#3 序章 3話
モーリス神父のお遣いでジュリアス、マリウス、レヴィンの3人は、レベン村駐屯隊の兵士達と共に村を出発し、徒歩で移動していた。
「いや〜しかし、3人で一番おとなしいジュリアスに彼女がいるとはな」
「なかなか、かわいい子だった。泣かせるなよ」
「年長組になったら、可愛い彼女を守れる様にしっかり鍛えてやるからな」
一向が村を出発する際に、ジュリアスの見送りに駆け付けた少女エミリアの事で、ジュリアスは兵士達から弄られていた。
しばらく道沿いに進み、1本の大木の下に差し掛かると、駐屯隊隊長オルガの指示で休憩を取った。
晴天で朝から日差しが強く、マリウス、ジュリアス、レヴィンの3人は休憩の号令を聞くなり、木陰に腰を下ろした。
「ふ〜。あじぃ〜」
そう言うなり、レヴィンは水筒の水をゴクゴク飲み、マリウスは水を何口か飲んでエミリアにもらった密棒を口に齧る。
そこに、茶髪で角刈りの兵士ペーゼがやって来て、汗を拭い休んでいるジュリアスに水筒を差し出す。
「ジュリアス。水筒を持ってないなら私のを飲むといい」
「大丈夫です。自分のは持ってます。でも、まだそんなに喉乾いてないんです」
「この後は獣道で普通の道より体力を使うし、今日は朝から日射しが強い。
こういう時は小まめに水分補給をしないと、今は良くても後で体調が悪くなるんだ」
「水分補給をナメてると、マジで体調崩す事に繋がっぞぉ〜」
「なるほど。わかりました」
ペーゼとウェッジの説明を受け、ジュリアスも水を飲む。
20分程経った頃、オルガが全員に装備の見直しを命じ、兵士達は装備品を身に付け直したり等をする。
マリウス達も何となくレザーアーマーの下のズボンの紐を締め直したりしていると、オルガが腰に手を当て全員に声をかける。
「よし!では、村を出る前に話したが、まずは我々の用事を済ますために、ここからは獣道を行く。
狭い所ではマリウスはウェッジ。レヴィンはエゼント。ジュリアスはラードの後にくっついて行け」
「「「は、はい!」」」
「広がれる所では、マリウス達を中心部に先頭がオレ、ウェッジとエゼントは右、ペーゼとラートは左、ビックスがケツだ」
「「「「「はっ!」」」」」
一向はオルガを先頭に道なき道を進む。
道を下ったり登ったり、右へ左へ何度も曲がり、太陽が真上に差しかかかる頃には、マリウス、レヴィン、ジュリアスの3人はバテバテで槍を杖代わりにオルガ達の後について行くのに精一杯で、口を開く余裕もなくなっていた。
「気のせいかな。何か……妙にクネクネ……進んでない?」
「そ、そう言われると、そんな気がする……」
「そんな事より、いつまで歩くの……?レ、レザーアーマー着てる分、あ、あづい……」
さらに進んでジュリアスが迂回ばかりしている不自然さに気付く。
ジュリアスの疑問に、隣を歩く筋肉隆々の兵士エゼントが答える。
「ふふ、クネクネ進むのはお前達に危険が少ないルートを選んでいるからだ。
それと、お前達が道を覚えない様にさせる意味もあるのさ」
「な、何で、そんな事すんのさ?必要なくない?」
レヴィンの抗議にマリウス達もコクコク頷く。
「それはこれから行く場所は、本来子供は連れてかない所……って、だらしねぇなぁ」
上り坂から平面になった所で、ジュリアスとレヴィンは地面に倒れ込み、マリウスもだらしなく地面に座り込んだ。
程なく最後尾のビックスも登って来て、一方は小休止を取る事になる。
「まぁ〜、ジュリアスとレヴィンはまだ訓練前だからしょうがないとして、マリウスは年長組でちょっとは訓練してるのに、もうヘバったのか?」
「おれ、頭脳派なんスよぉ……」
「ウェッジ、そう言うな。マリウスは年長組と言っても今年入ったばっか__ 」
ウェッジはラートに窘められてる途中、急に真顔になりマリウスをすくい上げると、その流れのまま最後尾のビックスに向かってマリウスを投げる。
ジュリアスとレヴィンの前にラートとエゼントが回り込み、ウェッジと同じ方向に軽く身構える。それとほぼ同時に、長く鋭い爪を持ち大人よりも大きな鳥が、片方の爪を正面に持ち上げ飛び出して来た。
まるで巨大な矢の様に真っ直ぐな軌道でウェッジに迫るが、ウェッジはブロードソードで迫り来る爪の軌道を反らし、横回転しながら爪の軸足を付け根から切り落とす。
足を片方失い倒れ込む獣に、エゼントがハンドアクスで一撃を加え、太い首を両断した。
マリウス達は何が起こったかすぐには理解できずにいたが、辺りを何度も見渡して、何となく状況を理解した。
「す、すげぇ……」
マリウスの呟きに、ジュリアスとレヴィンは何度も頷く。
ウェッジは剣を鞘に収めると、切り落とした足から爪を剥ぎ取り、ラートに声をかけられたエゼントとペーゼは軽く穴を掘り始める。
「おめ"ぇ達、怪我はね"ぇな?」
「う、うん」
ビックスはマリウスを下ろし、ジュリアスとレヴィンに怪我が無いのを確認すると、倒した獣を持ち上げ土を落とし始めた。
「あの、ビックスさん。何してんの?」
「下処理だ」
レヴィンの質問に短く答えると、ビックスは切られていない方の獣の足首に切れ込みを入れ、獣の足を持ってエゼント達が掘った穴の上にかざすと、切断された獣の首から血が流れ落ちる。
血がほぼ流れ落ちなくなると、ビックスは羽根を毟り始め、毟り取った羽根も穴へと入れる。
羽根を毟り終わると、腰からナイフを抜くと、獣の腹を切り開き内蔵を切り落としていく。その光景を見たマリウス達は青ざめ、レヴィンは吐きそうになる。
「そんな顔をするな」
マリウス達が振り返ると、声の主は休憩中一行から離れていたオルガだった。
「その獣は、飛べない代わりに硬く鋭い爪と強靭な足を持ったジョコボと言う鳥で、今日の昼飯となる」
「ジョコボ……あ〜、ごくたま〜に村に入ってくる、普通の鶏肉より美味い鶏肉!」
「そうだ。そして、爪は刃物の代わりとなるし、今日は捨てるが羽根はベッドなんかに使いもする。捌く光景は残酷かもしれんが、お互いに生存を賭けて戦い、我々の糧となってもらうその命に感謝せねばいかん」
レヴィンは吐き気を堪えマリウスとジュリアスの隣りに立ち、ジュリアスを胸の前で手を組み無言で祈りを捧げた。
そんな3人の頭を、すぐ側にいたエゼントが撫でる。
「ペーゼ、酒が水を」
「あぁ」
ビックスはペーゼから水筒用の革袋を受け取ると、捌いたジョコボを酒でサッと洗った。
「ラート。終わっだ」
「よし、じゃあこっちで肉を広げててくれ。ペーゼ達は穴を埋めてくれ」
ラートの号令でペーゼ、エゼント、ウェッジが穴を埋め、ラートはビックスの持っている肉に香辛料を振りかけている。それらが終わるとオルガが口を開く。
「良し、終わったな。ジョコボと一戦交えた様だが、マリウス達は少しは奮闘できたか?」
からかう様にニヤリとしながらマリウス達に聞くオルガに、マリウス達はバツが悪そうに目を逸らし、ジュリアスがマリウスとレヴィンの顔をチラ見しながら答える。
「な、何が何だかわからない内に終わりました……」
「はっはっは。そうか。3人の初陣は惨敗だったか」
「ぐっ、ぐぬぬぬ……」
「危険の少ないルートを選んで進んでいたが、森は危険があると言う事がわかっただろう。もし、お前達が将来狩人や我々の様な戦士になるのなら、これからしっかり鍛えないとな」
「オレは先々商人として、あちこち巡って稼ぐ予定だから、レヴィンとジュリアスがんばれよ〜……うひゃ!?」
自分は関係ないと頭の後ろに手を組んだマリウスの脇を、ウェッジが後ろからくすぐった。
「こんな様じゃあ、すぐ野垂れ死んじまうぞ〜」
「ふふっ、そうだな。まぁ、とりあえず詰め所まで移動しよう」
「「「えっ!?」」」
マリウス達3人の腹が空腹を告げる。
「休憩したろ?」
「じゃここで、肉の下拵えしないで下さいよ……これからメシだと思ったのに〜」
「これから行く所で血をドバドバ出すわけにはいかないのさ」
「場所的に……匂いが立ち込めやすい。血の匂いに惹かれて獣達が集まったりしたら、無用な戦闘になりかねん」
「そうそう、それ!第一、お前達も血の匂いがする中でメシ食いたくないだろ?」
「それはそうだけど〜……」
ウェッジの説明にラートが補足するのを聞きながら、マリウスはそれとなく兵士の様子を見ていた。
そんなマリウスの頭にオルガが手をポンと置くと、ワシワシと撫でる。
「な〜に拗ねてやがる。心配しなくても、後でラートがジョコボを美味しく調理してくれる」
「あぁ。さっき香辛料もしっかり仕込んだ。村での食事とは違った野営ならではの食事を用意してあげるから、楽しみにしておきなさい」
「へ〜い……」
こうして一行は、再び山の中を歩き出す。
しばらく坂道を下ると木々が途切れ、マリウス達の目の前に岩山が広がった。
岩山の下には金属の扉があり、3人の兵士が扉の前に立っていた。
3人の兵士達は、オルガの姿に気付くと姿勢正して敬礼をする。
「御苦労。問題は無いな?」
「はい!もちろんです」
「そうか。では、ウェッジはオレと中。エゼントとペーゼは周囲を巡回。ビックスはラートと食事の準備で、マリウス達はその手伝いだ」
オルガの号令で一斉に動き始めるも、ジュリアスとレヴィンは青ざめた顔をして動けずにいた。オルガはそんなジュリアスとレヴィンに優しい声をかける。
「どうした?ジュリアス、レヴィン。大丈夫か?」
「ここに着いた辺りから、少し気持ち悪くなって来た」
「僕もです。あ、あと……何かその岩山が妙に嫌な感じがして……」
「あ、わかる……」
歯切れ悪く喋るジュリアスとレヴィンを、マリウスは様子を伺う様に見た後岩山に目をやって、ジュリアス達に質問を重ねる。
「嫌な感じというのはどんな感じだ?」
「え?何か、気味が悪いって言うか……」
「ジョコボを捌いてるのを見た時に感じた気持ち悪さに似てるかも……」
「そうか」
オルガはマリウスに目を向け様子を伺う。
「マリウス。お前は大丈夫そうだな?」
「えぇ。少し疲れてるくらいですね」
「ふむ……。じゃあ、とりあえずレザーアーマーを脱いで、木陰で横になっていろ。マリウスは二人を観ている様に」
そう言うと、オルガは岩山に歩いて行き、扉の中に入っていった。
マリウス達は木陰に移動するとレザーアーマーを脱ぎ、ジュリアスとレヴィンは木の根元に寝転び、マリウスも木陰に座り込んだ。
3人は気持ち悪さが酷いながらも何となく視線が引き付けられて岩山を視界に入れると、岩山から黒いモヤの様な物が立ち昇ってるのを見た気がした。
しばらくして近付いて来る足音に気付き、マリウスが顔を上げると、オルガが木のコップと桶持ってマリウス達の下へやって来た。
「ジュリアス、レヴィン。大丈夫か?ほら、これを飲むといい。マリウスも」
マリウスはオルガから木のコップを受け取り、ジュリアスとレヴィンも体を起こすとオルガから木のコップを受け取った。
コップの中には薄っすら黄色い液体が入っていた。3人は少し口に含んで味を確かめた後、一気に残りを飲み干した。
「美味しい」
「「美味い」」
「はっはっは。冷えた水にレモンとかを絞った物だ。美味かろう。
ほら、手拭いをこの桶で濡らして、顔や体を拭くといい」
マリウス達は目の前に置かれた桶の中の水に手拭いを浸けて絞ると、顔、首、体と拭いていった。
一通り拭き終わると、レヴィンは寝転がった。
「どうだ?ちょっとは良くなったか?」
「さっきより楽になった気がします」
「オレも」
「そうか。とりあえず、オレ達の用を済ませてくるから、食事の準備ができるまで休んでいろ」
「「「はい」」」
オルガが離れると、ジュリアスとレヴィンは木陰で再び寝転び、マリウスは木の根に座り、幹に持たれかかった。
時折吹く風が心地良く、3人はしばしウトウトとするのだった……。