蕾みたいな彼女のマスク
たったったっ
かんた『、、、、』
さくら『、、、、』
お茶を買ってもらいそのままなんか一緒に今さくらさんと二人きりで帰っているのだが、、、
、、、、
お互い黙ったまま駅まで残り半分といったところまで来ていた。
緊張して、何話せば良いか全くわからない。
昨日は奈津橘パイセンがいて彼女に場を作ってもらっていたから大丈夫だったが今日は二人きり。
奈津橘パイセン助けて!!
心の中で救いを求める。
彼女は今日から部活と選挙の準備で一緒に帰ることはできないみたい。
たったったっ
隣を見る。めっちゃ可愛い彼女が俯きながら俺の横を歩いている。
スピーチ練習の時は下心をなくすと誓いました。
でも今は練習以外の時だし下心全開です。
いや正直スピーチ練習の時も誓い破れかけだけど、だけど!!
、、、
可愛いなぁ、、、どうしよう。なんか良い話題ないかな。なんか楽しい話題の方がいいよね。スピーチ関係のことは今は無しにしよう。
心の中で咳払いして気合いを入れる。
かんた『えっと、、さくらさん』
さくら『はっ、、はい!』
さくらさんは話しかけられてびっくりしている。
かんた『好きな食べ物なんですか?俺はね、えっと、ブラックラーメン。しょっぱくてめっちゃ好き』
奈津橘パイセンから勝手に教わった相手のことを聞いて自分の事を言うスキルを使う。
さくら『えっと、私は、、』
言おうかやめようか悩んでいる様子。
だいぶ溜めてから、
さくら『えっ、えんどう豆です』
かんた『えっ、えんどう豆!!?』
彼女の口からあまりに意外なものが出てきて大きな声で聞き返してしまった。
さくらさんはまたびっくりして一瞬肩がグイッと上がった。
かんた『ご、ごめんなさい、、いきなり大きな声出して。え、えんどう豆かぁ、、』
だめだぁ。これ以上何言おうかわからない。
えんどう豆ってあの緑のやつだよね。
あまり食べた事ないからぜんぜんわからない。
イメージとしてはおっさんが酒と一緒に食べてるやつ。
こんな事さくらさんには言えない。
、、、
再び沈黙がながれる。
他の話題、なにかないかな。
彼女と話ししたいが為に必死に必死に命をかけて探す。
奈津橘パイセンの事を絡めた話題なら話しやすいかも。ありがとうパイセン。ここでも助けてもらいます。
かんた『奈津橘パイセンと幼馴染だから家近いんですか?俺は岩波で海と近いです』
どうでもいい情報を付け足す。
海と近いですっていったいなんなんだ。笑
恥ずかしくなってきた。
さくら『奈津橘ちゃんのお家とは少し距離があります。だから奈津橘ちゃんが私のお家に遊びにきてくれてくれる時は自転車できてくれます。』
かんた『そうなんだぁ!、、、』
この話題も続かなそうで終わりかなと思った時
さくら『私のお家、うどん屋さんで良く食べにきてくれるんです』
えっ??えー!!
かんた『すごい!さくらさんの家うどん屋なの!』
さくら『はっ、はい、、』
俺のテンションの上がり方に萎縮しながら返事した。
かんた『ごめんなさい俺もっと落ち着きます。』
ふと思い出す。
この前読んだノートに奈津橘ちゃんの魅力、うどんをたくさん食べるところと書いてあって今の話と繋がった。
かんた『うどん作れるんですか?』
さくら『いえ、うどんを作るのはお父さんで私は揚げ物だったりを作ってお手伝いしています。接客は私は苦手でお母さんがやっています』
かんた『料理得意なんだ、、』
さくら『得意かはわからないですが、お料理は大好きです』
彼女の作るご飯を食べてみたい。
かんた『俺もいつか行ってもいいですか?』
さくら『はい、時間があればぜひきてください』
ふと目が合う。彼女ははっとなり目を逸らしてしまう。
また少し彼女のことがわかった。
ゆっくりと彼女の心に近づいていけているそんな気がする。
ぱっちり二重とぷくぅっと膨れた涙袋に囲まれた美しい瞳で一瞬でも目が合うと自分がここに形として存在しているんだと思わさせられる。
彼女に自分がここにいる事を認知されていてそれだけでも幸せに感じる。
それから駅まではお互い黙ったままだった。
富山駅で別れてライトレールに乗った。
えんどう豆が好きでうどん屋で揚げ物を作っている。
そんな姿を家に帰って自分の部屋で勉強机の上に飾った買ってもらったお茶のペットボトルを見ながらたくさん想像した。
それと彼女を苦しめているあの視線と雰囲気についても必死に考える。
なにか良い作戦はないかな。
あれをするのはどうだろう。
でも彼女にあれを見せてもいいのだろうか。
配信中にみんなが大笑いしたあのネタ。
あれをしながら聞いたら視線とか雰囲気とかそんなのぶっ壊して聞いてあげることができそう。
俺は一つの作戦を思いつくのであった。
※
水曜日の学食。
賑やかな雰囲気の中流星といつもの様に隣同士並んで昼ごはんを食べている。のだが
かんた『あっあ〜〜かれぇぇ!!』
流星『やっべぇ、辛すぎだなこれ』
激辛麻婆豆腐定食というものがずっと気になっていて今日流星と挑戦してみるかとなったのだがこれが辛くて辛くて大変なのであった。
ちなみにコンセプトは激辛食べて午後の授業を眠くならずに過ごせなのだがその通りこれだと目バキバキで授業に集中できそう。
流星『かんた、お前風呂でも入ってきたんかみたいにびっしょびっしょだぞ?』
かんた『汗が止まんない、、』
制服のブレザーを脱いでシャツの襟を持って顔をあおいだ。
流星も同じ様にして椅子の背もたれに二人とも寄りかかって降参気味。
流星『ギブ』
かんた『俺は最後まで食べるぞ!ちょっと休憩』
流星『すげぇな』
俺は再び激辛麻婆豆腐を食べ始める。
汗が噴き出て口がヒリヒリして痛い。
奈津橘『かんた!流星!探したの、一緒にご飯食べてもいいかな』
流星『奈津橘さ、、パイセン』
奈津橘さんの可愛い声がして顔を上げた。
奈津橘『ちょっと!大丈夫!?顔すごいことになってるわよ?』
汗まみれで瀕死な顔をしている俺を心配してくれた。
かんた『なふみはいへん、おれらへきはらはーほうほーふたへてるんへす』
奈津橘『えっ?なんて言ったのかぜんぜんわかんない。舌回ってないけどほんとに大丈夫なの?』
流星『奈津橘パイセン、俺たち激辛麻婆豆腐食べてるんですよって言いました』
流星が翻訳してくれた。
彼に親指を立ててナイスと合図する。
彼は苦笑いで俺の様子を見てくる。
流星『どうぞ、席座って』
奈津橘『やった!ありがとう』
奈津橘パイセンがむかえの席に座るのを激辛麻婆豆腐を食べながらチラッと見た。
流星『今日は一人?』
奈津橘『うん、、さくと食べようかなって思ったんだけどスピーチを読む練習していて断られちゃった。達磨は他の友達と食べてる』
流星『そうなんだ』
聞き耳を立てていたのでさくらさんが今も頑張っている事を知る。
俺は無事激辛麻婆豆腐を完食して背もたれにだらっとして胃の辺りを撫でる。
かんた『はぁー食った!!めっちゃ辛かった、、』
奈津橘『すごーい!全部食べたの!?』
奈津橘パイセンに褒められ嬉しくなる。
ドヤ顔で彼女をみる。
カチカチ隣から皿がなる。
流星が激辛麻婆豆腐を再び食べ始めた。
ギブって言ってなかったか??笑
奈津橘パイセンは今日もカレーならしい。
奈津橘『流星も頑張って!』
流星は激辛麻婆豆腐を食べながら親指を立てた。
かんた『奈津橘パイセンはこれ食べたことある?』
奈津橘『あるわよ、でも汗いっぱいかいちゃって、髪型とか崩れて午後の授業の前に直さないといけなくて逆に疲れちゃった。コンセプト崩壊』
俺はそれを聞いて苦笑いする。
女子にはあまり好評ではなさそうだ。
奈津橘パイセンはちょっとカレーを食べ進めると少し表情を曇らせて
奈津橘『かんた、、さくどう?大丈夫そうかな?』
と聞いてきた。
探していたと言っていたから本題はそれなのだろう。
俺は昨日の事を彼女に話す。
かんた『昨日はスピーチを読む練習したんだけど席を立って読もうとしたらどうしても、、声が出ないみたいで、座ってだったら読めたんですけど、、』
奈津橘『そっか、、』
かんた『視線と雰囲気が怖いって言っていてなんとかいい方法がないか考えていて、、』
奈津橘『そっか、、ありがとう、、』
奈津橘パイセンが何か決意した様な顔をして俺に話してきた。
奈津橘『ほんとに、、、さくが苦しそうにしてたら、、、、』
躊躇ってなかなか次の言葉が出てこない。
その声音は少し震えていた。
奈津橘『かんたが、代わりに私の、スピーチを、、』
最後まで言おうとしてやめる。
言いたい事はわかった。
俺もそれはほんとに最後の最後の手段にしようと考えてはいた。
でもさくらさんは諦めたい様なことなんか一度も言っていない。昨日も俺に頭を下げてお願いしてきた。
かんた『わかってます、でもそれはほんとに最後の手段だから。さくらさんはぜったい諦めないから。だから最後の最後まで信じよう。』
俺は奈津橘パイセンに真剣な眼差しを向けた。
奈津橘『うん、、そうだよね。ごめんね、変なこと言って』
奈津橘パイセンはニコって少しだけ笑ってみせた。
かんた『俺奈津橘パイセンの事なんも知らないから絶対スピーチなんかしないし!それだったら達磨さんに頼んどけ!勝手にイチャイチャしてろ!』
奈津橘『はぁー?バカ!!意味わかんない事言わないで!あいつに頼んでもきっと断られるだけだし、、』
かんた『奈津橘パイセンのスピーチをできるのはさくらさんだけだから。絶対大丈夫!!俺もついてるから!』
奈津橘パイセンが少しでも安心できる様に胸を張って言った。
一番さくらさんの事を知っていて一番心配で一番信じたいのは奈津橘パイセンだから。
心配しないでとか信じてあげなくてどうするんですかとかそんな事は絶対に言わない。
そんな事は彼女が一番わかっている。
奈津橘パイセンが太陽のような明るい笑顔でうんと言ってくれた。
流星『激辛麻婆豆腐食ったぁぁ!!』
大量に汗をかいた流星がスプーンを置いて顔を上げた。
汗が似合う爽やかイケメンの登場だ。
奈津橘『すご〜い!流星も完食!』
奈津橘パイセンが胸の前で小さく拍手している。
でかいおっぱいがぷるんぷるん動いている。
流星の顔が真っ赤なのは彼女に褒めれたからなのだろうか辛さからなのだろうか。
それから三人で談笑してお昼の時間が終了。
俺と流星は五時間目の時間腹を壊して何度もトイレに。
流星に落ち着いてうんこできるいい場所があると多目的室の近くのトイレを教えてあげた。
教室から遠すぎると言われて流星は教室近くのトイレに俺は多目的室のトイレに五時間目の半分ほどを過ごすのであった。
※
赤点補習会。
さくらさんが席を立ってスピーチを読もうとしているのだが。
さくら『、、、』
声がどうしても出ない。
さくら『、、、ごめんなさい、、』
きっと席に立つ事がトリガーとなりあの視線や雰囲気を思い出して感じてしまうのだと思う。
彼女は何度も何度も胸の前でギュッと力を握り深呼吸して声を出そうとするのだがうまくいかない。
ここを乗り越えないと体育館でたくさんの生徒たちの前でスピーチをするなんてできない。
俺は昨日思いついた作戦を実行することにする。
さくらさんは目線を前に向けている。
かんた『さくらさん昨日考えたいい方法があるかもしれないから今からやってみるね』
さくらさんは不思議そうに俺を見る。
かんた『俺のことは気にしないで』
さくらさんは頭にはてなマークをつけたまま声を出そうと再び頑張る。
俺は白目になってほっぺたをギュッと真ん中に寄せて舌を出した。
そう変顔大作戦。この顔で聞いたらどうなるだろうか。張り詰めた緊張感なんか吹っ飛ぶに違いない。
さくら『、、、』
彼女は俺が変顔しているのに気がつく。
何度かチラッと見る。
さくら『、、、、、、』
うふふ
今笑わなかった??彼女の可愛い笑い声が一瞬したよね!!?思い切り白目になっているから彼女の様子が見えない。
さくら『、、、うふふ』
また笑い声がした。
かんた『さくらさん笑わなかった?』
さくら『ご、ごめんなさい、、その、、面白くて、、ほんとにごめんなさい』
かんた『俺この顔で聞いてるからスピーチ読んでください』
さくら『えっ??はっ、はい、、私東雲さくらは、西城奈津橘さんを生徒会長にすい、、うふふ』
かんた『いい感じ!!続けて!』
さくら『はっ、はい!』
さくらさんはスピーチを読んでいく。途中うふふと可愛い笑い声が混じりながら。
そしてなんと!!最後まで席を立って読むことに成功した!!
さくら『よ、よめ、た、、??』
俺はぱちぱち拍手して思い切り喜んだ。
本人が一番不思議がってびっくりしている。
両手を胸の前で重ねて目を丸くしてたくさん瞬きをしている。
可愛いです。
かんた『すげぇ!最後まで読めた!』
あんまり大きな声を出すと隣の先生がやってくるので程々にする。
さくら『や、やった!』
彼女も腕を曲げて喜んでいる。
その健気な顔に心が和む。
かんた『もう一度最初から今度は声のトーンとか滑舌とかも意識してみたらいいかもです!』
さくら『はい!』
俺はさっきの変顔を作り彼女のスピーチを聞く。
また少しうふふと笑いながら声のトーンも滑舌もさっきより良くなった。
変顔大作戦は成功した。
小学校中学校と先生に怒られて教室の雰囲気がどんよりした時俺がこの顔をしてたら流星たちが笑っていた事を思い出した。
あの嫌な雰囲気はさくらさんの苦手な雰囲気とちかいものがあると考えた。
変顔はその嫌な雰囲気をぶち壊す。
一人でもその破壊力は絶大。
最近配信でよくやるから変顔のレパートリーもたくさんある。
あとはさくらさんが変顔をどう思うかだったが俺のギャグで笑ってくれたりあの明るい奈津橘パイセンとずっといたから嫌な顔はしないと思った。
でもここまでウケるとは思わなかった。
今目の前で思い出し笑いしていて控えめに口に手を当てて上品に笑っている。
俺は黒板の前に行くと白いチョークで体育館を上から見た図を書く。
ステージを書いて俺がいそうな場所に丸を書く。
かんた『これより変顔大作戦の詳細を説明するっ!』
さくらさんは何が始まるのかと興味津々といった表情で俺を見る。
かんた『きっと俺はこの辺にいるから』
と言って丸を書いた場所を指差す。
体育館の右側のステージの近く。
俺は結構身長が小さくてステージの近くで聞くことになる。
かんた『俺が変顔してるから緊張しそうになったらここら辺を見て下さい。』
さくらさんはうんうんと相槌を打ちながら聞いている。
かんた『でもずっと俺を見ているのはダメ。スピーチはみんなにするからしっかり目線はみんなの方に。でもまた緊張しそうになったら俺の顔を見る。これの繰り返し。』
さくら『はい!きっと、、、できると思います』
少し自信なさげだったが真剣な眼差しで言った。
かなり荒技だが本番は明後日、この作戦のおかげでなんとかなりそう。
俺はうんと頷くと自分の席に戻った。
そしてまた調子に乗ってさっきの変顔を彼女に見せる。
さくら『、、、うふふふ』
肩をグイッと上げて笑う。
その美しい笑い方に変顔が上品なネタのように思えた。
彼女が笑ってくれるなら何回でもやる。
嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。
他のレパートリーもたくさんあるから後で見てもらいたいな。笑
今度は彼女に教卓の前に立ってもらう。
ここから見える景色は体育館のステージほどではないが似たものだ。
俺は席を廊下側の前の方に移動して本番いそうな場所で座る。
もちろん変顔も忘れない。
他のレパートリーを披露する。
目を思いきり開いて目の前を見る。口も大きく開ける。この状態だと鼻の穴が開けづらいができるだけ大きく開ける。
顔の開けれそうなところは全て開けた。
彼女はスピーチを読みながらニヤニヤ俺の顔を見てくる。
そして教卓の前に立ってもスピーチを読むことができた。
さくら『読めました、、どうでしたか?』
かんた『えっ?鼻の穴開けるの必死で全然聞いてなかった。』
場を和ませるために冗談を交えてみる。
さくら『だらぶち(お馬鹿さん)』
優しくボソッと呟いた。
えっ?やばい、、めっちゃ可愛い!!
彼女の口からだらぶちと言われてそれはもうご褒美でしかない。
彼女と心がギュッと近くなった。
少し前だと逃げ出してしまった距離に今俺は近づけた。
そして目の前にはニコッと目を細めて笑って俺を見る彼女がちゃんといた。
その美しい姿におれはポカンとただ見惚れてしまっていた。
休憩を挟みながら彼女と教卓の前で何度もスピーチを読む練習をする。
滑舌や声の大きさもだんだん良くなっていった。
俺は変顔のしすぎで顔の至る所が痛い。
本当に変な顔になったらどうしようと思ったが彼女が笑ってくれるなら本当になっても良い。
やがて俺が変な顔しなくても彼女は自分の気持ちを教卓の前で声に出せるようになった。
でもそれはここに俺しかいないからだ。
きっと彼女は俺のことを心許せる相手になっただけ。
誰か他の人がやってきて黙って彼女のスピーチを聞こうとするなら俺は変顔をしなければならない。
でもそれで良い。
俺が変顔して場の雰囲気をぶっ壊してあげればきっと彼女は無事全校生徒の前でスピーチを成功させることができる。
なんとかなりそうだと俺は彼女のスピーチの練習を聞きながら肩を下ろして安堵していた。
ふと窓の外を見ると雨が降り始めていた。
、、、しまった、、
どうしよう。俺今日傘持ってきてない。
朝母ちゃんに夕方から雨降るから傘を持って行きなさいといわれていたが考え事をしていて(さくらさんのことを)玄関に忘れてきてしまった。
職員室に行って傘を借りよう。
職員室に行くのは好きではない。
そして補習会の終了時間になり先生がやってきたのだが、、
たったった
先生がなにやら険しい顔で俺の席の前にやってきた。
俺とさくらさんはスピーチの練習を切り上げて席に戻っていた。
担当先生『金田君ちょっといいかね?』
俺は先生の顔を見る。何か怒られることはわかった。
担当先生『きみ全教科赤点なんですよね?まだ一つも課題を提出してないと先生から聞いたのですがなにをしているんですか!?』
怒気の混じった声音に肩をすくめながら聞く。
かんた『は、はい、、すいません、、後でまとめて出そうかなと思って』
担当先生『終わった課題から提出して行きなさい』
かんた『は、はい、、ごめんなさい』
先生が教室から出て行った。
さくらさんと作った柔らかくて楽しかった雰囲気が吹き飛んでどんよりする。
さくら『だ、大丈夫??』
彼女が心配そうに声をかけてくれた。
かんた『大丈夫だよ』
先生に怒られて少し引きずった笑顔で言った。
さくら『全教科赤点、、数学だけだって言ってなかった?』
優しい声音で心配そうに言ってくる。
かんた『全教科赤点って言ったら余計な心配を増やすかもって思って嘘つきました、、』
さくら『そんな、、私、ほんとに迷惑をたくさんかけてしまって、、ごめんなさい』
頭を下げて謝ってくる。
かんた『ぜんぜんだいじょ〜ぶ!』
面白おかしく言う。
かんた『どうやら俺不器用みたいでやりたいこといっぱいあったら上手く対応できないみたい』
後頭部を撫でながらニヤニヤ言った。
かんた『でも今一番大事なことはさくらさんがちゃんとスピーチを成功させるために頑張ることだから。課題は生徒会選挙終わったら一気にやるから!だから俺のことなんか気にしないで!』
彼女は頭を上げた。
かんた『スピーチ絶対うまく行くと思う。教卓の前でもちゃんとできてたし、最初と比べたら滑舌も声の大きさもすごいよくなったと思う』
さくらさんは少し照れて顔を伏せた。
かんた『明日で練習は最後だね、、』
最後と言ってちょっと悲しくなる。
彼女とこうしていられるのも終わりが近づいているんだ、、
かんた『実際に体育館のステージに立ってみよう。本番の場所の雰囲気を掴んでおくことは多分とっても大事だと思う。当日少しでも緊張を和らげれそうなことはしておこう』
彼女はうんと頷いた。
かんた『俺職員室行って傘借りてくる、また明日』
と言って俺は教室を出た。
職員室までの長い道のりを移動する。
なんだか自分の家に帰るよりも遠く感じる。
ガラガラ
失礼しますと挨拶する。
コーヒーの匂いがブワっと鼻をくすぐる。
十八時を過ぎていて先生たちの数も少なかった。
かんた『すいません傘を借りにきました。』
初めて見る先生に対応してもらったのだが貸し出せる傘はもうないとの事。
俺みたいに忘れてきた生徒がたくさんいたみたいだ。
俺は先生にお礼を言って職員室を出た。
窓の外を見ると暗くて雨がざぁっと降っている。
母ちゃんに連絡して迎えにきてもらおうかと考えたがまだ仕事だろう。
この雨の中濡れて帰る覚悟を決めて玄関に移動した。
靴を履き替えて外に出る。
ざあーっと雨の音が大きくなり肌寒さを感じた。
空を見上げると薄らと白い雲が見えて、、、
たったったとローファーの音が雨の音の中に混じって聞こえたかと思うと
見上げていた空が黒い傘で覆われて見えなくなった、、、
ん??
横を見ると腕を頑張って上に伸ばして傘を持って俺を入れてくれるさくらさんがいた。
彼女の事を意識して一瞬周りの音が聞こえなくなる。
時間が、思考が、全て刹那に止まる。
さくら『帰ろっか、、』
ボソッと呟いた。
彼女の優しくて小さな声はこんな雨の中だと聞こえるはずがない。
でもしっかりと俺の耳に届いた。
それだけ今彼女は俺の近くにいるんだ。
少し肩と肩が触れ合った。
雨の匂いに混じって彼女の良い匂いがした。
三段ある段差を降りてゆっくりと雨に当たらないように歩いて校門を出た。
かんた『俺傘持ちます』
さくら『うん、ありがとう』
彼女の黒の傘を右手で持つ。絶対に濡らさないためになるべく彼女の上に傘をさす。
俺の左肩に雨粒が当たる。
車が水飛沫を上げて俺の横を通っていった。
傘にポタポタ雨粒が当たる。
お互い黙ったまま雨の音をBGMにして歩いていく。
肌寒いのに暖かくて温かい。
なんだか心が落ち着く。
彼女の側に近づけば近づくほど時間がゆったりと流れる感じがする。
そうなんだ。相対性理論だと彼女はきっとブラックホール。
だから彼女の美しい瞳を見ると吸い込まれそうになるんだ。
身も心も全て彼女に吸い込まれてしまった。
さくら『もう少し自分のところに傘をさして、肩が濡れちゃうよ』
かんた『駅に着くまでさくらさんに雨粒一つ当てないように歩くから』
さくら『お家に帰ったらタオルでしっかり拭くんだよ』
かんた『うん』
たったったったっ
ザァーザァーザァー
お互い黙ったまま駅までの距離が近くなっていく。
何かお話しできる話題を探さなきゃとかそんな事全く思わなかった。
この薄暗い雰囲気と彼女の落ち着いた雰囲気のせいだろうか。
今はただこうして黙ったまま歩いていたかった。
肩と肩が当たる。
お互い目が合って逸らす。
何回目か分からない。
最寄駅に着くと一高の生徒が電車を待っている。
まだ部室で雨が止むのを待ったり親に迎えにきてもらったりと帰路がバラバラになりいつもよりも人が少ない。
傘を閉じて彼女に返して屋根のあるホームに移動する。
左肩がびしょ濡れでそこだけ冷たい。
さくらさんはスクールバッグからハンカチを取り出すと丁寧に拭いてくれた。
かんた『あっ、ありがとう』
少し顔を赤くしてお礼を言った。
彼女は肩を少し上げて目を細めて笑顔をする。
ハンカチをスクールバッグにしまって少し俯いてホームの正面を向いて立った。
電車がやってきて乗り込む。
彼女と拳三つ分ほど距離を空けて座る。
他の男子生徒と目があった。
美少女の隣にいる俺のことを不思議がっている。
富山駅に着いて彼女と別れる。
その時もう一度雨に濡れたらちゃんと拭くようにと念を押された。
ライトレールに乗って家の最寄駅へ。
着いたら雨は上がっていた。
まだ身体の右側に彼女の温もりを残したまま家まで一人で歩いた。
そういえば今日、行きも帰りもライトレールの色は赤かったなぁ。
※
学校から最寄駅に向かう反対側を歩いていくと大きな公園があります。
満開の桜が咲いていて公園がピンクに包まれてとっても綺麗。
大きな船の遊具があって小さな子たちの元気な声が響いています。
その近くに五つのブランコがあって私さくらは今奈津橘ちゃんと放課後一緒にいます。
彼女はブランコを漕いでいて空まで飛んでいっていきそうです。
私はそれを隣に座って微笑ましく眺めています。
少しずつ漕ぐことをやめてスピードが落ちていきそして止まる。
奈津橘『ブランコ久しぶりにやったらすっごい楽しい!』
元気よく私に話しかけてくる。
いつも彼女は私に元気を分けてくれます。
私はニコッと目を細めて彼女の明るさに答えます。
、、、
伝えるなら今かな。
ここに彼女を呼んだのは私。
大切な話があって勇気を出すにはいつもとは違う場所が良かった。
ここならさくらに囲まれていて見守ってくれていて伝えることができそうと思いました。
同じさくらって名前なのに私は一度も綺麗に咲いたことなんてなかった。
さくら『あのね、奈津橘ちゃん、聞いてほしいことがあるの』
奈津橘ちゃんは首を傾げて私を見る。
私は勇気を声をふりしぼるためにブランコの鎖をギュッと握りしめる。
レンガの足場に力をギュッと踏ん張る。
さくら『、、、』
奈津橘『さく??』
さくら『奈津橘ちゃんの生徒会選挙の推薦スピーチ、、私がやりたい!!』
彼女から生徒会長に立候補すると聞いた時彼女のスピーチは私がしてあげたかった。私がしないと嫌だった。そう思った。
彼女は驚いていて目をぱちぱちしている。
がさっ
ブランコから降りて私のそばにきてくれる。
しゃがんで座っている私と目線を合わせてくれた。
奈津橘『ほ、ほんとに、、さくがしてくれるの!?』
私はうんと頷くと俯く。
勇気を出して涙が出そうになったから。
彼女は私の太ももの上に手を置く。
奈津橘『嬉しい、、でも、、スピーチは全校生徒の前でしないといけないんだよ?、、、』
彼女は何か言いたそうにためらっている様子。
きっとそれは私にはやめたほうがいいみたいなことだと思う。
でも彼女は優しいから、、言えない。言わない。
全校生徒の前でスピーチをする事は去年見ていたから知っています。
それは私が一番苦手で怖いこと。
でも奈津橘ちゃんのた、め、なら勇気が湧いてきてできそうだと思いました。
私はもう一度うんと頷いた。
奈津橘『わかった!さくにお願いする!!でも辛かったら無理はしないこと、約束できる?』
私はうんと頷くと彼女は抱きしめてきた。
隣の小さな男の子に何してるんだろうって見られてちょっと恥ずかしいです。
奈津橘ちゃんは抱きしめることをやめるとさっき乗っていたブランコに戻って再び漕ぎ始めた。
さっきは座っていたけど今度は立って。
彼女の顔はとても嬉しそうで勇気を出して彼女に伝えて良かったなって思いました。
頑張らなきゃ!!
今のままではきっとスピーチを上手くできない。
恥ずかしい屋で人見知りで自分のことばかり考えていて傷つかないように傷つけないように周りから距離を離していた自分をかえなきゃ!!
チアガール部に入る時も同じことを思って入りましたがみんなについていけなくて、運動がどうしても苦手ですぐにやめてしまった。
あの時は何も変われなかった、、
彼女のスカートが風でふわっとなって中が見えそうになってしまう。
さくら『奈津橘ちゃん、スカートの中見えちゃう、、』
私の小さな声は彼女に届いていない。
彼女はどんどん勢いをつけて高く遠くに飛んでいく。
憧れの彼女と少しでも近くにいたかったから私もちょっとだけ地面を蹴ってブランコを漕いだ。
※
奈津橘ちゃんに近くのパン屋さんにいこって言われてうんと頷いた私は今そのパン屋さんの前にいます。
白くて小さな建物。
看板がないとパン屋さんだとは気づかれない。
私みたいにひっそりと建っている。
木でできていて小さな窓が四つあるドアを奈津橘ちゃんが空けて中に入るとチリンと綺麗な音のベルが鳴って歓迎してくれる。
美味しそうな匂いがしてとっても幸せな気持ちになった。
ここのお店は奈津橘ちゃんが部活が休みだったりする時はよく一緒に利用しています。
いつも学校が終わるとすぐに帰ってお家に籠ってしまうのでどこか訪れる時は隣に必ず奈津橘ちゃんがいます。
私は小さなクロワッサンを一つ彼女はメロンパンを袋に入れてもらいお店を出た。
学食にもパンがあると聞いたのですが私は一度も食堂に行ったことがなくて食べたことがありません。
たくさんの生徒で賑わっていて私は苦手。
いつもお家でお母さんと一緒に作ったり自分一人で作ったお弁当を教室で一人で食べています。
奈津橘ちゃんがいる時は少し分けてあげるととっても美味しそうに食べてくれて嬉しい気持ちになります。
公園に戻ってベンチに奈津橘ちゃんと密着して腰掛ける。
さっき乗っていたブランコには小さな子供が楽しそうに遊んでいるのが見えます。
隣を見るとメロンパンを両手で持って食べている彼女の姿。
メロンパンに負けないぐらいふわふわで優しい奈津橘ちゃんの笑顔。
それを私は微笑まし、、、
ふと何故か今体育館でステージに立ってスピーチをしている私を想像してしまった。
たくさんの人に注目されて黙って視線を向けられる。
手が震える、、声が震える。
怖い、怖い、怖い
あれ?私、、上手く笑顔を作れていない??
彼女の隣にいる時はいつも心から笑顔でいられるのに。
奈津橘『、、さく?』
彼女に心配されてしまう。
私は何もないよと首を振る。
彼女は不思議そうに首を傾げる。
奈津橘『、、、もしかしてさく、メロンパン食べたかった?』
さくら『えっ!??』
いきなりそんなこと言われて目を大きく開けてびっくりしてしまう。
目をぱちぱちさせていると奈津橘ちゃんはメロンパンを食べやすい大きさにちぎってくれる。
奈津橘『マスク下げて、あーんしてあげるっ!』
言われるがままマスクを下げると彼女にメロンパンを食べさせてもらった。
私は咀嚼しながら正面を向く。
甘くてほのかにメロンの味がして美味しい。
さくら『美味しい』
そう呟いた。
奈津橘ちゃんは脚を組むと全体重を私には預けてくるように寄りかかってきた。
私の左肩の上に彼女の頭が少し乗っかる。
右手を私の太ももの上に置いてくる。
左手には小さくなったメロンパン。
ジャンプーのいい匂いと彼女の体温を同時に感じる。
身体の横に置いてある袋からクロワッサンを取り出して食べる。
カリッと音がして
さく、さくしてて美味しい。
奈津橘ちゃんはメロンパンの最後の一口を食べた。
彼女が顎を動かしている感触が肩から伝わる。
私はクロワッサンを食べ終えるとマスクを戻して彼女の頭の上に私の頭を乗せた。
目を瞑る。
こうして暫く黙ったままゆったり時が流れる。
彼女の私の太ももの上に置いた右手に私の左手を重ねる。
風で散った桜の花びらが二人の重ねている手の上に乗った。
※
昨日の雨は嘘だったかのような晴れた放課後の補習会の始まる前の時間。
今日で練習できるのは最後。明日は生徒会選挙の日。
俺は多目的室目指してダッシュしている。
(廊下は走ってはいけません)
教室のドアの前で膝に手をついて一旦呼吸を整えてから肩で少し息をしてドアを開ける。
ガラガラ
さくらさんはいつも通り窓の外を眺めている。
美しい女神と目が合う。
俺は彼女の側にいく。
かんた『さくらさん今日の補習会、さぼろっ!』
俺の誘いに彼女は何を言っているのかまだ理解していない様子。
目をぱちぱちさせてフリーズしている。
Now loading
さくら『えっ!?だっ、ダメだよ、、』
かんた『良いから良いから、ずっとスピーチの練習してたから今日は休もう!近くに公園あるからそこ行っこっ!それで体育館に人がいなくなったら最後体育館のステージで練習。ねっ?いこ!いこ!』
声を弾ませ彼女を誘う。
彼女は首を横に振る。
さくら『サボるのは、だめです、先生にも心配させちゃうよ?』
かんた『さくらさん一回サボってるし!先生の事は俺がなんとかするから!』
彼女ははっと顔を赤くして伏せた。
かんた『お願い!行こう!休むのも練習って言うし!!』
しつこい俺の誘いに彼女はついに、、
顔を伏せながら小さく頷いた。
決まり!!
先生に見つからないために素早く教室を出る。
ツルツル滑る床を滑って階段に向かう。
彼女はスクールバックの肩にかける紐のところを両手でギュッと握りながらちょこちょこ早歩きで俺を追いかける。
めっちゃ可愛い!!!
階段を降りる。踊り場で担当の先生と出会ってしまった!!
気にせずすれ違う。
担先生『君たち!どこ行くんだね!?』
かんた『今日の補習会さぼりまーす!さくらさんの事は俺が誘ったんで!!責任は俺がとりまーす!』
彼女は何度も先生に会釈をしてかんたのことを追う。
担先生『こら!!待ちなさい!!』
先生の大きな声が上から聞こえてくるが気にしない。
玄関まで走って移動する。後ろを向くと彼女も必死に後を追ってくる。
靴を急いで履き替えて玄関を出る。
三段ある段差を飛び越えて校門を出た。
息が上がり膝に手をついて息を整えていると彼女も追いついた。
彼女も急いで俺のことを追ってきたので息が上がっていた。
二人で息を整えてからいつも帰る方向と反対に歩き始めた。
彼女は俺の少し後を歩いている。
彼女の事が気になって振り返ってみるとそわそわ学校のある後ろを気にしている様子。
この前は俺のせいで気が動転して学校を飛び出して補習会をサボってしまったが今回は自分の判断でサボってしまったから落ち着かないのだろう。
余計な事をしてしまったかもしれない。
ここ暫くずっと苦手なスピーチ練習を頑張っていて本番前に少しでも息抜きできたらなと思ったのだがサボったことの罪悪感に真面目な彼女は気が休まらないみたい。
誘った事を少し後悔しながら公園に向かって進んでいたら綺麗な白い小さな建物が目に入った。
看板が出ていてどうやらパン屋さんならしい。
ここでパンを買って公園で一緒に食べたら良いかもしれない。
かんた『さくらさん、ここパン屋みたいだからなんか食べよう!』
振り返って追いついた彼女に話しかけた。
さくら『えっと、、わたしは、、』
かんた『俺が奢るから一緒に食べよう!』
彼女の返事を聞かずに木でできた少し重たい扉を開けて中に入った。
チリンとベルの音が鳴った。
中はとてもおしゃれで綺麗なお店。
パンがキラキラ輝いていてどれも美味しいそう。
パンの焼いた匂いがとっても良い匂いで思わずすーっと大きく息を吸ってしまった。
少し遅れてチリンとベルの音が鳴って彼女が店の中に入ってきた。
お盆とトングを取って何を食べようか考える。
入り口の一番目がつくところにおすすめと書かれたクロワッサンがたくさん置かれている。
見ているだけでサクッと音が鳴ってきそうだ。
俺は二つ取ってお盆の上に置いた。
かんた『何食べる??好きなの選んで良いよ、どれも美味しいそう』
さくら『そ、そうだね、、、』
彼女は顔を伏せたまま返事をした。
心ここに在らずといった様子で浮かない表情。
まだサボったことを気にしているみたいだった。
彼女の姿を見ているとまた誘った事を後悔したが少しでも息抜きして欲しいから気丈に振る舞う。
かんた『あのメロンパンめっちゃ美味そう。あれ食べよっと。さくらさんもどうかな?』
さくら『、、、私はいらないです、、ごめんなさい』
結局彼女は何も買わずに俺が食べたかったクロワッサン二つとメロンパンを買って店を出た。
公園に向かう途中もずっと彼女は黙ったまま下を向いて歩いていた。
公園はとても広くて大きな船の遊具がまず目に入る。
その近くにブランコとトランポリンがあってたくさん小さな子供たちが楽しそうな声を響かせていた。
それを見守る親たちの姿。
一高の生徒たちも小さな子に混じって遊んでいる。笑
隣の大きな芝生のところでは一高の男子生徒達がサッカーをして遊んでいる。
学校帰りの一高生と子供達で公園は賑わっている。
ベンチが空いていてそこに座る。
グーっと足を伸ばして背もたれに寄りかかり空を見上げた。
雲一つない綺麗な青空がひろがっている。
もうすぐ終わる春の風をちょっとだけ感じる。
息抜きするには最高の気候。なのだが、、
かんた『外、気持ち良い〜〜!』
仕事終わりの酒うめぇみたいな感じで言う。
俺はまだ飲めないからわからないがきっとこんな感じで気持ちんだろうなぁ
さくらさんは俺から拳三つほど空けた場所に座る。
黙ったままポツンと座っている。
暫くしてから
さくら『ごめんなさい、私、やっぱり戻ります、、』
かんた『、、、うん!わかった、俺も戻る、先生には俺だけ怒られるからさくらさんは気にしないで』
やっぱりその方が良いかもしれない。
補習会をサボって明日本番なのにスピーチ練習しないでやるべきことがたくさんあるのに今息抜きなんかしている場合ではなかった。
さくら『奈津橘ちゃんの推薦人なのにこんな事してしまって、、彼女の評判を落としてしまったらどうしようって思ってしまって。せっかく誘ってくれたのにごめんなさい、、、』
!!!
俺は馬鹿だった。
彼女に言われてその通りだと思ってしまった。
さくらさんが少しでも休めたら良いなと思い誘ったのだが一番大事な事を忘れてしまっていた。
かんた『ごめんなさい、、そこまで考えていなかった、、さくらさんが少しでも息抜できたら良いなぁってそれしか考えなかったです、本当にごめんなさい』
彼女は首を横に振る。
さくら『私のためにサボろって言ってくれて、ありがとう』
彼女は俺のことを見て目を細めて少しだけ笑顔になってくれた。
その優しい温かな笑顔に包まれて少し肩の力が抜ける。
かんた『待って!戻る前にちょっとだけここで休んで行こう!先生に怒られる前にメロンパンだけ食べて行っていいっすか?さくらさんも俺の買ったパン食べて良いよ』
さくら『うん、ありがとう気持ちだけもらっておきます』
俺は袋からメロンパンを取り出して両手で持ってかぶりついた。
甘くてちょっぴりメロンの香り。
フワッフワな感触がさくらさんの優しさを齧っているみたいで幸せ。
先生に怒られる前の束の間のひととき。
俺はほっぺに手を当ててメロンパンをニコニコ咀嚼する。
かんた『さくらさんこのメロンパンめっちゃ美味し、、』
そう言いながら彼女の方を見ると俺のことを目を丸くしてぱちぱちさせて見ていて目が合った。
はっと彼女は顔を伏せる。
俺も彼女の可愛いブラックホールに吸い込まれそうになり視線を逸らした。
、、、
俯いたまま照れてメロンパンを食べる。
隣に美少女がいることを改めて認識させられてしまう。
、、、
ちょっとだけお互い沈黙していると珍しく彼女から口を開いた。
さくら『メロンパンの食べ方が、奈津橘ちゃんに似ているなって思っちゃって、、』
かんた『そうなんだ、、』
さくら『うん、、この前一緒にさっきのお店のパンをここで一緒に食べる事があってその時の事を思い出しちゃった』
そうなんだと心の中で呟いた。
、、、、
パクパクッとメロンパンを食べて先生に怒られる準備もオッケー。
学校に戻るためにベンチを立つ。
クロワッサンはこれ以上待たせる訳にはいかないので後で食べよう。
かんた『学校戻ろっか』
彼女にそう言って歩き出そうとした時、、
さくら『待って、、ください、、』
小さな声を振り絞るように言って俺を呼び止めた。
どうしたのだろうと彼女の様子を気にする。
さくら『、、、ここに居たいです、、ずっとスピーチの事を考えていて苦しかった、大切な友達のスピーチなのに嫌になりそうな事もあって、、今はここで少し休んでも、良いかな、、?奈津橘ちゃんも、きっと同じ事をしてくれると思いました、、』
俯いてギュッと手に力を入れながら俺にそう言ってきた。
俺は口角を上げるとベンチに座り直す。
かんた『クロワッサン二つあるから一つどうぞ』
取りやすいように袋の口を彼女の方に向けて開けながら言った。
さくら『あ、ありがとう』
彼女は袋からクロワッサンを取り出した。
ということは!!?彼女がクロワッサンを食べる時マスクを外す!?
彼女のマスクをとった顔がついに見れる!!!
俺はゴクリと唾を飲みその時を待つ、、、
ギュルルル〜!
やばい腹痛い!!先生に怒られる事を考えていたので胃がギュッとなっていたらしい。
なんでこのタイミングで腹痛くなるんだダァぁ!!
かんた『やばい、腹痛くなってきた、、』
腹を抑えて険しい表情で彼女に伝える。
さくら『えっ!?大丈夫??』
心配そうに言ってくれる。
かんた『担当の先生に怒られる事を考えていたのが原因かな、、ごめんトイレ行ってくる、、』
俺はトイレに向かってダッシュを開始したのであった。
※
トイレから戻ると彼女はクロワッサンを食べ終えて俺のことを待っていた。
彼女のマスクをとった顔が見れなかった事が残念だった。
さくら『お腹の調子大丈夫??』
かんた『うんこしたら治ったから大丈夫!!』
そう言ってベンチにすとんと腰を下ろす。
足を伸ばして空を見上げて
かんた『息抜き最高〜』
天に向かってそう言った。
さくら『私も、息抜き〜』
彼女は腕を上に伸ばしてグーッと伸びる。
その仕草が可愛くて見惚れる。
かんた『課題ぜんぜん終わらない、、そしてやりたくない、、』
さくら『サボったほんとの理由はそれなのかな?』
かんた『40%ほどはそれです』
さくら『だらぶち』
ボソッと呟く。ご褒美です。
さくら『全部の科目赤点だから頑張らないと、、』
かんた『ゲームばかりしとったら(してたら)全教科赤点なってた、、』
さくら『ゲーム好きなんだね、、』
かんた『うん、将来はゲームだけして過ごしていきたい、さくらさんはゲームしないの?』
さくら『私はほとんどやったことないです』
かんた『そうなんだ、俺の好きなゲームはドラゴンズソードってやつなんだけど聞いな事ない?小説にもなってたような』
さくら『読んだことあるかもしれないです、主人公がアベルという人物で、、』
かんた『それファイブだ!』
彼女と話があってテンションが上がる。
一気にスーパーハイテンションだぁぁ!!
さくら『とっても良いお話でした。お父さんが魔物に倒されてしまう場面は読むの辛かったです』
かんた『あー!あのシーンか!確かに辛いね。』
彼女はうんうんと頷いた。
少しだけゲームの話題で会話ができて嬉しかった。
かんた『小説の事なんだけどおすすめの本とかあるかな?俺読書苦手で本とかほとんど読まなくてさ、、、国語の赤点補習の課題で読書感想文を書かないといけなくて。簡単な読みやすいやつあったら教えて欲しいです』
さくらさんは人差し指を顎に当てて考えてくれている。
風が少し吹いて彼女のサラサラの黒髪が靡く。
手で髪を触って直すと俺の質問に答え始める。
さくら『魔女の旅路という本がいいかなと思います。私も大好きな本で読みやすくておすすめできるかな、、主人公の少女ヘレナが内気な性格の魔法使いで旅をしてたくさんの人と出会ってだんだん明るい人に成長していくお話なんだけど、、』
かんた『へぇー』
このヘレナに影響されてさくらさんは内気な性格を変えたいと思ったのかな。
奈津橘ちゃんに憧れていると前に言っていたから何か関係がありそうだ。
さくら『もしよかったら貸してあげます』
かんた『えっ!?いいんですか?』
ん?待てよ、彼女からお品をお借りするなんてそんな事できない!!汚したり破れたりしたらどうするんだ!緊張して読めない気がする。笑
かんた『あっ!やっぱやめときます、、自分で買います、、大事な物だろうから汚したりしそうで落ち着いて読めなさそう』
頭を掻きながら苦笑いして断った。
彼女はうふふと口に手を当て上品に笑うと
さくら『大丈夫だよ?汚しても気にしないから貸してあげます』
かんた『なっなら、、お願いします、、』
さくら『うん!』
そのうん!って返事めちゃくちゃ可愛いです、、
さくら『一つ考えたんだけどドラゴンズソードのファイブをゲームでした事があるんならそれを本で読んだことにして読書感想文を書いたらいいんじゃないかな?』
かんた『あっ!その手があった、、でもプレイしたのが小学生の時だしあんまストーリー覚えてないや、、レベル上げとか強い武器を集めたりとかそっちメインでやってたから、、』
さくら『そうなんだ、、』
せっかく彼女に課題を楽にする抜け道を教えてもらえたのに何やってるんだ小学生の俺は!!もっとストーリーをちゃんと読んでおけばよかった。
さくら『今度持ってきますね。もし読んだら一緒に感想とか、、お話、、したいなぁ、、』
途中俯いてしまい照れながらだんだん声が小さくなっていった。
さくらさんと一緒に感想を話し合えるとなると隅々まで読むこと決めた。
かんた『俺も一緒に、感想、話せれたら、良いです、ちゃんと、読んでおきます』
感想文を先生にではなくさくらさんに提出すると考えたら本を読む事が楽しみになった。
公園に来てから時間が経って小さな子供達の姿がなくなってきた。
時刻は公園に設置されている時計を見ると十七時を過ぎていた。
体育館に部活をしている人がいなくなるまではここにいる予定なのだが何時までかかるだろうか。
流星や奈津橘パイセンに聞いたのだが二人とも体育館で部活をしていないのでわからないと言われた。
かんた『学校の体育館に人がいなくなるのって何時ぐらいかな?』
答えは出ないと思うがなんとなくさくらさんに聞いてみる。
さくら『私がチアガール部に入っていた時、体育館の掃除を最後任されるんだけど十九時にはみんないなかったと思います』
そうだった、彼女は元チアガール部だった。
十九時となるとまだ時間はある。
かんた『チアガール練習きつかった?』
彼女はうんと相槌をする。
さくら『私おっちょこちょいでほんとに練習ついていけなくて、、』
かんた『チアガールってなんかひらひらの持って手あげたりして踊ってるイメージだけど練習大変なんだ』
さくら『私も最初そんな感じをイメージしていたんです、それなら私にもできるかなって、入ってみると本格的でどちらかというと新体操に近いイメージかもしれません、フォーメーションとかあって人を投げたりとかして大会で競い合うんです』
かんた『チアガール部って大会あるんだ』
彼女はうんと相槌をする。
チアガール部は他の部活の大会に参加するものと思っていた。話を聞いていると大変そうだ。汗汗
失礼だけどおっとりしているさくらさんには確かにむいていなさそう。
かんた『あっ!俺クロワッサン食べてなかった!』
トイレから帰ってきてさくらさんと話に夢中になりすっかり忘れていた。
袋からクロワッサン取り出して齧る。
サクッと音がして冷めていたがとっても美味しかった。
小さくて一瞬でなくなってしまう。
かんた『美味い!』
さくら『さっきはごちそうになりました、ありがとう』
彼女にお礼を言われてえへへと照れ笑い。
かんた『十九時だとまだ時間あるね、夜遅くなるかもしれないけど大丈夫?』
さくら『親には伝えてあるから大丈夫です、実際に体育館のステージで練習しておく事はとても大事だと思うから、、』
不安そうに顔を曇らせた。
かんた『大丈夫?』
彼女の顔を覗き込むように言った。
さくら『不安、、です、ステージに立った事ないし、明日たくさんの人の前でスピーチをするのはやっぱり、とっても、、怖い、かな、今も想像すると緊張で少し震えてしまいます。だめだなぁ私は、自分を変えることってこんなに大変なことなんだね』
かんた『緊張したら俺の顔みたらきっと大丈夫だよ!』
思いっきり寄り目をして口をチュウの形にする。
おまけにぷにぷに唇を動かす。
さくら『うふふふ』
追い討ちおかけるように別の変顔もする。
目と鼻の穴と口をとにかく大きく開ける。
かんた『こんにちふぁ、顔の開けれるところはすべて開けてみましたぁ!』
ふざけた声音で彼女を楽しませる。
さくら『うふふ』
笑いすぎて目から涙が出たらしく人差し指で拭った。
彼女は俺の変顔がツボならしい。
それにしても笑いすぎだ。
かんた『あのー?笑いすぎですよー?』
俺のこんなネタでも笑ってくれるとは、もしかしたら意外とさくらさんはゲラなのだろうか。
さくら『ごめんなさい、面白くて、、うふふ』
上品に笑う彼女を見ていると嬉しい気持ちになる。
かんた『まだ時間あるから久しぶりにブランコ乗ってこようかな!さくらさんも来て!』
笑っている彼女にそう言うと俺はパンの袋を近くのゴミ箱に捨てにいきブランコに向かった。
小さな子供達はみんな帰ってしまっていた。
隣の離れた芝生のところではまだ一高の男子生徒がサッカーをして遊んでいた。
リュック置いてブランコに立って乗る。
足を上手く使って漕ぎ始める。
風を切って前後に揺られる。
目の前の木の枝の隙間から沈みかけの真っ赤な夕日が見える。
あの夕日に少しでも近づくように俺の漕ぐブランコはどんどん高くなっていく。
彼女もスクールバッグを俺のリュックの近くに置くと隣のブランコに座る。
漕ぐ勢いを緩めて彼女に話しかける。
かんた『久しぶりのブランコめっちゃ楽しい!』
さーっとさくらさんの隣を通り過ぎる。
今度は後ろからさくらさんに近づく。
彼女もゆっくりとブランコを漕ぎ出したのが見えた。
足を伸ばして長いスカートがふわっとなっている。
綺麗で美しい白い脚がいつもよりも見えてしまいドキドキする。
彼女の事を見ていたせいで一瞬バランスを崩して落ちかける。
危なかった、、、
暫くお互いブランコを漕いで時間が過ぎていった。
疲れてきたので漕ぐ事をやめてスピードを緩める。
だんだんゆっくりになっていきそして止まった。
ブランコに座って隣の彼女を見ると気持ちよさそうに
まだブランコを漕いでいた。
その姿はきっとたくさんの画家たちが描きたいと思わせる美しい風景だった。
俺が漕ぐ事をやめたのを見ると彼女もゆっくりと減速していった。
さくら『涼しい風が肌に当たってとっても気持ちよかったです』
かんた『俺も!今日晴れてほんとによかった!』
さくら『うん!』
目を細めて上品な笑顔でうんと言ってくれた。
最初はここに誘った事を後悔してしまったが彼女のこの笑顔を見たら今は誘ってよかったと思った。
かんた『次はあのトランポリンやろう!』
さくら『うん!私もやりたい』
トランポリンに向かって小走りで移動する。
二つの白い山があるみたいな形になっていて十人ほど上に乗れる広さ、
後ろを振り返るとちょこちょこ俺の事を追いかけくる。
土足厳禁とのことで靴を脱いでトランポリンに上がった。
ふにゃふにゃの床に足を取られて歩きずらい。
彼女も靴を脱ぐとトランポリンに上がってきた。
白い綺麗な靴下でトランポリンが踏まれていて羨ましい、、、俺もトランポリンになりたいです
ごほんと咳払い。
俺はぴょんと一回弾んでみる。
普段の地面とは違い高くジャンプした。
かんた『見てて』
俺はさくらさんにそうお願いすると思い切りトランポリンを弾んで背中から宙返りしてみせた。
さくら『す、すごい!』
得意気に彼女を見ると目をぱちぱちさせて驚いていた。
俺は意外と身体能力が高くて子供の頃トランポリンの上で宙返りをする練習をしていたらできてしまった。
ちなみに地面だとできないです。笑
かんた『さくらさんジャンプ!ジャンプ!』
さくら『えっ!?あっ!はい!』
彼女はぎこちなくその場でぴょんぴょん弾んでいる。
さくら『結構難しい、、、きゃっ!』
バランスを崩して倒れそうになるが持ち堪える。
さくらさんがぎこちなくも一緒懸命にぴょんぴょん跳ねている姿を俺はニヤニヤしながら眺めていた。
俺も彼女と一緒にぴょんぴょん弾む。
体も心も弾んでとても楽しい。
さくら『ちょっとだけ慣れてきたかも、、、』
ニコニコ弾みながら言ってきた。
おでこに少し汗をかいていて前髪がぺたっとおでこに張り付いている。
マスクをつけたまま体を動かしていて暑そう。
スカートが大きく膨らみまたまた綺麗な白い脚が見えている。
ノッてきた俺は調子に乗ってもう一度宙返りをする。
さくらさんにぴょんぴょん弾みながら拍手される。
二人のトランポリンの弾むリズミカルな音がいつまでも公園に響き渡っていた。
※
トランポリンでたくさんぴょんぴょん跳ねて疲れた俺たちは芝生の上でくつろいでいた。
俺は寝転がって薄暗くなってきた空を眺めている。
彼女は隣で膝を抱えて座っている。
汗をかいたので制服のブレザーを脱いでシャツになった。
肌寒くなってきてすぐに汗がひいてきた。
時間は十八時半でそろそろ体育館に向かってもいい時間。
かんた『さくらさん、息抜きできた??』
さくら『うん、とっても楽しかったです』
かんた『補習会サボってよかったでしょ?』
さくら『えっ!?、、、はい、、』
小さな声ではいと言った。
さくら『ここで一緒にブランコに乗ったりトランポリンで遊んだり、外の気持ちが良い空気にふれて少し心が軽くなった気がします』
かんた『ほんと!?』
さくら『うん、ずっと苦手なスピーチのことばかり考えていて苦しくって辛かった、、』
彼女と目が合う。
彼女は俺から目を逸らすと、、
さくら『、、、かんたくん、、ありがとう』
そう言って顔を膝に埋めるようにくっつけてギュッと縮まり込んだ。
かんたくん、、、初めて名前を呼んでくれた。
嬉しくてたまらない。
思わず身体を起こして胡座をかいた。
チラッと俺の事を見てきたのでニコッと笑ってうんと言った。
かんた『よし!最後に体育館で練習して本番のイメージを掴んで明日を迎えるだけだね!』
さくら『うん、ステージに立つのは初めてだからとっても緊張します』
かんた『大丈夫!たくさん練習して読むのめっちゃ上手になったんだから絶対上手くいくよ!
さくら『、、うん、頑張ります』
不安の混じった貼り付けたような笑顔でそう言った。
彼女のその姿を見ると俺も緊張してしまう。
かんた『そろそろ時間だし体育館行こっか』
さくら『はい』
ブレザーを着てリュックを背負い体育館に彼女と向かった。
※
体育館の大きな扉を開けると誰もいない広い空間が広がっていた。
照明が床に反射して体育館がキラキラ輝いている。
さっきまではバスケ部のボールの音やバトミントン部のラケットをビュンと振る音チアガール部の掛け声など響き渡っていたのだろうが今は静寂に包まれ幻想的な雰囲気。
少ししたら先生が消灯しにやってくるだろうからあまり長く練習はできないだろう。
ステージには生徒会長立候補者西城奈津橘 平塚大河と大きな垂れ幕がかけられていた。
中央には明日使うための台の上にマイクが設置されている。
ステージに向かって歩いているとさくらさんがついてきていない事に気づく。
振り返ると入り口のところで胸の前に手をギュッと握り俯いてしまっている姿が見え慌てて戻る。
かんた『さくらさん!大丈夫??』
さくら『、、ごめんなさい、、明日ここにたくさんの人がいてあそこに私がいる事を想像したら怖くなっちゃって、、』
かんた『無理しないで』
明日ここに五百人の生徒が集まる。
さくらさんの事を想うと怖いに決まっている。
俺も緊張してしまうだろう。
彼女はゆっくり一歩一歩ステージに向かって歩き始める。
俺も彼女に歩みを合わせてゆっくりステージにいく。
今体育館には俺たちの他には誰もいないが彼女にはたくさんの生徒がいるように既に感じてしまっているらしい。
ステージに上がるための端っこの階段のあるところへ。
階段を上がろうとしたところで彼女はピタリと止まってしまった。
、、、、、、、
かんた『さくら、、さん、、、?』
さくらさんは目から涙をこぼして身体をガクガク振るわせる、そしてその場にしゃがみ込んでしまった。
俺は慌てパニックになる。
両膝をついて彼女の背中を撫でる。
かんた『さくらさん!?大丈夫!?』
だめだ!どうしよう!!どうしてあげたら良いかわからない。
さくら『ごめんなさい、、できない、、、』
かんた『そんな事ないよ!絶対できるから自信持って!!』
さくら『私は、、私は変われない』
かんた『変わるって、、?』
奈津橘パイセン!助けて、、
俺は心の中で彼女の事を呼ぶ。
俺にはこの状況に何もすることができない。
まだ学校にいるかもしれない。
かんた『奈津橘パイセン呼んできます!』
俺は彼女にそう言ってリュックをその場に置いてダッシュで体育館を出て彼女を探しにいく。
グラウンドにの陸上部の更衣室に行くがもう誰の姿もなかった。
職員室に行って残っている先生に聞いたらもう帰ったかもしれないとのこと。
スマホで彼女に連絡するために体育館に戻る。
彼女はずっとうずくまったままだった。
リュックからスマホを取り出し起動するが、、
充電が無いことに今気がつく。
時間を見る時公園の時計を見ていて気がつかなかった。
なんでこんな時に、、、はぁ、はぁ、はぁ
かんた『さくらさん、、』
彼女の事を呼ぶ。
さくら『ごめんなさい、、』
彼女の姿をみると無理をさせるわけにはいかなかった。
このままだと明日の奈津橘パイセンのスピーチは他の人にやってもらうことになってしまう、、
彼女には俺がお願いされていたがさくらさんのスピーチとは全く違うあさい綺麗事を並べただけの演説になってしまうだろう。
俺のスピーチでは絶対あの垂れ幕に書かれている平塚大河には勝てないだろう。
奈津橘パイセンを生徒会長にするには彼女のスピーチが絶対必要。
俺は彼女の横に腰を下ろす。
静寂に包まれ時間だけがすぎていった。
、、、、、、、
、、、、、、、
、、、、、、、
、、、、、、、
かんた『さくらさん、一つ聞いてほしいことがあるんだけど』
さくら『、、、』
うずくまったまま返事がない。
ずずっと鼻を啜る。
たくさん泣いてしまっていた。
俺はずっとあった変な違和感の正体が分かり彼女に伝える事を決めた。
かんた『さくらさんスピーチをするために自分を変えなきゃ、変わらないとってずっと言っていてなんか違うなって俺思ったんです
今さくらさんは自分のために頑張っている』
さくら『、、えっ?、、、』
彼女は顔を上げて俺の事を見る。
目が赤くなっていて弱々しい表情。
かんた『奈津橘パイセンから聞いたんです、スピーチをやりたいって言ったのはさくらさんだったって、きっとその時はすごく勇気を出して言ったんだろうなって思いました。でもそれって奈津橘パイセンのために頑張りたいから勇気を出せたんじゃないのかな』
さくら『奈津橘ちゃんのため、、』
かんた『うん、でもさくらさんはスピーチを成功させたいって苦しんで辛くてそのためには自分が変わらなきゃってそう思うようになって一番大島な事のために頑張れなくなってるんじゃないかなって』
彼女は真剣に俺の話を聞いてくれている。
かんた『自分を変えるとかそんな事する必要無いと思います。今までのさくらさんのままで奈津橘パイセンの事を奈津橘パイセンのためにスピーチすればそれで良いと思います。』
彼女ははっと何かに気づいたようなそんな表情をした。
さくら『かんたくんの言う通りかもしれないです、、』
俺にスピーチの練習を頼んだ時彼女は奈津橘パイセンの為に頑張りたいと言わず自分を変える為に頑張りたいとお願いしてきた。
それがずっと俺の中に引っかかって変な違和感になっていた。
さくら『奈津橘ちゃんのために頑張りたいのに彼女のために頑張るって決めたのに!私一番大切なもののために頑張れていなかった、、あの時奈津橘ちゃんのために頑張りたいって思ったから勇気が湧いて自分からやりたいって伝えられたんだ、、、』
かんた『うん、きっとそうだと思います。辛くて視野が狭まってしまうことはあると思う』
さくら『奈津橘ちゃんのために』
彼女は大切に自分に言い聞かせるようにボソッと呟いた。
さくら『かんたくん、本当にありがとう、うん!そうです!奈津橘ちゃんのために頑張る。彼女のためなら怖い事も苦手な事も乗り越えたい!』
かんた『うん!絶対さくらさんならできると思う』
さくら『明日は奈津橘ちゃんもそばにいるし、、かんたくんの変な顔もあるもんね、、、』
かんた『そうだよ!ってええー??俺の存在意義変顔かよ』
彼女は目を細めて微笑すると、、
マスクを取ってスクールバッグにしまった。
かんた『さっさくらさん!マスク!!』
さくら『マスクをつけたままスピーチをしたら印象が悪くなると思うから外します。大丈夫、二人が見守ってくれているから』
綺麗な鼻に艶々のぷりんとした唇。
桜のような綺麗な美少女の姿に言葉を失う。
ぼーっと彼女に見惚れている。
さくら『奈津橘ちゃんのためって思ったらあの時みたいに勇気が湧いてきました、今までの内気で恥ずかしがり屋で泣き虫な私のままで奈津橘ちゃんの魅力をみんなに伝えてきます』
そう言ってセーラー服の袖で涙を拭ってステージに一歩一歩上がっていった。
中央のマイクのところに行くと大きく深呼吸をした。
俺は明日いる場所に移動する。
前の列なのでよく彼女のことが見える。
変顔をするとうふふと声は聞こえなかったがきっとそう言ってわらってくれている。
彼女はスピーチを始める。
今まで練習してきた成果がでてはきはきと喋る声がマイクの電源が入っていないのにしっかり聞こえた。
内容も頭に完璧に入っていて戸惑うところとか一つもなかった。
約五分ほどのスピーチを終えると
さくら『どうでしたか?』
かんた『マスク外した顔が可愛すぎて見惚れてぜんぜん聞いてなかった〜!』
さくら『だらぶち』
照れて顔を伏せてしまった。
今だらぶちって言った?
口の動きからそう言われた気がした。笑
かんた『とてもよかった!!滑舌もよくてちゃんと聞こえました!』
さくら『ほんと!?、、よかった、、』
俺は彼女に近づくと肩ほどの高さにあるステージに手をつく。
かんた『原稿書いたノート持ってる?』
さくら『えっ?、はい、スクールバッグにはいっています』
かんた『ちょいと直したいところあるんだけど良いかな?』
彼女は不思議そうに俺の事を見る。
俺はスクールバッグが置いてあるステージの端に行くと彼女もついてくる。
リュックから筆箱を取り出して彼女のノートを借りる。
スピーチの原稿が書いてあるページを開くと冒頭に少し内容を付け足す。
かんた『明日本番の時これを言ったらもしかしたら生徒たちの視線とか柔らかいものになるかもしれない』
さくら『えっ!?できるかな、、』
かんた『言うのはさくらさんの自由で、まぁすべったら俺のせいだから』
さくら『、、、』
彼女はどうしようか迷っている様子。
かんた『成功したら俺の変顔みたいにあの嫌な雰囲気が少し和むと思う』
さくら『が、頑張ってみま、、す、、』
自信なさそうに言った。
先生『君たち消灯の時間ですよ!早く帰りなさい』
かんた『はい!!』
どうやら練習はここまでならしい。
かんた『帰ろうっか!大丈夫!絶対明日うまくいくよ!』
親指を立てながら彼女を激励した。
さくら『うん!ほんとうにありがとう』
こうして俺との最後の練習を終えて体育館を出て帰路についた。
※
真っ暗な道を街灯を頼りに進む。
時々すれ違う車のライトが眩しい。
隣にマスクを外した彼女が歩いている。
さくら『さっきはごめんなさい恥ずかし姿を見せてしまって』
うずくまって泣いてしまった事を謝ってきた。
かんた『大丈夫だよ、気にしないで、あの時奈津橘パイセンを呼びにいったんだけど見つからなかった。肝心な時に居なくてちょっと焦った』
さくら『そうだったんだ、、本当にごめんなさい、かんたくん奈津橘ちゃんにたくさん迷惑かけちゃった、、』
かんた『ぜんぜん大丈夫だよ!一緒に奈津橘パイセンのスピーチ考えれてとっても楽しかった。
さくら『ありがとう』
かんた『明日生徒会選挙終わったら普通の赤点補習会かぁ』
さくら『私この後お家帰って残りの課題進めようと思ってるんだけど今日で終わりそうです』
かんた『えっ!?そっか、、』
明日から隣の席に彼女が居ない。
この特別な関係も終わりを迎えてしまうんだ。
彼女が遠くに行ってしまう気がして寂しい。
さくら『課題頑張って、、』
かんた『うん、頑張る』
さくら『数学は苦手だけど国語は得意だから困ったことがあったら私を頼って、、ほしいで、す、』
だんだん語尾が小さくなっていった。
かんた『いいの!?』
彼女は目を細めて肩をギュッと上げて微笑した。
国語の先生が彼女なら褒められたいから百点取るために死ぬ気で勉強するだろう。
たったったっ
会話が途切れて夜道を静かに歩いていく。
民家から晩御飯の匂いがしてきた。
かんた『晩御飯のいい匂いがしてきた。魚かな』
さくら『うん、おいしそうだね』
かんた『俺晩御飯なんだろうなぁ』
さくら『私も何かな』
、、、
、、、、、、、、、
、、、、、
、、、、、、、、、
たったったっ
かんた『さっきさくらさんがステージに上がっていく姿すごくかっこよかったです』
さくら『えっ、、そんなことないです、、あれは、かんたくんの言葉のおかげ、奈津橘ちゃんのために頑張る事を思い出させてくれたから。ほんとに私はだんだん自分を変えるために頑張っていたような気がします。そのために頑張ったってあそこに立つ勇気なんて湧いてきません』
かんた『うん、そうだね』
それから会話はなくなり駅に着いた。
誰の姿もなく電気だけついた暗い田舎の夜の駅。
聞こえるのは虫の鳴き声と時々近くを通る車の走る音だけ。
かんた『寒くないですか?』
さくら『大丈夫です、かんたくんは寒くないですか?』
かんた『大丈夫』
もうすぐ夏になるがまだ少し夜は肌寒くお互いの体調を気にしあった。
暫く待っていると夜の闇を切り裂いて電車がホームにやってくる。
中には二人のお客さんが乗っていた。
空いているので適当なところにすとんと腰を下ろしリュックを左隣に置いた。
このふわふわの椅子がいつも眠気を誘ってくる。
彼女は隣に拳一つ分空けて座りスカートの上にスクールバッグを置いた。
マスクを外した彼女の横顔をチラッと見る。
左のほっぺのところに小さなほくろがあって童顔の顔にセクシーさを与えていた。
電車が発車すると彼女は目を閉じて俯いて眠ってしまっていた。
くりんと長いまつ毛が鉛筆を乗せても落ちてこなそう。
俺も今日の疲れで目を閉じて富山駅まで少し眠ることにする。
富山駅に着き改札を出て広い空間に。
まだスーツ姿の人や制服の学生がちらほら。
さくらさんとは出口が反対なのでここで別れる。
かんた『明日頑張って!』
さくら『うん、ほんとにありがとう』
かんた『いっぱい練習したから大丈夫だよ』
さくら『いっぱい練習したね』
かんた『おかげで俺もスピーチの原稿覚えてる』
さくら『うふふ』
かんた『またね』
さくら『うん!ほんとにありがとう』
彼女と別れた。
こうして奈津橘パイセンから頼まれたスピーチの練習の面倒を見る俺の役目は終わった。