部分を病んでいるにおいは感じられた。
わたくしにわかったのだから、レクテナーンもわかったはずだ。
五位がどういう思惑で彼を連れてきた――マレビトが島の神殿預かりになるのはレーンではよくあることであり、島の神官が大神殿での奉仕という形で一、二年ほど修行をするのも一般的ではあるが――のか不明だが。
五位自身の小賢しい思惑を超え、あの少年は勝手に動いているようだと感じられる。
(五位殿は『懇談』の場で思ったような成果を得られなかった怒りを、あの少年へ向けるでしょうね)
しかし五位程度の小者にやられるような少年ではなさそうだし、今回の無作法の罰を含め、彼のことは大神殿側……つまりレクテナーンが捌く事案であろう。
(五位の島は前レクテナーンの出身地。現レクテナーンの出身地は六位の島。五位と六位は面積がほぼ同じ、豊かさもほぼ同じ。序列は世代交代時に入れ替わることもあるらしいから、その辺りの事情が絡んでいるのでしょう)
レーンの島長たちの序列はラクレイドの爵位ほど強いものではないが、国全体の政に対する発言権や決定権が微妙に違ってくる。
わたくしとしては、ラクレイドには直接関わらないレーン内部の小競り合いとみていたが、もしかすると根深いものがあるのかもしれない。
この辺は、今回の大使補佐官であるコーリン氏や、滞在中の細かい折衝を担う女官・クリスタン夫人に確認しなくてはなるまい。
(そして今日の夕食時に、レクテナーンの『本音』をある程度は探れればいいのだけど)
ラクレイドとしてはレーンへ干渉するつもりはない。
今まで通りのあっさりとした友好関係を保っていたいだけだ。
が、現レクテナーンがラクレイド王の遠縁だという部分を、必要以上に警戒する者もいるだろう。
(現レクテナーンがそちらへ舵を切るつもりがあるのならば、アイオール陛下に報告しなくてはならないし)
それ以上の判断は陛下のなさること。
が、陛下の判断の助けになる正しい情報を、わたくしは多く持ち帰りたいし、持ち帰らなければならない立場だ。




