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031

 帝都の外れにある小さな収容施設。

 その地下にある独房に、クライスたちは幽閉されていた。


「聞いたか? エマ様とレイヴン殿下がご結婚されるって話!」


「エマ様が皇太子妃になられるのかー! まぁ妥当だよなぁ!」


「なんたって帝国をお救いくださった海の巫女様だからな!」


 二人の看守が愉快げに話している。

 囚人の数が増えたことで、人員も二人に増員していた。


「あの女が皇太子殿下と結婚……!?」


 話を聞いていたリリアンは舌打ちする。


(仮にあたしが公爵夫人になっていたとしても、あの女があたしより上だったわけじゃない……! それって、あたしが公爵夫人の座を奪い取ったんじゃなくて、あの女の捨てたものにしがみついたみたい……!)


 一方で、リリアンはこうも思っていた。


(まだよ、まだ終わりじゃない。あの女の婚約話は“あの計画”を実行するいい機会になるわ)


 死刑が執行されるまでには時間が残っている。

 リリアンには、その間に最後の悪あがきが残っていた。


 ◇


 エマとレイヴンの結婚式に向けて、皇宮では準備に追われていた。

 帝国でもトップレベルの人材が集められて、最高の式典にするにはどうすればいいかが話し合われている。


「エマ様、次はこちらのドレスを!」


「ナディーネさん、張り切りすぎですよ……」


「まだまだこれからですよー!」


「ひぃぃぃぃ……!」


 エマも忙しい日々を過ごしていた。

 朝は海に祈りを捧げて、昼は皇宮でドレスの試着を行う。

 左の薬指には、最高の婚約指輪がはめられていた。


 しかし、この幸せな時間に水を差す展開が待っていた。


「エマ様! 至急、玉座の間へお越し下さい! 皇帝陛下がお呼びです!」


 扉がノックされ、外から衛兵の声が聞こえる。

 明らかにただごとではない様子で、エマに拒否権は与えられていなかった。


「陛下が!? 分かりました! すぐに行きます!」


 エマは試着中のウェディングドレスを大急ぎで脱いで着替える。


「ナディーネさん」


「分かっております! お部屋やドレスは私にお任せ下さい!」


「ありがとうございます!」


 エマは部屋を出て、大急ぎで廊下を駆け抜けた。


 ◇


 玉座の間には、ヴァルタリオ皇帝以外にも国の重鎮が揃っていた。

 レイヴンやアルフォンス、メリエンヌ皇妃の姿もある。

 一様に深刻な表情を浮かべていて、エマの顔に緊張の色が浮かんだ。


「陛下、皆様、お待たせして申し訳ございません!」


「いや、かまわぬ。むしろ急な呼び出しをしてすまなかった」


 ヴァルタリオ皇帝が玉座に座ったまま頭を下げた。


「それで……どうされたのでしょうか?」


 エマは恐る恐る近づいていく。

 どこに立つのが適切か分からないので、玉座に向かって伸びる絨毯の先端まで移動した。

 皇帝陛下との距離は数メートルあり、左右には帝国の大貴族が立っている。


「昨夜、エドヴァール王から救援要請が届いてな……」


「救援要請?」


「王国の海が未だに荒れているようなんだ」と、皇帝に代わってレイヴンが言う。


 そこから先は、ヴァルタリオ皇帝ではなくレイヴンが説明した。


「クラーケンが執拗に王国の海を荒らしているせいで、王国の経済が立て直せない状況に陥っているんだ。それで、我が国にクラーケンの討伐をしてほしいと依頼してきた」


「王国の問題を帝国が解決するんですか?」


「本来であれば認められない話なのだが、度重なる王国側の不祥事によって、我が国が王国の統治権を奪うことになった。それに伴い王国軍を解体したため、こうした問題は我が国が対応するのが道理なんだ」


「なるほど……」


「それで、君にはとても言いにくいことなのだが……力を貸してもらえないか? 君の力があれば、最小限の犠牲でクラーケンを討伐できるはずだ」


「エマ、そなたが王国に良い気持ちを抱いていないことは分かっている。だが、王国の問題は今や我が国の問題でもある。どうにか協力してもらいたい」


 ヴァルタリオ皇帝が補足する。

 そこへ、さらにメリエンヌ皇妃も続けた。


「エマ、あなたの率直な気持ちを教えてください。少しでも嫌に思うのであれば、断っていただいて問題ありません。本来であれば、こうしてあなたにお願いをすること自体、無作法というものなのですから」


 これから家族となる者たちの心遣いに、エマは嬉しい気持ちを抱いた。

 そして、彼女は最初から決めてあった通りの答えを言う。


「私、協力します!」


「ありがとう、エマ」


 レイヴンは微笑んだあと、真剣な表情で貴族たちに目を向けた。


「話は聞いたな? 我が国はエマの協力の下、クラーケンの討伐に乗り出す。具体的な作戦は本日中に決定し、明日の朝には王国に向かうぞ!」


 帝国貴族たちが「ハッ!」と声を揃わせた。


 ◇


 翌日、予定通りに帝国海軍が王国に向かい始めた。

 総指揮を執るのはレイヴンで、アルフォンスがサポートする形だ。

 その戦列にエマも同行していた。


「レイヴン()、どうして今回は大砲を使わないのですか?」


 海に出てしばらくしたところで、エマが尋ねた。

 甲板には海風が吹いており、彼女の金色がかった淡い茶髪を揺らしている。


「相性の問題だよ。前に討伐したラグナと違い、クラーケンには弓矢が通用する。それであれば、発射や照準の調整に時間のかかる大砲よりも、バリスタを連射したほうが効果的と判断した」


「なるほど」


 話している間にも船は進み、王国の領海が近づいてくる。


『エマ……気をつけなさい……クラーケンは怒っている……』


 海の声がエマの脳に響く。

 いつも抽象的な内容だったのに、今回は具体的である。


「レイヴン様、今回の戦いはラグナの時より危険になるかもしれません。海から『クラーケンが怒っている』との警告がありました」


「すると、クラーケンを説得するのは難しそうか」


「はい」


 戦わずに済むならそれにこしたことはない。

 そう考えていたため、最初はエマが説得を試みるつもりだった。

 討伐するのは上手くいかなかった場合の最終手段だ。


「これは……」


 王国の領海に入ってすぐ、海の様子が変化した。

 まるで嵐の日のような荒波で、空がどんよりと曇っている。

 長きにわたって王国を襲っている海の怒りだ。


『この波を落ち着かせることはできませんか?』


 エマは祈りを捧げた。


『ごめんね……。それはできない……。クラーケンを止めない限り……』


 エマの表情が曇る。

 それを見て、レイヴンは察した。


「この荒波を突き進むしかなさそうだな」


「そのようです」


「ならば進もう! そして、この戦いが終わったら結婚だ!」


「はい!」


 レイヴンが全艦に進軍を指示する。

 海洋魔獣との最終決戦が幕を開けようとしていた――。

お読みいただきありがとうございます。


本作をお楽しみいただけている方は、

下の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』にして

応援してもらえないでしょうか。


多くの方に作品を読んでいただけることが

執筆活動のモチベーションに繋がっていますので、

協力してもらえると大変助かります。


長々と恐縮ですが、

引き続き何卒よろしくお願いいたします。

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