022
「エマ! お願いだ! 考え直してくれ! 無期限の禁固刑なんて、そんなの、そんなの……うぅぅ……」
チャールズが泣き崩れる。
それでも、エマの気持ちは変わらなかった。
「さようなら、お父様」
エマは冷たく言い放った。
ただ、その表情は冷酷ではなく、悲しみに暮れている。
目には涙を浮かべていた。
彼女だって辛いのだ。
子供の頃を振り返ると、いくらか楽しい思い出もある。
それでも、許すことはできなかった。
エマにとって、誘拐の件はそれほど過酷だったのだ。
しばらくたった今ですら、不安で安眠できない日々が続いている。
それ故の決断だったのだ。
「エドヴァール王、チャールズの身柄は我が国で管理する。よいな?」
ヴァルタリオ皇帝に名を呼ばれて、エドヴァールは我に返った。
クライスたちのやり取りを、彼は全く気に掛けていなかったのだ。
頭の中は「早く王都に帰りてぇ」ということだけだった。
「は、はい! 皇帝陛下の仰せのままに!」
「お待ちください陛下! 何卒、私めにも寛大な措置を……」
チャールズが涙ながらに訴えるが、ヴァルタリオ皇帝は取り合わなかった。
「チャールズを重罪人用の独房に連れていけ」
「ハッ!」
複数の兵士が駆け寄り、チャールズを連行していく。
「いやだぁあああああ! エマァアアアアアアアアアア!」
チャールズの泣き喚く声が無情にも響いた。
◇
エドヴァールたちがいなくなり、帝国貴族たちも場をあとにした。
そんな中、玉座の間にはヴァルタリオ皇帝とレイヴンだけが残っていた。
「父上、私は納得できません」
「何がだ?」
「エマの誘拐に関して、父上の下した裁定についてです」
「クライスの無罪放免は妥当だ。チャールズの禁固刑も問題ない」
「違います。私が言いたいのはリリアンとキャサリンに対する扱いです」
「事実上の無罪が気に食わないと申すか」
リリアンとキャサリン伯爵夫人は、どちらも刑を免れた。
クライスと同じく「次はないからな」と警告されただけで済んでいる。
「キャサリン夫人はまだ理解できます。ですが、リリアンは首謀者でしょう。クライスをそそのかしたのは彼女です。それはクライスとチャールズの両名が認めており、クラーケンの一件で提出した報告書にも記載されています」
レイヴンは、リリアンこそ悪の元凶だと考えていた。
そして、その考えは正しい。
ヴァルタリオ皇帝も、同様の意見を示している。
ただし――。
「リリアンの立場を考慮すると、今回は罪に問えないだろう」
それがヴァルタリオ皇帝の意見だった。
「どうしてですか?」
「分からないか? リリアンには権力がないからだ」
「権力がない……?」
「リリアンとクライスには婚姻関係がない。ただの恋人に過ぎず、言うなれば庶民だ。彼女が首謀者だとしても、実行する権限を持っていたのはクライスであり、責任の所在はクライスにある」
「納得できません」
「納得できなくても、それが法というものであり、我が国は何よりも法を重んじる国家だ。レイヴン、私だって個人的な感情では、そなたと同じ気持ちを抱いている。しかし、ライオット帝国の皇帝として、他国の目もある中で国を運営する以上、ルールに従った対応が求められるものだ」
「だったら、この怒りはどうすればいいんですか? これでは、あまりにもエマが報われない!」
レイヴンは拳を握りしめて、悔しそうに歯ぎしりをする。
「答えは一つだ。今の間にもっと勉強し、狡猾になれ。そなたは軍務と政務の両方に長けているが、駆け引きの妙は全く分かっておらぬ。そういった点を身につけて、自分が望むように相手を動かせるようになれ」
「分かりました……」
レイヴンは一礼し、玉座の間を去ろうとする。
「待て、レイヴン」
ヴァルタリオ皇帝が呼び止める。
「どうかしましたか?」
振り返るレイヴン。
「そなた、自身がエマに恋心を抱いていると気づいているか?」
「恋心ですか。私が、エマに」
「うむ。エマのことになると、そなたは法を無視し、感情的になる傾向が強い。それだけ特別な想いを抱いているということだ」
レイヴンは少し間を置いてから答えた。
「ええ、気づいています。いつからかは分かりませんが、私はエマのことを、個人的にも大切な女性として見るようになっていました」
「自覚しているのであれば、私から言うことは一つだけだ」
ヴァルタリオ皇帝はそこで言葉を区切ると、柔らかい笑みを浮かべた。
「エマを幸せにしてあげなさい」
「はい!」
こうして、エマに関する一連の騒動が終結した。
しかし、完全なる平和が訪れるのは、まだ先のことだった。
◇
翌朝。
「エマ様ー! 朝食をお持ちしましたよー!」
エマの部屋に侍女のナディーネが朝食を運んできた。
「ありがとうございます、ナディーネさん」
テーブルで待機しているエマは、疲れた表情で答えた。
ナディーネは二人分の料理を並べつつ、エマの顔色を窺う。
「顔色が優れませんね……。お体に何か問題でも……?」
「いえ、大丈夫です」
「本当ですか? 必要であれば医者を呼んでまいりますが……」
料理を並べ終えると、ナディーネも席に着いた。
エマの要望で、二人はいつも一緒に朝ご飯を食べている。
今日の献立は新鮮な果物やスープ、それに焼きたてのパンだ。
スープには、早朝の市場で調達した新鮮な魚介類が使われている。
「大丈夫、大丈夫ですから。ただ、快調とは言えないので、食事が済んだら寝室で休もうと思います」
「かしこまりました。念のため、食後に医者を手配しますね」
「ご迷惑をおかけします」
「いえいえ!」
ナディーネはエマを元気づけようと、声を弾ませながら手を合わせる。
「それではエマ様、今日も一日……いただきます!」
エマもニコリと微笑んで「いただきます」と言う。
そして二人はナイフとフォークを手に取るのだが――。
「あれ……?」
エマの手が小刻みに震え始めた。
額にはじわりと汗が滲んでいる。
「エマ様? やっぱり大丈夫じゃありませんよ。すぐに医者を呼んで参りますので、ひとまずベッドでお休みになっては――」
ナディーネが話している最中に、問題は起きた。
バタンッ!
エマは気を失い、そのままイスから転げ落ちた。
「エマ様!」
ナディーネは慌てて駆け寄り、エマの名を呼ぶ。
しかし、エマからは反応がない。
「誰か! 誰か来てください! エマ様が!」
ナディーネの悲鳴が、朝の皇宮に響き渡った。
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