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「三人を収監しなさい」


 ヴァルタリオ皇帝が命じる。

 兵士たちが駆け寄り、クライス、キャサリン、リリアンを立たせる。


「一生を牢屋の中で終えるなんて嫌よ! エマ、助けてちょうだい! もう二度と悪さをしないから! お願いよ!」


 三人の中で唯一死刑を免れたキャサリンが喚く。

 クライスは諦め、リリアンは絶望によって声を失っていた。


「エマ! 何とか言ってよ! エマぁ!」


 キャサリンが叫び続ける。

 そんな彼女に対して、エマは一言だけ答えた。


「自業自得です――キャサリン伯爵夫人(・・・・・・・・・)


 エマは、「お母様」と呼ばなかった。

 それが彼女の答えだ。

 彼女にとって、キャサリンはもう、母親ではなかった。


 こうして三人が連行されていき、裁定が終了した。


 ◇


 その夜、エマは自室で手紙を読んでいた。

 多くの帝国民から寄せられた感謝の手紙である。

 しかし、その表情は曇っていた。


「エマ様、どうされたのですか?」


 侍女のナディーネが傍に立つ。


「考え事をしていました」


「何を考えておられたのですか?」


「クライス公爵たちのことです」


「公爵とリリアンは処刑が決定し、伯爵夫妻は禁固刑です。もう誰もエマ様に危害を加えることはありませんよ」


 ナディーネが優しい口調で言う。


「分かっています。なので安心しているのですが……」


「何か問題でも?」


「私、ここまで恨まれるようなことをしたのかな、と思って……」


「エマ様……」


 エマは、自分の人生を振り返っていた。

 人に嫌われないでいようと考え、必死に頑張ってきた。

 しかし、両親にまで悪意を向けられることになった。

 エマにはそれが辛かった。


 そんな時だ。

 トントン、と扉がノックされた。


「エマ、私だ」


 扉の外から聞こえてくるのはレイヴンの声だ。

 エマがうなずくと、ナディーネは直ちに扉を開けた。


「レイヴン殿下……どうされたのですか?」


 エマが尋ねると、レイヴンは優しく微笑んだ。


「君のことだから、きっと暗い顔をしていると思ってな。様子を見に来たんだが、正解だったようだ」


「あはは……」


 エマは「すみません」と頭をペコリ。


「気分転換に外の空気を吸いに行かないか。夜風にあたりながら話そう」


「外ですか……」


「無理にとは言わないが」


 レイヴンが手を伸ばす。


「いえ、行きます!」


 エマは彼の手を掴んで立ち上がり、二人で部屋を出た。

 広い皇宮の廊下を歩いて庭園に向かう。


「夜の庭園は初めてなんじゃないか? 綺麗なものだろう」


 皇宮の庭に着くと、レイヴンが微笑みかけた。


「はい! すごく綺麗です!」


 静寂に包まれた庭園は、月明かりが差し込んでいて幻想的だ。

 レイヴンはエマの手を離さず、小さな噴水の近くまで移動した。


「ここで話そうか」


 二人は噴水の前で向かい合った。


「私……お父様に続いてお母様まで失ってしまいました」


 エマは儚い笑みを浮かべた。

 瞳には涙が溜まっている。

 彼女にとって、何よりも辛いのが両親との関係だった。


 クライスやリリアンのことは、エマにとってはどうでもいい。

 視界に入ると不快な気持ちを抱くだけの存在――言うなればゴキブリだ。


 しかし、チャールズとキャサリンは違う。

 実の両親である以上、クライスたちと一緒くたには扱えない。


「私も貴族の家に生まれた以上、政治の駒として利用されることは分かっていましたし、それを受け入れてきました。ですが、ここまでの仕打ちを受けるなんて……そんな……」


 エマは言葉を詰まらせる。

 涙が溢れた。


「エマ……」


 レイヴンはエマを抱きしめ、優しく背中をさする。


「たしかに君は両親を失ったかもしれない。だが、ここには私がいて、ナディーネがいて、アルフォンスがいる。私の父上や母上だって一緒だ」


 さらに、レイヴンはこう続けた。


「君さえよければ、我が父と母を本当の親だと思ってほしい」


「え……?」


「エマ、私は君を正式に妻として迎えたい」


 レイヴンは、エマの手を握りしめた。

 彼の手のひらから伝わる温もりが、エマの心に沁み渡る。


「レイヴン殿下……」


「もちろん断ってくれてもかまわない。王国と違い、帝国では皇太子が振られることは一般的だ。ここだけの話、父上も、母上に三度のプロポーズをしてようやく承諾してもらえたんだ」


 レイヴンが笑いながら言う。


「本当ですか!?」と、エマも笑った。


「ああ、本当さ。ただ、父上がそうであったように、私もここで断られたくらいでは諦めないぞ。エマ、君は誰よりも多くの人を笑顔にし、幸せをもたらしてきた。そんな君と一緒に過ごしていて、私も笑顔になり、幸せになった。だから、私も君に笑顔と幸せを与えたいし、その役目を他の者に譲る気はない」


 レイヴンはそこで言葉を区切ると、柔らかな笑みを浮かべ、エマの頬を撫でた。


「君の率直な気持ちを聞かせてくれるか、エマ」


「私なんかでよければ……喜んでお受けいたします……」


 エマの浮かべていた涙に変化が起きる。

 悲しみの涙から、喜びの涙へと変わった。


 ◇


 翌朝。

 皇宮の正門で、エマとレイヴンの婚約が大々的に発表された。

 国中で祝福の式典を開くという知らせがアナウンスされる。


「エマ様とレイヴン殿下が結婚だって!?」


「レイヴン殿下ほどの傑物に見合う女性なんているのかと思ったが、エマ様なら納得だ!」


「なんたって〈海の巫女〉様だからな!」


 帝国全土で祝福ムードが醸成されていた。

 怪文書の件が解決したため、エマに対する信頼は完全に回復していたのだ。


 しかし、二人を取り巻く問題はまだ残っていた――。


 ◇


 問題が起きたのは帝国――ではなく、バルガニア王国だ。

 海洋魔獣の被害は沈静化の兆しを見せず、漁業は停滞したままである。

 また、公爵家と伯爵家が崩壊したことで、領地の管理も行き届いていない。


 当然、エドヴァールは適当と思われる貴族を割り当てた。

 しかし、新たに領主となった貴族たちには為す術がなかった。


 その原因が、前にリリアンの行った景気刺激策だ。

 あれによって、公爵領と伯爵領はどちらも財政難に陥っていた。

 加えて漁業が壊滅的な状況とあって、収入面でも期待できない。


 他の領地に関しても絶望的な有様だった。

 治安維持はままならず、盗賊の被害が急拡大している。

 ただ、そんな賊徒でさえも奪うものがなく、困窮している状態だった。


 それでも王国が辛うじて成り立っているのは、帝国に降伏したからだ。

 これによって、帝国から食糧の支援が行われている。

 故に飢饉は発生していないが、ただそれだけだ。


「もはやどうにもできん……」


 国王エドヴァールは、玉座に座って嘆いていた。


「やはり海洋魔獣の問題をどうにかしなければ、国を立て直すことなど不可能だ」


 バルガニア王国は海洋国家だ。

 経済の要が水産業にある以上、海での経済活動が何よりも大事。

 なのに、もう何ヶ月もの間、それが滞っている。


「かくなるうえは仕方ないな……」


 追い詰められたエドヴァールは、覚悟を決めた。

お読みいただきありがとうございます。


本作をお楽しみいただけている方は、

下の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』にして

応援してもらえないでしょうか。


多くの方に作品を読んでいただけることが

執筆活動のモチベーションに繋がっていますので、

協力してもらえると大変助かります。


長々と恐縮ですが、

引き続き何卒よろしくお願いいたします。

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