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011

 翌日。

 早朝、帝都アインフェルトには貴族の馬車が集結していた。

 玉座の間に、公爵以下、爵位を持つ大貴族たちが顔を揃える。

 アルフォンスを始め、軍の幹部もその場にいた。


「皆の者、レイヴンの話は理解したな? 我がライオット帝国は、総力を挙げてエマの誘拐に関与した国を突き止める」


 ヴァルタリオ皇帝は立ち上がると、大号令を下した。


「他国に同様の真似をさせないためにも、最優先事項として全力で捜査に取りかかれ! 他の国に潜ませている内偵も全て活用しろ! あらゆる手段を使って、関与した国、もしくは犯人を特定せよ!」


 こうして、ライオット帝国は本格的な調査に乗り出した。


 ◇


 数日後。

 帝国による徹底調査の結果が早くも現れた。


「この情報……本当なのだろうな?」


 ヴァルタリオ皇帝と息子のレイヴンが、一枚の報告書を眺める。

 そこには、エマの誘拐にバルガニア王国の貴族が関与していると書かれていた。


「複数の情報筋より得たものですから間違いございません。ただ、記載してあります通り犯人の特定には至りませんでした……」


 そう述べたのは、帝国の公爵だ。

 貴族の中では最上位の地位にあり、その手腕には誰もが一目を置いている。


「さすがに影を踏ませる程度で、尻尾を掴ませてはくれないか」


 レイヴンは苦々しい面持ちで呟く。


「とはいえ、バルガニア王国が関与していることは分かった。従属国とはいえ、それなりに友好関係を築いてきたと思ったが、まさかこのような裏工作をしてくるとはのう」


「父上――いえ、陛下、直ちにバルガニア王国を攻めましょう。これは我が国に対する重大な反逆行為です」


 レイヴンが怒気を含んだ声で訴える。


「そう先走るな」


 ヴァルタリオ皇帝は、血走った目のレイヴンを見ながら思う。


(珍しいな。いつもは冷静な息子が取り乱しておる。エマに対して、特別な感情を抱いているのだろう)


 父親としては、我が子が恋をしてくれて嬉しく思う。

 ただ、このような場なので、そういった話に時間を割けない。


「バルガニア王国には厳重な抗議文を送るとしよう」


「え? たったそれだけですか? エマを誘拐されかけたのに!」


 レイヴンが前のめりになる。


「何事にも順序というものがある。公爵の情報は確かだと思うが、いかんせん証拠がない。だから、まずは遺憾の意を表明するに留めておく」


「分かりました……」


 レイヴンは込み上げる怒りを必死に押し殺した。

 ヴァルタリオ皇帝の言うことが正しいと彼自身も思っている。

 故に引き下がったが、それでも、我慢するのは難しかった。


 ◇


 バルガニア王国の王都ロベリオン。

 王城にある玉座の間で、国王エドヴァールが抗議文を読み上げる。

 その目は血走っており、紙を持つ手はプルプルと震えていた。


「――貴国の貴族が起こした問題について、速やかな事実確認および相応の処分を求めるものとする」


 エドヴァールが読み終えると、貴族たちがざわついた。

 クライス公爵とチャールズ伯爵はバツの悪そうな顔をしている。


(帝国の動きが速すぎる……! 証拠の隠滅が間に合わなかった……! だが、特定されずに済んだの不幸中の幸いだったな……!)


 クライスの背中は冷や汗でぐっしょりと濡れていた。

 チャールズにいたっては首筋から滝のように汗を流している。


「誰だ……? 誰がエマを誘拐しようとした! 国の経済が傾いているこの状況下で、んな愚かな真似をしたのは誰だ!」


 エドヴァールの声が玉座の間に響く。

 しかし、その言葉に反応する者はだれもいない。


「誰がやったにしろ、あまりにも浅はかですわ。ライオット帝国が抗議文で済ませてくれたからよかったものの、もしも貿易制限などを課されていたら、我が国は完全に滅びていました」


 イザベラ王妃が呆れ顔で言う。


「俺も王妃様と同意見だ。訳あって離縁したとはいえ、エマはかつて俺の妻だった女だ。そのような相手を誘拐しようというのは、ライオット帝国だけでなく我が公爵家に対する攻撃でもある!」


 しれっと言ってのけるクライス。

 これにチャールズが便乗した。


「エマは私の娘でもある。その娘に危害を加えようとすることは、決して許されることではない。おおかたエマを国に連れ戻せば海が穏やかになるとでも考えたのだろうが、だからといってやっていいことといけないことがある。誰が犯人にせよ、もう少し頭を使っていただきたい」


 二人はあくまでも「自分は被害者だ」とばかりに捲し立てる。

 国王や王妃、そして他の貴族は、内心だと呆れかえっていた。


 ただ、誰もこの二人が犯人だとは気づいていない。

 まさかそこまでのことをしでかすとは思いもしていなかったからだ。

 二人はただ「自分は無関係」と訴えたいだけだと思っていた。


「とにかく、この件を野放しにはできない。大変だと思うが、皆には刺客を放った者の正体を突き止めてもらいたい」


 そう言って、エドヴァールは話を終了させた。

 こうして、クライスとチャールズは、首の皮一枚のところで生き長らえた。


 ◇


 玉座の間を出ると、クライスとチャールズは並んで廊下を歩いた。


「危ないところだったな」


 小声で話すクライス。


「しかし、面倒な事態になりましたな」


 チャールズがうなずく。


「妙な疑いをかけられたままじゃ困る。別の手段を講じるしかないようだな」


 チャールズは「ですな」と同意しつつ、内心では違うことを考えていた。


(先代の公爵は優秀だったが……この男はダメだな。囲っているリリアンとかいう女も役に立たん。どこかで切らないとな)


 チャールズは、既にクライスを見限っていた。

 今ではどうやって責任をなすりつけるか画策している。


 ただ、それを考えるには遅すぎた。

 既にチャールズも超えてはいけないラインを超えている。

 クライスが洗いざらい喋った場合、自身もただでは済まない。


(景気刺激策の誘いを受けたばかりに……私の勘も鈍ったものだな)


 チャールズは己の選択を悔いた。

 しかし、エマを追い出したこと自体は、未だに正しいと思い込んでいた。

 クライスより些か賢いだけで、こちらも救いようがない。


お読みいただきありがとうございます。


本作をお楽しみいただけている方は、

下の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』にして

応援してもらえないでしょうか。


多くの方に作品を読んでいただけることが

執筆活動のモチベーションに繋がっていますので、

協力してもらえると大変助かります。


長々と恐縮ですが、

引き続き何卒よろしくお願いいたします。

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