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008

 帝国が海洋魔獣〈ラグナ・ディオプトリス〉の討伐を計画し始めてから約一ヶ月。

 全ての準備が整い、ついにラグナの討伐作戦が幕を開けることになった。


 帝都アインフェルトの軍港付近には、膨大な数の軍艦が並んでいる。

 安定性と機動力に優れた大型の帆船――キャラック船――が多い。

 その中には、最新鋭の兵器である〈大砲〉を搭載している艦もあった。


「レイヴン殿下、エマ様、艦隊の準備が完了しました」


 近衛騎士長であるアルフォンスが無骨な声で報告する。

 濃い茶髪を短く刈り上げ、額に小さな傷跡を持つ彼は、頼もしげに胸を張っていた。


「ありがとうございます、アルフォンスさん。よろしくお願いします」


「行こう、エマ。帝国を脅かす海の魔獣に人間の力を見せつけよう!」


「はい!」


 エマたちは大砲を搭載したひときわ大きな軍艦に搭乗した。

 甲板の上で、レイヴンやアルフォンス、ナディーネと並んで立つ。


 レイヴンは軍刀を抜き、切っ先を海に向けて言う。


「出陣だ! 今日でラグナの問題にけりをつけるぞ!」


 兵士たちが「うおおお!」と声を上げる。

 帝国の艦隊が、海洋魔獣ラグナの討伐へと動き出した。


 ◇


 ラグナ・ディオプトリスを倒す際の問題点は複数ある。


 一つは居場所だ。

 ラグナは一般的な海洋生物と違い、活動範囲が非常に広い。

 帝国の近海に出たかと思えば、全く違う場所に現れることもある。


 しかし、この点はエマの能力で対応可能だ。

 既に彼女は海の声を聞くことで、大まかな場所を特定していた。

 ラグナに近づけば近づくほど、より正確に居場所が把握できる。


 問題はそこから先にあった――。


「レイヴン殿下、すぐ近くにラグナが潜んでいます!」


 エマが報告する。

 彼女の脳内には、ラグナの声も聞こえていた。


『失せろ! 俺様を怒らせるんじゃねぇ! 死にてぇのか!』


 まるでクライスを彷彿とさせる口調だ。


「すごいな、エマ……。私たちにはさっぱり分からん……」


 レイヴンが海に目を向ける。

 しかし、波は穏やかで、魔獣の気配を感じさせない。


 これが問題の二つ目だ。

 仮に場所が分かっても、相手が深海に潜んでいては手が出せない。

 かといって、襲われるまで待っているわけにもいかない。


「エマ様、いつでも準備はできております」


 アルフォンスが言うと、エマは力強くうなずいた。


「では、始めます」


 エマは目を閉じ、その場で手を合わせて祈った。

 そして、ラグナに話しかける。


『あなたなんか怖くありません! 私たちが倒してみせます!』


 口には出さず、念じることでメッセージを伝える。

 帝国で過ごしている間に身に着けた技術だ。


『俺様が怖くないだと!? なら思い知らせてやるよ!』


 ラグナは、エマの挑発に引っかかった。

 波の揺れが慌ただしくなり、海面の一部が光り出す。


「ラグナが出るぞ! 総員、散開!」


 レイヴンの指示で艦隊陣形を変更する。

 ラグナの光が見える海面を囲むようにして円形に広がった。


『お前ら全員、皆殺しだぁああああああああ!』


 深海の底から巨大な魔獣が現れた。

 クジラのようなシルエットで、全身がクリスタル状になっている。

 太陽の光を虹色に反射するその魔獣こそ〈ラグナ・ディオプトリス〉だ。


「うわあっ!」


 兵士から悲鳴が上がる。

 ラグナが浮上した際に発生した海流によって船が大きく揺れたのだ。


「きゃっ!」


 エマも甲板から吹っ飛びそうになった。


「エマ!」


 すかさずレイヴンが彼女を抱きしめる。


「あーれぇー、だれかぁー」


 ナディーネの体が宙に浮く。

 そのまま海に落ちそうだったところをアルフォンスが助けた。

 手首を掴んで強引に引き寄せる。


「しっかりしろ! というか、どうしてお前はついてきた!」


「私だけ仲間外れなんて寂しいじゃないですか!」


「寂しいって……お前なぁ……」


 苦笑いのアルフォンス。

 なにはともあれ、ラグナの浮上時による衝撃も耐え抜いた。


「残すは奴を倒すだけだ! 全艦、攻撃!」


 レイヴンの合図で矢の雨が降り注ぐ。

 しかし、ラグナの硬い装甲には全く通じなかった。


『人間如きが俺様に挑むなんざ100年早いんだよぉおお!』


 ラグナがエマの乗る軍艦に突っ込む。


「さすがに矢は効かないか……よし、大砲を放て!」


 レイヴンの指示で、ドゴォン、と轟音が響いた。

 砲撃による衝撃で船が揺れる。

 そうして放たれた砲弾は――。


『うぎゃあああああ! 俺様の体があああああああ!』


 ラグナの背中を派手に(えぐ)った。


「ちっ! 少し外れたか! さすがにまだ精度が甘いな」


「ですが殿下、敵の外殻が剥がれて背中の肉が見えています! あそこであれば、矢でもダメージを与えられるかと!」


「そうだな! 皆の者、斉射を再開しろ!」


 アルフォンスの発言を受けて、レイヴンが指示を出す。

 再び矢の雨が降り注ぎ、ラグナの背中に突き刺さっていく。


『ヤメロォオオオオオオオオ!』


 今度は有効だった。

 剥き出しになった肉は柔らかく、矢を弾くことはできない。


「おい! 大砲はまだか!」


「申し訳ございません殿下! もうしばらくお待ちを!」


 兵士が謝り、部下に命じて砲撃の準備を急がせる。

 だが、大砲が間に合うことはなかった。


『こうなったらお前たちだけでも道連れだあああ!』


 ラグナは突進を再開したのだ。

 背中に無数の矢を受けたまま、エマやレイヴンに向かってくる。

 魔獣の本能が導き出したのは、この状況における最適解だった。


「まずい! 殿下に当たってしまう!」


 周囲の艦が思わず攻撃を躊躇う。


「大砲は!?」


「間に合いません!」


「ここは私が!」


 エマは強く祈った。


『近づかないで!』


『うるせぇ!』


 ダメだ。

 エマの祈りですら、決死のラグナに通じない。

 しかし――。


『エマは僕たちが守る!』


 海には届いた。

 他の海洋魔獣が集まってきて、ラグナを襲い始めたのだ。

 イルカよりも小さくて可愛らしい魔獣たちがラグナに絡みつく。


『なんだお前たち! なに人間の味方をしていやがる!』


『エマは僕たちの友達だ! お前こそいつもいつも好き勝手しやがって!』


 魔獣の助けによって、ラグナの動きが止まる。


「みんな……!」


 エマの目に喜びの涙が浮かぶ。


「殿下! 大砲の準備が整いました!」


「すぐに放て! 今度は直撃させろよ!」


「ハッ!」


 照準が微調整され、砲撃が行われる。

 巨大な砲弾は、ラグナをしっかり捉えた。


『グォオ……』


 クジラの如き巨体が沈んでいく。


「みんな……ありがとう!」


『僕たちのほうこそ! またいっぱいお話ししようね!』


 エマを助けた魔獣たちがスッと深海に消えていく。


「勝った……! 俺たち、ラグナを倒したぞ……!」


 兵士の一人が呟く。

 それを聞いたレイヴンが大きくうなずき、右手を突き上げた。


「そうだ! 我々の勝利だ! ラグナ・ディオプトリスを討伐したぞ!」


 皆が「うおおおおおおお!」と吠える。

 アルフォンスやナディーネも大喜びで飛び跳ねていた。


「エマ、ありがとう。君がいなかったら、この作戦は成功しなかった。いや、私は死んでいただろう」


「いえいえ、私ではなく皆様と協力してくれた魔獣の力ですよ」


 と言いつつ、エマは嬉しくて照れ笑いを浮かべる。


「巫女様、万歳!」


 アルフォンスが叫ぶと、他の兵士も「万歳!」と続いた。

 散開していた艦隊が集結し、皆がエマに感謝して両手を上げている。


 こうして、ラグナの討伐計画は大成功に終わった。

 この戦いは大海原を越え、バルガニア王国や他の国々でも語り継がれることとなる。


「これからも帝国を助けてくれ、エマ」


 レイヴンが深々とお辞儀する。


「は、はい! 喜んで! こちらこそ、よろしくお願いします!」


 エマも慌ててお辞儀で返す。

 そんな姿を見て、アルフォンスとナディーネが笑みを浮かべる。


(皆が私を必要としてくれて、私も皆の役に立てている……!)


 王国では得られなかった“生き甲斐”を、エマは強く感じていた。

お読みいただきありがとうございます。


本作をお楽しみいただけている方は、

下の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』にして

応援してもらえないでしょうか。


多くの方に作品を読んでいただけることが

執筆活動のモチベーションに繋がっていますので、

協力してもらえると大変助かります。


長々と恐縮ですが、

引き続き何卒よろしくお願いいたします。

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