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006

「今度は男爵領の〈エンデューレン〉が崩壊したってよ」


「港町が潰れるのはこれで何回目だよ」


「どうしてクライス公爵は何も手を打たないんだ」


「俺、もう漁師を辞めて農夫になろうかな……」


 バルガニア王国では、被害が拡大の一途を辿っていた。

 日に日に深刻化する中、打つ手もなく日々を過ごしている。

 誰もが「こんな国は嫌だ」と嘆いていた。


 その頃、帝国では――。


「エマ様! 見てください! 巨大なマグロが釣れました!」


「こっちはトビウオが大漁です! エマ様、是非とも今日の晩ご飯にトビウオを食ってくだせぇ!」


「おい、何言ってんだ! エマ様に食べていただくなら俺ところのブリが一番だ! 脂の乗りが違うんだよ!」


 今日もエマが活躍していた。

 帝都から距離のある港町で海に祈りを捧げたのだ。

 それに海が応えて、漁業に過去最高の結果をもたらしていた。


 もちろん漁師たちは大興奮。

 他の町でもそうであったように、エマを〈海の巫女〉として崇めていた。


「そ、そんなにいただいても食べられませんよー! ナディーネさん、助けてください!」


「お任せ下さい! エマ様が食べ過ぎて倒れても大丈夫なように、帝国で一番の薬師に頼んで整腸薬を作ってもらいました!」


「そういう意味じゃなーい!」


 漁師たちに囲まれ、てんやわんやのエマ。

 少し離れたところから、レイヴンとアルフォンスが見守っている。


「エマは本当に素晴らしいな」


「同感でございます。あれだけの能力、他ではありえません」


「それもあるが、あの謙虚さも相当だ。不遇な扱いを受けていたとはいえ、王国では伯爵家の人間だったことには変わりない。にもかかわらず、貴族に見られる驕り高ぶった様子が全く見られない」


「言われてみればたしかに……」


「あれほどの女性を蔑ろにする男が公爵というのだから、王国の未来は暗いと言えよう。宗主国としては嘆かわしい問題だ」


「その王国ですが、最近では海洋魔獣の問題が深刻なようです」


 アルフォンスの話を聞いたレイヴンは「だろうな」と笑った。


「エマに酷い仕打ちをしていたのだ。海が強く怒っているのだろう。今まで平穏でいられただけ奇跡というものだ。王国を反面教師にして、我々も乱獲や海洋汚染を避け、海に感謝して生きていかないとな」


 レイヴンは話し終えると、衛兵を遣ってエマを呼び寄せた。

 彼女の体調に配慮して、休憩してもらおうと考えたからだ。

 ほどなくして、群衆を抜けたエマは申し訳なさそうにこちらへ走ってきた。


「レイヴン殿下、アルフォンスさん。ごめんなさい、お待たせしてしまって」


 エマは両膝に手をついて、ぜぇぜぇ、と息を切らしている。


「待ってなどいないさ。それより疲れていないか? 祈りを捧げたあと、町民たちの交流もあって大変だっただろう」


「大丈夫です! 帝国の方々はどなたも優しくて、話していると元気になってきます!」


「ならいいが……無理はしないでくれよ。倒れたら私が看病することになるからな」


「レ、レイヴン殿下が看病!? それはダメです!」


「ははは、冗談だ。倒れたらナディーネが苦労するだけさ」


「それもダメです! 倒れません!」


 愉快げに笑うレイヴン。


(殿下が大衆の前でこのような柔らかい表情を見せるのは珍しい)


 そんなことをアルフォンスが思っていると。


「アルフォンス様……!」


 伝令がヒソヒソと耳打ちで報告する。

 その表情から、深刻な内容であることは誰の目にも明らかだった。

 故にレイヴンとエマにも緊張が漂う。


「分かった。ありがとう。お前は戻って休むといい」


「はっ! 失礼します!」


 伝令が下がっていくと、アルフォンスはレイヴンに報告した。


「……殿下、やはり“ラグナ”の問題だけは解決していないようです」


「そうか……」


 レイヴンの顔も歪む。


「すみません、ラグナとは?」


 エマが尋ねると、レイヴンが説明した。


「海洋魔獣〈ラグナ・ディオプトリス〉だ。強固な外骨格を持ち、光に反射して虹色に輝く恐ろしい魔獣でな、深海から浮上しては船を転覆させる。コイツだけは未だに帝国の領海をうろついているようだ」


「そんな……!」


 エマの表情が曇る。


「といっても、今のところラグナは一体しか発見されておらず、主な活動場所も遠いため、被害の規模はそれほど大きくない。ただ、神出鬼没でいつ襲われるか予測できないため、商船や漁船には不安が募っている」


「どうにかならないのでしょうか?」


「何度か討伐隊を派遣したが、被害ばかりが先行して成果は上がらなかった。海洋魔獣の難点は、こちらが好き勝手に攻撃できないところなんだ。戦っていると他の魔獣も寄ってくるしな」


「なるほど……」


 エマはラグナの問題を解決したかった。

 帝国の人をもっと笑顔にしたい――そう思ったのだ。


「あの、私ならラグナの居場所を感じ取れると思います。それに、私がいれば他の魔獣は近寄りません」


「それはダメだ、危険過ぎる。君にそのようなリスクを負わせられない。帝国としても、私個人としても!」


 レイヴンは即座に却下した。

 一方、アルフォンスの反応は違っていた。


「殿下、私はエマ様の提案に賛成です」


「アルフォンス、お前、何を……!」


「たしかに危険ですが、エマ様のお力があれば、被害を最小限に抑えて討伐できるはず。ラグナの問題は我が国の貿易に大きな影響を与えていますし、試してみる価値はあるかと」


「しかし、エマを危険な目に遭わせたくはない」


「その点は、エマ様の乗られる船をラグナから遠ざけるなどの対策を講じることで対応できると思います」


「レイヴン殿下、やらせてください!」


 エマが一歩前に出る。


「むぅ……」


 レイヴンは唸り、しばらく黙考した上で答えを出した。


「分かった。では、ラグナの討伐作戦を始めよう。アルフォンス、軍に手配してラグナの討伐計画を立てさせろ」


「承知しました。できるだけ早く作戦計画をまとめてご報告いたします」


 アルフォンスはその場で敬礼した。


「エマ、本当にすまない。帝国の問題なのに、君の力を借りてばかりで」


「気にしないでください! 私は問題を解決するために来たのですから!」


 エマがレイヴンに微笑みかける。

 その瞳には、帝国を守りたいという強い意志が込められていた。


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