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033

 リリアンはまだ、具体的な計画を練っていない。

 まずはどこかに身を潜めて態勢を立て直す必要があった。

 しかし、自分だけの力では厳しい。


 そこで彼女が目を付けたのが――。


「クライス様、逃げましょう! 帝国軍はクラーケンの討伐に出ていて手薄ですし、鍵ならここにあります!」


 ――クライスだ。

 あと、同じエリアに囚われているチャールズとキャサリンである。


「いや、俺は遠慮しておく」


 房の鍵が開かれても、クライスは動こうとしなかった。

 質素なベッドに腰を下ろして俯いたままだ。

 憔悴しきっている様子だった。


「何をおっしゃっているのですか! このままだとあたしら死刑ですわよ! 殿下とあの女の結婚式が終わるか、もしくはその前に処刑台へ送られてしまいますわ!」


「かまわんさ。ここで逃げたところで、待っているのは野良犬みたいな暮らしだ。生まれた時から貴族だった俺に、そんな生活は耐えられない」


 この言葉にリリアンは苛ついた。


(本当に使えない男! 四の五の言わずについてくればいいのよ!)


 リリアンはクライスの腕を掴んで強引に立たせる。


「そう自暴自棄にならないで。ほら、行きますわよ!」


「うるさい! 俺に触るな!」


 クライスはリリアンの顔面を殴り飛ばした。


「お前と関わったせいで全てが狂った! 失せろ! 二度と俺の前に現れるな!」


 怒鳴るクライス。

 リリアンはしばらくの間、驚いて動けなかった。


「……いや、それは違うか。俺が恨むべきは己の見る目のなさだな」


 クライスは再びベッドサイドに座って「ははっ」と力なく笑う。


「なんなのよ、あんた! ほんとうざい! あんたが意気地なしでどうしようもないダメ人間だからこうなったんでしょ! 勝手に死んじまえ!」


 リリアンは吐き捨てると伯爵夫妻の房に向かった。

 夫妻の房は別々だが、向き合う形に配置されている。


「チャールズ様、キャサリン様、逃げましょう! これでここでの日々とオサラバできますわ!」


 リリアンが二人の房を開ける。


「よくやったわね、リリアン!」


 キャサリンはすぐさま飛び出てきた。

 一方、チャールズはクライスと同じで出ようとしない。


「あなた……?」


 首を傾げるキャサリン。


「私はここに残るよ。キャサリン、一人で行きなさい」


「なっ……! 伯爵様、あなたまで何を言っているのよ! キャサリン夫人を見習ってください! 早くしないと他の兵が来ますから!」


「行かぬと言っておる! 貴様の顔など見とうない! 失せろクズ女!」


 チャールズが怒鳴った。


「な、なんなのよ、もう……! キャサリン夫人、行きましょう。男は使えないわ。あたしらだけでどうにかしましょ!」


 リリアンは諦めてキャサリンと二人で逃げようとした。

 しかし――。


「チャールズが行かないのであれば、わたくしも残ります」


 キャサリンが判断を改めた。


「貴族の生活を失ったとしてもここで過ごすよりマシでしょ!? なんでそんなことが分からないの!? あー、ムカつく!」


 リリアンは「もういい!」と怒り、一人で階段を上がっていった。


「あなた、どうして逃げようとしないのですか?」


 キャサリンはチャールズの房に入り、隣に腰掛けた。


「私はお前たちよりも先にここで過ごしていた。そのときは看守に話しかけても無視され、ずっと一人だったんだ」


 チャールズがポツリと話し始める。


「そのときに抱いた寂しさは、今までの人生で最も辛いものだった。そして、私たちはあの子に……エマに、そういう気持ちをさせていたんだ」


「あなた……」


「我々は貴族だ。私もお前も、生まれた頃から貴族として育てられ、貴族として生きてきた。そして、エマにも同じように接した。それ自体が間違いだったとは言わない。だが、我々は貴族である前に親だ。ラドフォード家の立場を考えることも大事だが、それ以上に、あの子の気持ちを考えてやる必要があった」


「たしかにそうかもしれません。ですが、実の親に対してこの仕打ちは、わたくしは間違っていると思いますわ」


「本当にそう思っているなら、お前もリリアンと同じように逃げればいい」


「分かりました」


 キャサリンは立ち上がって房を出る。

 しかし、階段には向かわず、自分の房に戻った。


「わたくしは、まだ納得できない部分があります。ですが、わたくしたちがあの子に酷いことをしてきたのは事実です。辛うじて死刑は免れたのですから、ここで頭を冷やして、自分の振る舞いについて見つめ直したいと思います」


 それがキャサリンの答えだった。


「わたくしたちが逃げないのはそういう事情ですが、あなたは本当に逃げなくてよろしいのですか? クライス公爵」


 キャサリンは、クライスの房に目を向けた。

 そして――。


「キャアアアアアアア!」


 キャサリンの悲鳴が響く。


「どうした! キャサリン!」


 チャールズが慌てて房を飛び出す。


「あなた、あれ……」


 キャサリンがクライスの房を指す。


「なんてことだ……」


 チャールズは愕然とした。

 彼らの目に映っているのは、ベッドのシーツで首を吊っているクライスの姿だった。


 ◇


 外に出たリリアンは、素早く周囲に目を向けた。

 時刻は20時を過ぎたところで、辺りは暗くなっている。

 ただし酒場は開いているし、周囲の建物からは明かりが漏れていた。


(帝都の外れかな? ここ)


 収監される際、リリアンたちは目隠しをされていた。

 そのため、彼女は現在地がどこなのか分かっていなかったのだ。


(とりあえず服と靴を調達しないと……)


 今のリリアンは見るからに「囚人です」と言わんばかりの姿だ。

 そのうえ裸足なので、お得意の色仕掛けもまともに使えない。


(こんな時間に開いている服屋ってあるのかしら? 朝までどこかに身を潜めて、日が開けてから活動する? いや、それだと目立ってまともに動けないよね。やっぱり今の内にどうにかしないと……)


 リリアンは考えながら帝都の路地を歩く。

 しかし、そう上手くはいかなかった。


「いたぞ! 脱獄者だ! 死刑囚のリリアンがいたぞ!」


 帝都を彷徨い始めてから僅か10分足らずで見つかったのだ。


「まずいわ!」


 リリアンは必死に逃げる。

 石畳の上を死に物狂いで走り抜く。


「待て! 待つんだ!」


 衛兵は必死に追いかけるが、なかなか追いつけない。

 全身を覆う鎧が重いせいだ。


 それでも、リリアンは逃げ切れなかった。

 土地勘のない彼女は、デタラメに走った結果、袋小路に迷い込んだのだ。


「ご、ごめんなさい! 降参するから許してちょうだい」


 リリアンは両手を上げて観念した。

 追い詰めた衛兵は油断することなく剣を抜いて距離を詰める。


「大丈夫よ、ほら、逮捕してちょうだい。処刑の日まで大人しくしているから」


 リリアンは両手を前に出す。

 そんな彼女に対し、衛兵は――。


「ふん!」


 問答無用で剣を振るった。


「なんで……降参したのに……」


「脱獄した死刑囚は殺しても問題ない決まりだ。処刑台になど連れていってやるものか。お前はエマ様に酷い思いをさせた。ここで苦しみながら死にやがれ!」


 衛兵はリリアンの口に詰め物をして、叫べないようにする。

 その状態で、「殺してくれたほうが楽」と思えるほどにいたぶった。


「んーっ! んーっ!」


 リリアンは涙と血を流しながら、地獄の痛みを味わう。


「あまりやり過ぎると俺も罪に問われかねないから、そろそろトドメを刺してやるか」


 満足した衛兵は、リリアンの口から詰め物を取った。


「ほら、最後の言葉を聞かせてみろ」


 衛兵がリリアンの体を蹴って仰向けにする。

 リリアンは、血溜まりのうえで、衛兵の顔を見ながら言った。


「公爵夫人に……なりたかっただけなのに……」


 リリアン・フェネルの哀れな人生が幕を閉じた。

お読みいただきありがとうございます。


本作をお楽しみいただけている方は、

下の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』にして

応援してもらえないでしょうか。


多くの方に作品を読んでいただけることが

執筆活動のモチベーションに繋がっていますので、

協力してもらえると大変助かります。


長々と恐縮ですが、

引き続き何卒よろしくお願いいたします。

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