023
「う……うぅ……ここは……?」
意識を取り戻したエマの視界に入ってきたのは、見慣れた天蓋だった。
周囲には豪奢な調度品が並んでいる。
何秒かして、いつも利用している寝室のベッドだと分かった。
「エマ様! お目覚めになったのですね!」
ドアが開き、ナディーネが駆け寄ってくる。
エマの様子を見て安堵していた。
「ナディーネさん……」
ナディーネの優しい声に、エマはうっすらと微笑んで応じる。
しかし、自分がどれほど眠っていたのか把握できず、頭が混乱していた。
「私、どうして眠っていたのかしら?」
そう問いかけるエマの瞳には、不安と戸惑いの色がにじんでいる。
「それは――」
「エマ、無事だったか!」
ナディーネが答えようとした時、レイヴンが寝室に入ってきた。
彼はすぐ近くで待機していたのだ。
ナディーネがそうであったように、レイヴンも安堵していた。
「レイヴン殿下……。あの、私はいったい……」
今のエマに分かるのは、体がとてつもなく怠いということだけだ。
「エマ、君は朝食のときに倒れてしまったんだ」
「あ、言われてみれば、今日の朝ご飯を食べた記憶がない……!」
エマのお腹が「ぐぅ」と鳴る。
「あとで美味しいお食事をご用意しますね」
ナディーネがくすりと笑う。
エマは恥ずかしそうに頭をペコリ。
「それで、私はどうして倒れたのでしょうか?」
「医者が言うには疲労とのことだ」
レイヴンの言葉に、エマはまるで他人事のような感覚を覚えた。
というのも、彼女には倒れるほどの疲労を感じる機会がなかったのだ。
移動は主に馬車であり、激しい労働とも縁がない。
「本当に疲労ですか? この私が……?」
エマが首をかしげると、レイヴンは真剣な表情でうなずいた。
「肉体的な疲労ではなく、精神的な負荷……つまり心労が凄まじかったのだろう。バルガニア王国との諸問題は、君にとってあまりにも辛いものだった」
言われてみればたしかに……と、エマは思った。
特にショックを受けたのは、やはり誘拐に関する件だろう。
後になってから誘拐目的だと判明したが、当時は殺されるかと思った。
今でもその時のことを思い出して、ふいに首を手で撫でることがある。
それほどまでの出来事に、クライスだけでなく両親まで加担していた。
その事実が、エマの心を深く傷つけてしまったのだ。
「でも、もうバルガニア王国の問題は解決しました! ですからエマ様、心を安らげて回復に努めて下さい! このナディーネ、エマ様のためにきびきびと働きますから!」
エマは「ありがとうございます」と笑みを浮かべた。
「それでは、私は隣のお部屋で待機していますので、何かあればお呼びください!」
ナディーネは深々と頭を下げると、静かに寝室から出て行った。
「ナディーネも言っていたが、今は回復に努めるんだ。医者も『数日は大人しくしているように』と言っていた」
「分かりました。すみません、ご迷惑をおかけしてしまって」
「迷惑なものか。むしろ、迷惑をかけたのは我々のほうさ」
「レイヴン殿下たちが?」
「私もナディーネも、君のことを大切に思ってはいるが、どれほどの心労を抱えていたのかを察してやれなかった」
レイヴンが「すまない」と頭を下げる。
「そんな、謝らないでください。殿下やナディーネさん、それに他の方々にも、とてもよくしていただいていますから!」
「そう言ってもらえると助かるよ」
レイヴンはその場にある椅子を引き寄せ、腰を下ろした。
ベッドに手を伸ばし、エマの左手を握る。
「今日はずっと傍にいる。君が『落ち着かないから出ていけ』と喚いたって、私はここから動かないからな」
優しく微笑むレイヴン。
「ダ、ダメですよ! 殿下が私につきっきりなんて、公務に支障が……」
「公務には優先度がある。そして、最も優先度が高いのは君を回復させることだ。医者が言うには、心労を癒やすにはたくさん話すのが一番らしい。だから、こうして君につきっきりで声が嗄れるまで話すぞ」
レイヴンの言葉には、深い思いやりが感じられた。
エマはその優しさに触れて、胸がじんわりと暖かくなる。
「ありがとうございます、レイヴン殿下……。じゃあ、今日だけはお言葉に甘えさせていただきます」
「いいや、回復するまで……違うな、回復したあともずっと甘えてもらう」
「えぇぇぇ!」
「さて、まずは何について話そうか」
レイヴンはエマの頭を撫でながら話し始める。
それが心地よくて、エマは自然とまぶたを下ろしていた。
「殿下のこと、もっと知りたいです。子供の頃はどんな感じだったのですか?」
「子供の頃はアルフォンスによくイタズラをしていたな。意外かもしれないが悪ガキでね、よくゲンコツを食らわされたものだ」
「えええ、殿下にゲンコツ!? アルフォンスさん、すごいですね」
「父上が甘やかさないように指示していたようでね。それでも、アルフォンスや他の騎士だったり、父上や母上だったりを困らせることが多かったな」
「あはは、今の立派なお姿からはイメージできませんね」
その後も、二人は何時間も話した。
エマは心地よさから何度も浅い眠りと覚醒を繰り返していた。
彼女が寝ている間にも、レイヴンは傍から離れなかった。
エマの手を握り、頭を撫で、優しい笑みを浮かべる。
この献身的な看病もあって、エマは見る見るうちに回復していった。
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