030
「三人を収監しなさい」
ヴァルタリオ皇帝が命じる。
兵士たちが駆け寄り、クライス、キャサリン、リリアンを立たせる。
「一生を牢屋の中で終えるなんて嫌よ! エマ、助けてちょうだい! もう二度と悪さをしないから! お願いよ!」
三人の中で唯一死刑を免れたキャサリンが喚く。
クライスは諦め、リリアンは絶望によって声を失っていた。
「エマ! 何とか言ってよ! エマぁ!」
キャサリンが叫び続ける。
そんな彼女に対して、エマは一言だけ答えた。
「自業自得です――キャサリン伯爵夫人」
エマは、「お母様」と呼ばなかった。
それが彼女の答えだ。
彼女にとって、キャサリンはもう、母親ではなかった。
こうして三人が連行されていき、裁定が終了した。
◇
その夜、エマは自室で手紙を読んでいた。
多くの帝国民から寄せられた感謝の手紙である。
しかし、その表情は曇っていた。
「エマ様、どうされたのですか?」
侍女のナディーネが傍に立つ。
「考え事をしていました」
「何を考えておられたのですか?」
「クライス公爵たちのことです」
「公爵とリリアンは処刑が決定し、伯爵夫妻は禁固刑です。もう誰もエマ様に危害を加えることはありませんよ」
ナディーネが優しい口調で言う。
「分かっています。なので安心しているのですが……」
「何か問題でも?」
「私、ここまで恨まれるようなことをしたのかな、と思って……」
「エマ様……」
エマは、自分の人生を振り返っていた。
人に嫌われないでいようと考え、必死に頑張ってきた。
しかし、両親にまで悪意を向けられることになった。
エマにはそれが辛かった。
そんな時だ。
トントン、と扉がノックされた。
「エマ、私だ」
扉の外から聞こえてくるのはレイヴンの声だ。
エマがうなずくと、ナディーネは直ちに扉を開けた。
「レイヴン殿下……どうされたのですか?」
エマが尋ねると、レイヴンは優しく微笑んだ。
「君のことだから、きっと暗い顔をしていると思ってな。様子を見に来たんだが、正解だったようだ」
「あはは……」
エマは「すみません」と頭をペコリ。
「気分転換に外の空気を吸いに行かないか。夜風にあたりながら話そう」
「外ですか……」
「無理にとは言わないが」
レイヴンが手を伸ばす。
「いえ、行きます!」
エマは彼の手を掴んで立ち上がり、二人で部屋を出た。
広い皇宮の廊下を歩いて庭園に向かう。
「夜の庭園は初めてなんじゃないか? 綺麗なものだろう」
皇宮の庭に着くと、レイヴンが微笑みかけた。
「はい! すごく綺麗です!」
静寂に包まれた庭園は、月明かりが差し込んでいて幻想的だ。
レイヴンはエマの手を離さず、小さな噴水の近くまで移動した。
「ここで話そうか」
二人は噴水の前で向かい合った。
「私……お父様に続いてお母様まで失ってしまいました」
エマは儚い笑みを浮かべた。
瞳には涙が溜まっている。
彼女にとって、何よりも辛いのが両親との関係だった。
クライスやリリアンのことは、エマにとってはどうでもいい。
視界に入ると不快な気持ちを抱くだけの存在――言うなればゴキブリだ。
しかし、チャールズとキャサリンは違う。
実の両親である以上、クライスたちと一緒くたには扱えない。
「私も貴族の家に生まれた以上、政治の駒として利用されることは分かっていましたし、それを受け入れてきました。ですが、ここまでの仕打ちを受けるなんて……そんな……」
エマは言葉を詰まらせる。
涙が溢れた。
「エマ……」
レイヴンはエマを抱きしめ、優しく背中をさする。
「たしかに君は両親を失ったかもしれない。だが、ここには私がいて、ナディーネがいて、アルフォンスがいる。私の父上や母上だって一緒だ」
さらに、レイヴンはこう続けた。
「君さえよければ、我が父と母を本当の親だと思ってほしい」
「え……?」
「エマ、私は君を正式に妻として迎えたい」
レイヴンは、エマの手を握りしめた。
彼の手のひらから伝わる温もりが、エマの心に沁み渡る。
「レイヴン殿下……」
「もちろん断ってくれてもかまわない。王国と違い、帝国では皇太子が振られることは一般的だ。ここだけの話、父上も、母上に三度のプロポーズをしてようやく承諾してもらえたんだ」
レイヴンが笑いながら言う。
「本当ですか!?」と、エマも笑った。
「ああ、本当さ。ただ、父上がそうであったように、私もここで断られたくらいでは諦めないぞ。エマ、君は誰よりも多くの人を笑顔にし、幸せをもたらしてきた。そんな君と一緒に過ごしていて、私も笑顔になり、幸せになった。だから、私も君に笑顔と幸せを与えたいし、その役目を他の者に譲る気はない」
レイヴンはそこで言葉を区切ると、柔らかな笑みを浮かべ、エマの頬を撫でた。
「君の率直な気持ちを聞かせてくれるか、エマ」
「私なんかでよければ……喜んでお受けいたします……」
エマの浮かべていた涙に変化が起きる。
悲しみの涙から、喜びの涙へと変わった。
◇
翌朝。
皇宮の正門で、エマとレイヴンの婚約が大々的に発表された。
国中で祝福の式典を開くという知らせがアナウンスされる。
「エマ様とレイヴン殿下が結婚だって!?」
「レイヴン殿下ほどの傑物に見合う女性なんているのかと思ったが、エマ様なら納得だ!」
「なんたって〈海の巫女〉様だからな!」
帝国全土で祝福ムードが醸成されていた。
怪文書の件が解決したため、エマに対する信頼は完全に回復していたのだ。
しかし、二人を取り巻く問題はまだ残っていた――。
◇
問題が起きたのは帝国――ではなく、バルガニア王国だ。
海洋魔獣の被害は沈静化の兆しを見せず、漁業は停滞したままである。
また、公爵家と伯爵家が崩壊したことで、領地の管理も行き届いていない。
当然、エドヴァールは適当と思われる貴族を割り当てた。
しかし、新たに領主となった貴族たちには為す術がなかった。
その原因が、前にリリアンの行った景気刺激策だ。
あれによって、公爵領と伯爵領はどちらも財政難に陥っていた。
加えて漁業が壊滅的な状況とあって、収入面でも期待できない。
他の領地に関しても絶望的な有様だった。
治安維持はままならず、盗賊の被害が急拡大している。
ただ、そんな賊徒でさえも奪うものがなく、困窮している状態だった。
それでも王国が辛うじて成り立っているのは、帝国に降伏したからだ。
これによって、帝国から食糧の支援が行われている。
故に飢饉は発生していないが、ただそれだけだ。
「もはやどうにもできん……」
国王エドヴァールは、玉座に座って嘆いていた。
「やはり海洋魔獣の問題をどうにかしなければ、国を立て直すことなど不可能だ」
バルガニア王国は海洋国家だ。
経済の要が水産業にある以上、海での経済活動が何よりも大事。
なのに、もう何ヶ月もの間、それが滞っている。
「かくなるうえは仕方ないな……」
追い詰められたエドヴァールは、覚悟を決めた。
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