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025

 王国に送り返されたキャサリン。

 普通なら諦めるところだが、彼女は違っていた。


「キャサリン夫人、何の用だ」


「もうあなたと話をすることはないと思っていたのですが」


 鬱陶しそうな表情でキャサリンを迎える二人の男女。

 クライスとリリアンだ。


 一人ではどうにもならないと判断したキャサリンは、彼らを頼ることにした。

 自ら公爵邸に足を運んだ。


「率直に申し上げます。わたくしの娘・エマを苦しめましょう」


 応接間に通されると、キャサリンは開口一番に言った。

 クライスたちなら喜んで協力するはず――彼女はそう思っていたのだ。

 しかし、現実は違っていた。


「わるいが、そういう相談なら応じられない。一人でやってくれ」


 クライスは躊躇なく断った。


「あたしもクライス様と同意見ね」


 リリアンも消極的だ。


「なぜ!? あなたたち、エマのことが憎いんじゃないの!?」


「憎いかどうかと言えば憎いが、もう波風を立てたくないんだ。帝国は俺たちが敵う相手じゃない。下手に動けば今度こそ首が飛ぶ。よくてもあんたの夫と同じ末路を辿るだけさ。そんなのはごめんだ」


 クライスは、別に改心したわけではない。

 ただ、先の一件によって牙を抜かれていたのだ。


「何かしようにも軍は解体されて、戦艦や武器は取り上げられたしねぇ。もうあたしらの負けでしょ、負け!」


 リリアンは投げやり気味に言った。


「やれやれ、情けない有様ね……」


 キャサリンはため息をつくと、リリアンを見た。


「クライス公爵が消極的になることは想定していましたが、リリアン、あなたまでそんな様子だとは思いもしませんでしたわ」


「あたしが刑を免れたのは、クライス様が結婚を渋っていたからなの。もし公爵夫人という立場だったら、あたしは間違いなく処刑台に連れていかれていた。こうして自由に過ごせているのは奇跡なのよ、奇跡。それに感謝しないとね」


 リリアンがうんざりした様子で言うと、キャサリンは鼻で笑った。


「本当にそれで満足なの?」


「ええ、満足よ。クライス様は権限を取り上げられたとはいえ公爵には変わりない。そして、あたしは公爵夫人になる。それで十分よ」


「だったら満足できないでしょう?」


「……どういうことよ?」


 リリアンの顔が険しくなる。


「知らないの? ホースタリア家とラドフォード家は、近いうちに爵位が剥奪されると言われているわよ」


「え、ウソ!?」


 リリアンが驚いた様子でクライスを見る。


「…………」


 クライスはばつの悪そうな顔で目を逸らした。


「クライス様、あなた、知っていたのね? 爵位剥奪のこと」


「……ああ」


 クライスが小さくうなずいた。


「じゃ、じゃあ、空いた爵位はどうなるのよ!」


 リリアンが声を荒らげる。

 キャサリンはニヤリと笑いながら事実を言った。


「他の爵位を持った貴族が格上げされるのよ。例えば公爵の次は侯爵だから、現在の侯爵が次の公爵になりますわ。これによって子爵や男爵が空くことになるので、そこに新しい貴族が割り当てられるの」


「じゃ、じゃあ、あたし、このままだと爵位のない貴族と結婚することになるの!?」


「その通りですわ」


「嫌よそんなの! 嫌! 嫌ぁ!」


 リリアンは取り乱した。

 彼女にとって、「公爵夫人」こそ全てなのだ。

 妥協したとしても、「○爵夫人」という肩書きは外せない。

 ただの「貴族夫人」になるくらいなら死んだほうがマシとすら思っていた。


「そうは言っても、もうどうにもできないだろ……」


 クライスが辛そうな表情で言う。


「いいえ、そうとも限りませんわ。まだ逆転の一手はあります」


 キャサリンが力強い口調で返すと、リリアンが食いついた。


「どうすればいいの?」


「簡単なことですわ。帝国におけるエマの評判を失墜させるのです」


「評判を失墜させる……? そんなの無理でしょ」


「いいえ、可能です。リリアン、帝国民がエマを崇拝し、帝国がエマを大事にしている理由はどうしてか分かりますか?」


「簡単じゃない。あの女が海を平和にしているからよ。認めたくないけど、あの女と海は繋がっている。だからあの女を悲しませた王国は苦しみ、あの女を大切に扱った帝国は恩恵を受けているのよ」


 リリアンが悔しそうに言った。


「その通り。そして、それを否定することはできませんわ。もはや誰の目にも、エマに海と心を通わせる力があることは明らか。だからこそ、それを逆手に取るのです」


「……どういうことよ?」


 リリアンには今ひとつピンと来なかった。

 その様子を見て、キャサリンは心の中で呆れてしまう。


(こんな馬鹿しか頼る相手がいないなんてね)


 そう思いつつ、キャサリンは愛想笑いを浮かべた。


「エマが王国にいる頃、帝国の海は荒れていました。あれをエマのせいにするのです。つまり、エマが意図的に海を荒らし、帝国を苦しめていたと」


 この言葉で、リリアンがハッとする。


「なるほど! エマが帝国を助けたのではなく、そもそも帝国を苦しめていたのをエマの仕業にするわけね! そして、その理由は自分の地位を向上させるため、と……!」


「その通りですわ」


「いいじゃないの、その案! それが上手くいけば……いや、上手くいくに違いない! だって本当にあり得ることだから!」


「エマの評判が失墜すれば、状況が大きく変わります。そうなったら、あとは混乱のどさくさに紛れて上手いことをすればいいだけですわ」


「乗るわ、その話! 公爵夫人になるためにはこれしかない!」


 リリアンは覚悟を決めた。

 一方、クライスは――。


「俺は何も聞かなかったことにする。二人で勝手にやってくれ」


 リリアンと違って冷めた態度を示した。


「何を言っているのよ、クライス様! あなたも協力しないと! あなたの爵位がかかっているのよ!?」


 リリアンが必死の説得を試みる。

 しかし、クライスは「関係ない」とあしらった。


「リリアン、お前はたしかに賢い。俺よりもずっとな。でも、お前の案を聞いた結果、失敗ばかりしてきた。それを責める気はないが、その経験から今回も失敗すると思う」


「クライス様、今回はあたしではなくキャサリン夫人の案よ。だから大丈夫! それに今までと違ってエマに危害を加えるものじゃないでしょ! 腕利きの人間を雇わなくても、適当に現地の安いゴロツキに金を握らせるだけで済む話じゃないの!」


「だからこそ、二人で適当にやってくれ」


 クライスがその場をあとにしようとする。

 しかし――。


「クライス公爵、計画に加わらないのであればご自由にしてくださってかまいません。しかし、わたくしたちが捕まった場合、あなたも共犯だと言いますからね」


 キャサリンの言葉が、クライスの足を止めた。


「なんだと?」


「あなたがわたくしの夫にしたように、わたくしもあなたを道連れにします」


「クライス様、申し訳ないけど、あたしもキャサリン夫人と口裏を合わせるわ。ただの貴族夫人なんて嫌だから」


「お前ら……!」


 クライスはしばらく黙考したあと、舌打ちをした。


「キャサリン夫人、俺はどうすればいいんだ?」


 最終的にクライスは協力することにした。

 渋々とではあるが、彼はまたしても道を誤ったのだ。


(俺がエマを大事にしていれば、今ごろ全く違う人生が待っていたんだろうな)


 心の中で後悔するクライス。

 しかし、そう思うにはあまりにも遅すぎるのであった。

お読みいただきありがとうございます。


本作をお楽しみいただけている方は、

下の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』にして

応援してもらえないでしょうか。


多くの方に作品を読んでいただけることが

執筆活動のモチベーションに繋がっていますので、

協力してもらえると大変助かります。


長々と恐縮ですが、

引き続き何卒よろしくお願いいたします。

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