021
玉座の間に張り詰めた重苦しい空気が漂う。
クライスの失態を引き出したヴァルタリオ皇帝でさえ唖然としていた。
チャールズまでエマの誘拐に関わっていたとは思わなかったのだ。
レイヴンや他の帝国貴族、いや、エマも同様である。
特に衝撃を受けていたのはエマで、口を開けて固まっていた。
「クライス、エマの誘拐に関して、そなたが知りうることを全て話せ」
ヴァルタリオ皇帝がクライスを睨む。
チャールズが息を呑んで固まる一方、クライスは笑みを浮かべた。
「もちろん喜んで話しますよ。公爵家と伯爵家は、海洋魔獣が王国の領海を荒らしている一件で追い詰められていた。王国じゃあ、海が荒れているのは俺たちがエマに酷い仕打ちをしたからだと誰もが言っているのでね」
クライスは砕けた口調で、ヘラヘラと笑いながら話す。
もはや死刑は確定したと思い込んでいるため、気遣いなど不要だった。
今、彼の頭にあるのはチャールズを道連れにすることだけだ。
「そんな時、リリアンがエマの誘拐を提案したんですよ。エマが王国に戻ってくれば、海は平和になるだろうと考えてね」
「どうして誘拐になる? 素直に頭を下げて協力を求めればよかっただろ? 彼女が承諾すれば、我が帝国は協力に応じていた。エマの身に万が一のことがあると困るから、最大限の警護態勢にはなるがな」
そう尋ねたのはレイヴンだ。
「皇太子殿下なら分かるでしょ? そんなこと、俺たちができるわけないじゃないですか。貴族のプライドがある」
「愚かだな」
「ええ、今になっては愚かだと思いますよ。で、話を戻しますけど、そんなわけで俺は賛同した。その場にはチャールズとキャサリン夫人もいて、二人もあっさりと賛成しましたよ」
「お母様まで……」
エマはショックのあまり立っていられなかった。
膝から崩れ落ちそうになる彼女を、メリエンヌ皇妃が慌てて支える。
「クライス! 貴様、キャサリンの名前は出さなくてもいいだろ! エマの気持ちを考えろ!」
吠えるチャールズ。
「ほざけジジイ! だったら最初から加担しなきゃよかっただろうが!」
クライスとチャールズが罵倒し合う。
「静粛に!」
ヴァルタリオ皇帝が一喝し、場が静まり返る。
「チャールズ、クライスの言っていることは真実と判断してよいな?」
ヴァルタリオ皇帝が低い声で尋ねる。
「はい……」
チャールズは項垂れた。
弁明したところで逆効果だと悟ったのだ。
もはや情状酌量の余地に賭けるしかない。
「クライス、よく話してくれた。経緯はどうであれ、素直に自白したことは評価に値する」
レイヴンは嫌な予感がした。
そして、その予感は的中してしまう。
「よって、クライスは無罪放免とする」
「なんだって!?」
真っ先に叫んだのはチャールズだ。
「父上! 無罪放免はいくらなんでもおかしい! 自白したとはいえ、この男が大罪人であることには変わりない! 処刑台に送るべきだ!」
レイヴンは顔を真っ赤にして怒った。
ヴァルタリオ皇帝を睨み、場をわきまえずに「父上」と呼ぶ。
「それはできん」
「どうしてですか!」
「クライスの自白がなければ、エマの誘拐に関する件は真実に辿り着くことができなかった。伯爵夫妻が関わっていたという真実にな」
「それでも無罪放免はあんまりだ! せめて監獄にぶち込むべきです! クラーケンの一件もある!」
「クラーケンの件については、経済制裁――すなわち貿易制限を科した時点で解決しておる。その件と今回の件を一緒くたにはできん」
「ぐっ……」
レイヴンは反論できなかった。
悔しくてたまらないが、ヴァルタリオ皇帝の言い分が正しいのだ。
感情論で語るならば、クライスは死刑が妥当だろう。
しかし、国を運営する以上、感情を排除した対応が問われる。
ヴァルタリオ皇帝は、個人ではなく皇帝として決断を下していた。
「へ、陛下、ありがとうございます! ありがとうございます!」
クライスは何度も床に額を擦りつけて感謝を述べる。
死を覚悟していたため、心の底から救われた気持ちでいた。
「クライス、勘違いしてはならぬぞ。今回の件では無罪放免となるが、そなたがこれまでに数々の罪を犯してきたことには変わりない。今後もし、帝国に対して牙を剥くようなことがあれば、それが小さな悪事だったとしても厳罰に処する。よいな?」
「もちろんでございます! 陛下!」
クライスは平伏して答えた。
もう二度と悪さはしないでおこう、と心に誓う。
「へ、陛下、私は……?」
恐る恐る口を開いたのはチャールズだ。
ヴァルタリオ皇帝は、その問いに答えずエマの方へ体を向ける。
優しげな表情でありながらも、厳粛な雰囲気をまとっていた。
「チャールズについては、エマ。そなたに裁定を委ねる」
エマは弾かれたように顔を上げた。
「私に……ですか?」
「帝国の法に則った場合、チャールズは無期限の禁固刑となるだろう。しかし、彼はそなたの実父。そして、そなたは帝国の救世主である。そなたが望むのであれば、クライスと同じく無罪放免にしたってかまわない」
これが、ヴァルタリオ皇帝のできる最大限の優しさだった。
(エマ……)
レイヴンは静かにエマを見つめる。
「エマ、許してくれ。私が悪かった。もう二度と、お前を悲しませるようなことをしない。だから、お願いだ。エマ……」
チャールズはエマの瞳を見ながら、涙目で訴えた。
その涙は偽りではない。
我が身を守るために自然と溢れ出てきた、正真正銘、本物の涙だ。
「お父様……」
エマはメリエンヌ皇妃にしがみつきながらチャールズを見つめる。
時間にして数秒間、彼女は次の言葉を考えていた。
そして、その数秒間で、表情が急激に変わっていく。
同時に、メリエンヌ皇妃から離れ、しっかりと自分の足で立つ。
「ヴァルタリオ陛下」
「決まったようじゃな」
ヴァルタリオ皇帝は、エマの顔を見て答えを察していた。
彼女の瞳には一切の迷いが見られなかったのだ。
「はい」
「では、チャールズにそなたの気持ちを伝えよ」
エマはチャールズに体を向けると、力強い口調で言った。
「お父様は、帝国の法に則って投獄されるべきです」
それが彼女の出した答えだった。
実の父でも、いや、実の父だからこそ許せなかったのだ。
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