#7 序章 7話
ジュリアス、マリウス、レヴィンの3人は、ヘザーの街の教会の地下にて、祭器である精霊の瞳を手に入れた。
その後3人は元の装備に着替え、グラフェスの部屋に案内された。
「来ましたか。3人共にご苦労様でした。
キミ達が持って来た物をメアリー修道士長から受け取り確認しましたが、精霊の瞳で間違いありません」
グラフェスは机の上に箱に収まった精霊の瞳と呼ばれる冠を机の上に置いた。
目の前に置かれた精霊の瞳を見るジュリアス、マリウス、レヴィン。その様子をグラフェスはじっと見ている。
「ふむ。真ん中のキミ。マリウス君……だったね?」
「はい」
「ここからモーリス神父に渡すまでの間、精霊の瞳はキミが持っていて下さい。そして、他の人間には一切触らせない様にして下さい」
「え?僕がですか?僕はジュリアス達の付き添いで、今回のお使いは2人の役目なんで、2人のどっちかが持ってた方が良いと思うんですけど……」
「それについて何か言われたら、私の指示だと伝えれば大丈夫でしょう。いいですね」
「わ、わかりました」
柔らかい物腰ながら有無を言わさないグラフェスの口調に、マリウスは最低限の言葉しか返せなかった。
「この後、精霊の瞳を見せびらかせたり、持っている事を吹聴しない様に。また、当教会でどの様な体験をしたかも誰かに伝える事を禁じます」
「兵士のおっちゃん達に何か聞かれると思うけど、その時は?」
「レベン村の……いや、オルガ隊長に聞かれた事には答えても良いでしょう」
「隊長さんだけ……」
「そうです。この時期は毎回良からぬ者も現れますから、念には念を入れるのです。必ず守って下さいね」
こうして、ジュリアス、マリウス、レヴィンの3人が教会を出ると、日が落ちていた。
3人が育ったレベン村では夜は、村の入口と兵士達の駐屯所の前にある僅かな灯りと、見回りをする兵士の持つ松明だけなので夜の村は暗い。
しかし、通りの所々に街灯があり、店の前には篝火や提灯があり、教会の地下程ではなかったが月明かりもあって、レベン村の夜よりもずっと明るかった。
夜の街の光景を初めて見て驚いているジュリアスとレヴィンに、教会の入口まで見送りに付き添った若い修道士トーマスから、街灯は魔力を注ぐ事で機能する魔導具と呼ばれる物である事を教わる。
トーマスに挨拶をして、ジュリアス達3人は真剣に話していた司祭の姿を思い出し、グラフェスやモーリスが言う良からぬ者を意識して少し緊張しながら、駐屯所に向かった。
照らされる商店街を進んでいると、3人の前に大柄の男が立ち塞がった。
「いよ〜、坊主達。そんな顔してどうした?
何か困り事かぁ?」
「え?あ、いえ、何も困ってないです」
「そうそう。用事が済んで帰る所だから大丈夫」
「遠慮するこたぁ無ねぇ。オレは親切で通ってんだ。向こうに馴染みの店があるから飯でも奢ろう」
男は親切そうに振る舞っているが、3人を値踏みする様に観る目に、腰に備えたブロードをいつでも抜ける様にしている等、3人は胡散臭さを感じ逃げ様とするも、その前にジュリアスが男に捕まった。
「こんな所に金髪で色白な子供がいるとは珍しい。さあ、飯に行こう」
「は、離してくだ……」
「良い子にした方がいいな〜。子供は大人の言う事を聞かないとなぁ」
「何をしてるの?」
声が聞こえると同時に、ジュリアスの横を何かが勢い良く通り過ぎ、ジュリアスは驚き目を瞑った。
ジュリアスがゆっくり目を開けると、屋台の串焼きを手に持った、黒と赤の服とズボンを着て、腰に細身の長剣を携えた女剣士が、男の尻を蹴り上げていた。
「な〜にやってるのかしら?」
「ぐっ!?クソアマ!なめたマネを!」
男は激高するとブロードソードを鞘から抜いた。対する女剣士は、何もなかったかの様に串に残っていた肉を食べた。
「この、ふざけやがって〜〜っ!」
男が思い切り振り下ろした剣は空を切った後、勢い良く地面を転がった。そして、男は膝を付き、剣を持っていた手を掴んで呻く。
ジュリアス達が男をよく見ると、女剣士が持っていた串が男の手首を貫通していた。
女剣士は冷たい視線を男に向けたまま、ゆっくりと男に近付いた。
「ふざけやがって……って失礼ね。ちゃんと相手をしてやったじゃない。
ま、貴方程度にはお肉の串でもお釣りが有り過ぎたわね。
でも、どうしてもと言うなら、喉か眉間を刺し直してあげるわよ?」
男は青ざめ、ガクガク震えている。
「陽が落ちて来たとはいえ、天下の往来で子供相手にふざけたマネをしようとした貴方をどうすべきかしら?」
女剣士がにこやかにな表情をしつつも男に対するプレッシャーを強めた。
男は既に完全に戦意喪失していたが、さらなるプレッシャーを受けて逃げ出した。しかしその直後、物影から蹴られ地面を転がり伸びた。
男を蹴ったのはジュリアス達がレベン村から一緒に来た兵士の1人、ウェッジであった。
「ウェッジさん!」
「よう!」
「あら、知り合い?それにしては隠れてたみたいだけど、どうしたのかしら?」
女剣士の一言で、マリウス達は自分達が絡まれてる時にウェッジが隠れて見てた事を知り、女剣士の後ろから3人でウェッジをジト見した。
「やっぱ気付いてましたか?」
「えぇ。なかなか上手な隠れ具合だったわ」
「あ、ありがとうございます」
「で?」
「……超一流の、“超美人”女剣士様の見せ場を奪っては申し訳ないと」
「う〜ん♪……本当は?」
「上官の指示でギリギリまで手を出すなと……」
そんなやり取りをしていると、騒ぎを聞きつけた4人の兵士達が、ジュリアス達の元に駆け付けた。
「お前達!これは一体何の騒……あ!?貴方様は!」
「おい!」
兵士達は女剣士を見るやいなや、女剣士の前に横一列整列すると姿勢を正した。そして、年長者らしき者が一歩前に出ると、緊張した様子で女剣士に問いかける。
「私達は、住民からこちらで騒ぎが起こっているとの通報を受けて参じた、この街の守備隊でございます。何事でごさいましょうか?」
「そこで伸びてる男が、こっちにいる金髪の少年を連れ去ろうとしたのを阻止した所よ」
「!?この子達は、そこにいる南東山間部守備隊連隊の者の隊長オルガ様に連れられ、レベン村より参った者達でございます」
「あら、オルガ隊長の……わかりました。では、その男の事は任せます。あと、オルガ隊長の所に案内をお願いできるかしら?」
「はっ!」
「では、案内します」
「この街の者として私も……お前達、オルガ隊長の所へご案内するから、お前達はそこの男を連行を頼む」
年長者らしき兵士の言葉にこれまで黙って畏まっていた兵士達は力強く頷くと、素早く男の手を縛り連行して行く。
ジュリアス達には、兵士達はテキパキ動くもガチガチに緊張している様に見える他、女剣士をずっと気にしている様にも見えた。
ジュリアス達は兵士達のやり取りを黙って見つつ、改めて女剣士を見てみると、着ている服はこれまで見た誰の物より上等に見え、女剣士自身にも品の良さの様な物を感じ、何より兵士達の様子から女剣士はどこかのお偉いさんでないかという考えが浮かび、黙ってはいたがどうしたらいいのか落ち着かないでいた。
「キミ達。私はこれからオルガ隊長の所に行くけど、一緒に行く?それともこれからどこか行く所だったかな?」
ジュリアス達は声をかけて来た年長者らしき兵士の顔をマジマジと見て、町に入る時に対応した兵士である事に気付いた。
「あ、えっと、僕らも隊長のとこに戻る所です」
「そっか。じゃあ一緒に行こう」
兵士と女剣士について、ジュリアス達の3人は駐屯所まで戻って来た。
年長者らしき兵士は先にフランシスカ達を中に通すと、女剣士の隣りに並ぶと直立不動の姿勢を取り、叫んだ。
「告!総員整列!」
兵士の叫び声に、他の兵士達は物凄い勢いで女剣士の前に2列横帯で並び、ジュリアス・マリウス・レヴィンの3人はその様子に呆気にとられていた。
「えっと……あの、オバ_ 」
「う〜ん……何?良く聞こえないわ。もう一度良いかしら?」
レヴィンは女剣士から迸る殺気と共に言葉を遮られ、足がガクガクと震えた。
「はっはっはっ。レヴィン、妙齢の女性にその言葉は命取りだぞ」
笑いながら兵士達の隊長であるオルガが降りて来た。静まり返ったフロアに、オルガの足音が響く。
オルガの姿を見て、竦み上がっていたレヴィン達の体から緊張の強張りが取れた。
「あ〜、アシュレイ卿。お久しぶりです」
「卿はお止め下さい。皆からは隊長と呼ばれておりますので、どうかその様に」
「わかりました」
オルガは直立不動の兵士達に声をかけると、兵士達は息の揃った動作で休めの姿勢を取る。
「な、なぁ?隊長が敬語で話しるぜ」
「うん。隊長さんが敬語使うのって、モーリス神父やシスタークラレンスとか明らかに歳上の人だけだぜ」
「もしかして、凄く偉い人とか?……あれ!?」
ヒソヒソと話し合うジュリアス達だったが、ふと気付くと女剣士の姿が突然消えた。そして次の瞬間、ジュリアスとレヴィンは背後から肩に手を置かれ、振り返ると手の主は女剣士だった。
「何かな〜?少年達。お姉さんの事が気になっちゃったのかな〜?」
「え?、え⁉」
「金髪のキミは可愛い系の美少年だけど、黒髪のキミはカッコいい系の美少年で、茶髪のキミは二人より少しお兄さんかな?知的そうな美少年……三者三様で良いわね〜」
「あ、あの、お姉さんは一体……」
「な〜に?お姉さんの事がそんなに知りたいの?じゃあ、今夜はお姉さんとベッドに行きましょうか」
「はいはい。10歳前後の子供を相手に何を言ってるんです?」
オルガは手を叩きながら女剣士に近付くと、女剣士をジュリアス達から引き離し、ジュリアス達を兵士達の前に並ばせた。
「あ〜……こちらの方は、白銀聖剣士ガルーダのフランシスカ・クィンス様だ」
「ガ、ガルーダ……」
「やはりあの方が!」
オルガがフランシスカを紹介すると、兵士達が声を抑えつつどよめくも、オルガが咳払いをすると兵士達は口を閉じ姿勢を正した。
「フランシスカだ。レベン村での任務にあたり、諸君らと合流する旨の指示を受けている。しばらくの間、よろしく頼む」
「「「はっ!」」」
兵士達は足を閉じ、一斉に敬礼をフランシスカに対し敬礼をする。
「「えぇ〜〜〜〜〜!」」
「ほ、本物の聖剣士様!?」
「マジか〜〜〜!?」
「お、おい、レヴィン、ジュリアス。ガルーダって事は、ただの聖剣士じゃない!しょ、称号持ちの聖剣士だぞぉ!」
マリウス3人は盛り上がった。大いに盛り上がり、それまで室内に立ち込めていた緊張感はキレイになくなった。
子供達にとって聖剣士は憧れの存在であるのは大人達はわかっていたつもりだったが、マリウス達3人が興奮する様を見てその事を再認識して、オルガ達はほっこりした気分になってた。
「ふふふ……はっ!?おい、レヴィン。お前達、グラフェス司祭からちゃんと物は受け取って来たのか?」
「え?な、何が?……い、いだ!?痛いッス」
「お・ま・え・た・ち・は、何しにこの街に来たのかな?」
オルガは拳の尖った所でレヴィンのこめかみをグリグリと締めた。
「あ⁉あ〜……ちゃ、ちゃんと持って来ましたよ。
あれはマ、マリウスが……いたっ⁉ちょ、マリウス〜〜!」
マリウスは慌てて荷物袋から精霊の瞳が入った箱を取り出すと、急ぎ箱をオルガとフランシスカの前に差し出して、その蓋を開けた。
「ふむ。よくやったな」
「へ〜、これが……なるほどね」
「良し。では、今日はヘザー駐屯所で休んで、朝一で出発してレベン村に戻る」
ヘザーの駐屯兵達は白銀聖剣士を囲んでの宴会となり、マリウス、ジュリアス、レヴィンの3人もここぞとばかりに食べまくる。
食事の後すぐに汗を流し、ベットに案内された3人は、ベッドに寝転んだとたんに眠りに睡魔に落ちた。
翌朝、爆睡していた3人はウェッジに起こされ、身支度を整え用意されたホットドックと果実水を食べていると、広間にフランシスカが現れた。
妙齢の美人であるフランシスカが現れただけで広間の空気感が変わる。
「おはよ。ジュリアス、マリウス、レヴィン。昨日はお姉さんのお酒に付き合ってもらおうと思ったのに、部屋を覗いたら3人ともグッスリで寂しかったわ〜」
フランシスカに撫でまわれた3人はドギマギしてどうしていいかわからないでいると、オルガがやって来てフランシスカの肩を手を置いた。
「フランシスカ……様。ね、相手は年端も行かない子供ですから。
教育上よろしくないですから……」
「ちょっと!人を痴女か変態の様に言わないでくれる?
かわいい仔猫達が目の前にいたら撫でたくなるし、愛でたくなるわよね?それと同じ事よ。」
「そうッスね。仔猫ならたしかに撫で回したいですよね〜。
あ、隊長!準備できました」
フランシスカを宥めつつ、出立の準備ができた事を報告しに来たウェッジ。
文句を言うフランシスカを尻目に、オルガは兵士達に指示を出し、フランシスカに食事を促す。
フランシスカが食事を終えたのを見計らって、オルガはマリウス達3人、ウェッジとラート、フランシスカと共に駐屯所を出て街の入口に移動する。
入口では街に来た時と同じく、兵士達からチェックを受けるも、フランシスカに気付いてからは兵士達はガチガチに緊張したのであった。
チェックが終わり一行はヘザーの街の門を潜る。
ジュリアス、マリウス、レヴィンの3人は振り返り、レベン村を出て色々あった事を思い出すも村を出て数日しか経っていないという事に不思議な感じがしつつ、オルガ達の後に続いてヘザーの街を後にしたのだった。