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「エマに謝れだと……?」


 クライスの顔が歪んだ。


「そうだ。彼女は我が帝国の宝であり、何よりも大切な存在。そんな女性に対し、貴様はこれまでに“数々の酷い行い”をしてきただろ? 実に許しがたい行為だ。跪いて、一つずつ何をしたのか言葉に出して認め、そして謝れ」


 レイヴンは、あえて含みを持たせた言い方をする。

 できれば誘拐の件を自白させたい、というのが彼の考えだった。


(レイヴン……まだまだ青いな。だが、交渉術とはそうやって身につけていくもの。何も言わんでおこう)


 息子の考えが手に取るように分かるヴァルタリオ皇帝は、静かに事態を見守る。

 隣に立っているメリエンヌ皇妃も同様だった。


「俺は……」


 クライスの言葉に続きがあるわけではない。

 とりあえず呟いて、その場しのぎの時間を稼いだ。

 そうして稼げる時間は一瞬だが、考えをまとめるには十分だった。


(誘拐の件はバレていないはずだ。相手から証拠を突きつけられるまでは知らぬ存ぜぬで通そう)


 そう判断したクライスは、エマを見ながら跪いた。

 不愉快で仕方ないが、ここで逆らうことなどできない。

 悔しそうにしながらも、逆らうことなく謝罪の言葉を口にする。


「エマ……。俺は、お前を正妻として迎えながら……す、少しも大切にすることなく……ひたすら侮辱し続けてきた。お前は色々と頑張っていたのに……感謝するどころか、ば、罵倒した……。……本当に……迷惑をかけ、悲しい気持ちにさせた……すまなかった……」


 クライスは、終始、言葉を詰まらせていた。

 跪いて謝るなどという屈辱を、彼は経験したことがなかったのだ。

 (はらわた)が煮えくり返るような思いだった。


「それだけではないだろ? 貴様がしたことは」


 レイヴンが続きを促す。


「あ、ああ……。リリアンと共謀して、クラーケンに帝都を襲わせようと画策した……。エマのいる帝国を壊そうとした……。すまなかった」


 頭を下げるクライス。


「他には? まだあるんじゃないか?」


 レイヴンが誘拐の件を吐かせようとする。

 しかし、クライスは応じなかった。


「これで……全てだ……」


「…………」


 レイヴンは何も言わずに舌打ちする。

 その反応を見て、クライスはしめしめと思った。


(やはりエマを誘拐しようと企てたのは奴で確定だな)


 ヴァルタリオ皇帝は、クライスの様子から確信した。

 ただし証拠がないため、断罪することはできない。


「エマ、返事を」


 ヴァルタリオ皇帝が優しい口調で言う。


「えっと……その……」


 エマはどう答えるべきか悩んだ。

 クライスの顔を見ていると、公爵家で味わった苦痛を思い出す。

 過呼吸に陥りそうなほどに不愉快な、あの苦々しい日々が脳裏によぎる。

 それでも――。


「クライス公爵……二度と私に関わらないでくださるのなら、それで結構です」


 エマは許した。

 いや、許す・許さないの話ではない。

 自分の幸せな世界から、クライスの存在を消したかったのだ。


「ぐっ……」


 クライスは我慢するのに必死だった。

 エマの発言が、彼にとってはこの上なく不快だったのだ。

 上から目線に感じて、張り倒したいとすら思った。


「あ、ありがとう、エマ……」


 だが、クライスはギリギリのところで耐え抜いた。

 どれほどの恥を忍んでも、今は王国に帰れたらそれでいい。

 下手に騒ぐと首が飛ぶことを、彼は自覚していた。


「レイヴン、他に何かあるか?」


 ヴァルタリオ皇帝が尋ねると、レイヴンは「ありません」と首を振った。


「そ、そそ、それでは、わしらはこれにて……」


 エドヴァールが逃げるように去ろうとする。

 しかし、まだ終わらなかった。


「待て」


 今度はヴァルタリオ皇帝が止めたのだ。


「ど、どうされました、陛下……?」


 エドヴァールは嫌な予感がしてならなかった。

 ――が、またしても、彼に関することではなかった。


「チャールズ」


 ヴァルタリオ皇帝が口にしたのは、エマの父――チャールズの名だった。


「は、はい! 皇帝陛下!」


 チャールズは慌てて振り返り、光の速さで跪く。


(父上、何を言うつもりなんだ……?)


 レイヴンは意図を探るようにヴァルタリオ皇帝を見る。


(見ていなさい、レイヴン)


 ヴァルタリオ皇帝は目でそう告げると、チャールズに言った。


「そなたはエマの実の父である……間違いないな?」


「はい! さようでございます、皇帝陛下!」


 ハキハキとした口調で答えるチャールズ。

 脳内では、今後の展開についていくつかのパターンを想定していた。

 良いものから悪いものまでルートは様々だ。


「子を持つ親として、一つ訊きたいことがある」


「なんなりと!」


 チャールズは、この時点でヴァルタリオ皇帝の質問内容を察していた。

 そして、ヴァルタリオ皇帝は、彼の思ったとおりの質問を口にする。


「そなたはどうして、エマを家から追い出した? エマの性格やクライス公爵が堂々と愛妾を家に招き入れている事実を考慮すれば、娘に非がないことは分かっていただろう」


「それは! 痛恨の極み! 親として恥ずべき行為であったと反省しております! 皇帝陛下の仰る通り、クライス公爵が愛妾のリリアンに入れ込んでいたことは周知の事実! にもかかわらず! 私は! 娘を追放してしまいました!」


「違う、チャールズ。そうじゃない。それでは回答として不適切だ。私が尋ねているのは、どうして追い出したか、ということだ。これは今回の戦争とは関係なく、子を持つ親としての質問だ。本音を聞かせてくれ」


 チャールズは一瞬だけ悩むと、言われた通りに本音で答えた。


「陛下もご存じの通り、先代の公爵が非常に優秀だったため、我が国では公爵家に権力が集中している状況にありました! そんな公爵家との結びつきを強くするため、我が娘を政略結婚として利用しました! しかし、離縁になったことで、公爵家との関係が悪化すると考えた私は、娘を追放することによって、クライス公爵の顔を立てようと考えました!」


「つまり、エマが悪くないと知りつつも、そのまま家においておくとクライスに睨まれるかもしれないと思ったことで、やむなく追放したということだな?」


「その通りでございます!」


 これは本当の話だ。

 ヴァルタリオ皇帝だけでなく、エマも理解していた。


「まぁ貴族というのは大変だからな」


 ヴァルタリオ皇帝はそういって話を打ち切ると、さらりと話題を変えた。


「ところで、クライスについて、そなたはどう思う?」


「……と、いいますと?」


「たしかにそなたは、エマを政略結婚の駒として利用していたし、おそらく娘としてまともに可愛がっていなかったであろう?」


「はい……」


「とはいえ、娘であることに変わりない。エマには理解されないかもしれないが、欠片ほどの愛情は持ち合わせていたはずだ」


「仰る通りです」


 本当のことなので、チャールズは力強く頷いた。

 彼にしても妻のキャサリンにしても、エマのことを嫌ってはいない。

 実の娘である以上、わずかながら愛情は存在している。


「ということは、だ。もしクライスの計画が上手くいって、帝都をクラーケンが襲撃していた場合、エマは死んでいたことになる。あの時、彼女は海辺で祈りを捧げていたからな。波に飲み込まれていただろう」


「は、はぁ……」


 ここにきて、チャールズの表情が曇る。

 ヴァルタリオ皇帝の思惑が理解できなかったのだ。


「分からぬか? クライスは、そなたの娘を殺す気だったということだ。エマが無事だったのは結果論に過ぎない。また、クライスの計画があったせいで王国は貿易を制限され、戦争せざるを得なくなった。そのことについて、どう思うのかと尋ねている」


「な、なるほど、そういうことでしたか!」


 理解したチャールズは、声を弾ませて言った。


「クライス公爵の計画は、実に酷いものだと思います! 皇帝陛下の仰る通り、我が娘が死ぬところだった! 帝国の方々にも甚大な被害を及ぼす恐れがありました! そんなことをしてまで得るものなどありません!」


 クライスが「チッ」と舌打ちする。

 チャールズのことを殴りたくて仕方なかった。


(お前だって俺と同じ穴の狢だろうが! なんでいい扱いを受けてるんだよ!)


 そうは思うものの文句は言えない。

 クライスは必死に耐えていた。


「それではチャールズ、そなたのクライスに対する評価を詳しく聞かせてくれ。先代は優秀だったとのことだが、彼はどうだったのだ?」


 チャールズは、矛先がクライスに向いていると思ってウキウキしていた。

 故に、彼は遠慮することなく捲し立てる。


「クライス公爵は……はっきり言って浅はかという他ありません。そもそも、彼は愛妾のリリアンがいなければ何もできない。リリアンの策も無謀なものばかり。一度、公爵家と提携して景気刺激策を行ったことがあるのですが、その時も酷いものでしたね!」


「なるほど、クライスは先代と違って“無能”というわけだな」


 ヴァルタリオ皇帝が笑みを浮かべる。

 あえて「無能」という強い言葉を使ってクライスを貶す。

 その様子を見て、チャールズはますます気を良くした。


「はい! 無能と評して差し支えないでしょう! ですから、エドヴァール王もクライス公爵から権限を剥奪し、今では形だけの公爵となっております! いやー、こんな酷い話、聞いたことありませんな!」


 ヴァルタリオ皇帝を喜ばせようと、「がっはっは」と笑うチャールズ。

 それによって皇帝は笑みを浮かべたが、ブチ切れる者もいた。


「チャールズ! お前、何調子いいこと言ってんだ!」


 クライスだ。

 彼は首筋に血管を浮かばせながら吠えると、続けざまに言った。


「お前だってエマの誘拐に加担した畜生だろうが! なに被害者面でペチャクチャ話しているんだァ! ぶち殺すぞクソジジイ!」


 我慢が限界を超え、クライスはぶちまけてしまった。

 そして、言った直後に気づく。

 うっかり誘拐計画について認めてしまったことを。


「あ……」


 慌てて両手で口を押さえるクライス。

 しかし、ひとたび吐いた言葉は飲み込めない。

 彼の自白によって、場が凍りついた。

お読みいただきありがとうございます。


本作をお楽しみいただけている方は、

下の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』にして

応援してもらえないでしょうか。


多くの方に作品を読んでいただけることが

執筆活動のモチベーションに繋がっていますので、

協力してもらえると大変助かります。


長々と恐縮ですが、

引き続き何卒よろしくお願いいたします。

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