#28 第1章 15話
中央棟最上階の部屋にノックをする事も無く入って行くラース。
ラースの後に続いてレヴィンも恐る恐る部屋に入ると、ヴァリストン聖剣学院の学院長、アルベルト・ローマス・ランカークスが部屋の奥の机で書き物をしていた。
「やい、ジジイ。連れて来たぜ」
「え!?」
「おぉ、ミスターレヴィン。よう来た。
ここに座りなさい」
レヴィンはヴァリストン聖剣学院の学院長であるランカークスをジジイと呼び、更にそれが咎められない事で2度驚いたが、当の本人であるランカークスに促され、ランカークスの正面の椅子に座った。
それを見たラースは、ランカークス達に背を向けた。
「じゃ、オレ様は帰るぜ~」
「何を言うておる。話しが終わった後、プリフェクト生であるお主がミスターレヴィンを寮まで連れて行かんでどうする」
「ちっ」
ラースは大きな舌打ちをすると、入口付近のソファーに寝っ転がった。
「さて、ミスターレヴィン。何故キミに来てもらったかと言うと、確認のためじゃ」
「はい」
いくつか咎められそうな事に心当たりがあるレヴィンは、内心ビクビクしていた。
「3ヶ月程前、キミは夜中に森に入ったな?」
「あ、は……入りました」
「へ〜、やるじゃねぇか。そんな連絡聞いてねぇぜ」
レヴィンは誤魔化そうとも思ったが、ランカークスは全部お見通しと言わんばかりの雰囲気で正直に話し、その直後にラースの茶化しが入り、レヴィンは雀の涙程気持ちが軽くなった。しかし、ランカークスは、ラースを無視して話しを続ける。
「ミスターレヴィン。3ヶ月も前なんじゃが、キミは森で怪しい者達と遭遇しておるはずじゃが、何人じゃったか思い出せるかの?」
「えっと……たしか5〜6人……だった様な。でも、暗かったし、その後少しして気を失ったんで、あんま自信ないです」
「なっさけねぇ。せめて一矢報いろよ」
「したよ!剣を抜きながら左右に近付いて来た所に、左右同時に股間にパンチして、両方クリーンヒットだったよ!」
それを聞いたラースは口角を上げて面白がった。
「いいな。囲まれて逃げれないとは言え、そのチョイスはウケるぜ。で?倒したのか?」
「1人はめっちゃ効いてましたけど、もう1人は女で全然効かなくて、逆に蹴り飛ばされて背中と後頭部を打って……気絶しました」
ラースは体を起こすと呆れた様子で足を組む。
「なってねぇなぁ。女の股間に手を突っ込んだんなら、そのまま天国を見せてやらねぇでどうする」
「天国?地獄じゃなくてですか?」
「そうだ。男なら地獄を見せてやり、女なら天国を見せてやるのは当たり前の事だろう。
オレ様ならヒーヒー言わせて反撃させねぇぞ」
「こりゃ」
ランカークスはややのんびりとした声とは裏腹に羽ペンを勢い良くラースに投げつけるが、ラースも表情を変える事なく人差し指と中指で羽ペンを受け止めると即座に投げ返した。
ランカークスは投げ返された羽ペンを受け取ると、ペン立てに戻す。
「純粋な少年に向かってその様な下世話な事を言うでない」
「けっ」
ラースはふてくされてソファーに寝転んだ。
「さて、ミスターレヴィン。話しを戻そう。
怪しい者達に出くわした際やその前後で、何か気になる事はなかったかの?」
「えっと……」
「なぁ、ジジイ。3ヶ月も経ってから、今更そんな事聞くなんて遅くねぇか?」
にこやかに問いかけるランカークスにラースがつっこむと、ランカークスの顔が僅かに曇った。
「事が起こって直ぐに調査を手配しておったから、当初はミスターレヴィンに聞くつもりはなかったんじゃが、ワシが北のバルムハイン領で会議に参加しとる間に、調べておった者達と調査結果の報告書が消えてしもうてのぅ」
「はっ、だらしねぇ」
記憶辿っていたレヴィンが顔を上げた。
「そうだ。学院長先生、僕が叩き付けられて意識を失う前、股間を殴った男が攻撃しようとするのを他の奴が止めて、オレの事を何か言ってました。そして、気が付いたら怪しい奴らはいなくなってて、目の前に大人が寝っ転がるよりも広い範囲に血の様な物が広がってました。
それで、その血の様な物は光ってる様にも見えて、何だコレ?って思ってたらスーっと地面に吸われるみたいに消えました」
「ふむ。その血の様な物は真っ赤だったかな?」」
「え?あ~……真っ赤ではなく、紫がかって明るめだった……ような……」
「それは、恐らくアメジストユニコーンの血であろう」
「アメジストユニコーン?」
「アメジストに似た見た目をした角を持つ、ユニコーンの一種じゃ。
ヴァリストンではそういった生物も棲んでおるんじゃが、アメジストユニコーンの角は、普通のユニコーンより強い力があり希少での。 恐らく侵入者達は角が目当てじゃったのじゃろう。
他に何かあるかの?」
「いえ、無いです」
ランカークスはレヴィンの言葉を聞くと顎髭を撫でながら少し考え込むが、すぐに視線を上げてレヴィンに微笑んだ。
「さっきも言うたが、ワシが会議で留守にしとる間に調査員と報告書が消えてしもうて、細かい点を確認できんかかったから助かったぞ、ミスターレヴィン。ありがとう」
「あ、いえ」
「じゃが」
ランカークスの片眉が上がる。
「お主が夜、森に入っとったのは規則違反じゃ。
まぁ、話しを聞かせてくれたからのぉ。今回は罰則無しの5点減点で許してやろう」
「あ、ありがとうございます」
ホッとするレヴィンに向かって、ソファーに寝転んだままラースがデコピンの仕草をすると、レヴィンの後頭部に小突かれた様な衝撃が走った。
「痛っ!?」
「ホッとしてんじゃねぇ。罰則無しの減点って、寮の足引っ張んな」
「す、すみません」
「ジジイ。罰則有りの減点無しにしろよ」
「見回り当番の者達がミスターレヴィンを見逃したから、この子が森に入る事に繋がったのじゃ。
じゃからダメじゃ」
「クソ!当番の奴ら……」
パンパンと、ランカークスは手を叩くと立ち上がった。
「さぁ、話しはしまいじゃ。
2人とも寮に戻って休むのじゃ」
「はい」
「ミスターレヴィン。この後は進級試験もあるから、鍛錬だけでなく、勉強もしっかりやる様にの」
「あぁ……わ、わかりました」
こうして、レヴィンとラースは朱雀寮へと戻ると、同室のジュリアスが保健室に泊りのため、レヴィンはいつ以来わからないくらい久々に1人で寝た。
翌朝、レヴィンが食堂を兼ねたホールに着いたしばらく後に、保健室で一晩休んだジュリアスがやって来た。
ジュリアスが独特の雰囲気と個性を持つ、金髪でスタイルの良い美人であるベレス・フォド・ミラベルが担当する保健室で一泊した事は朱雀寮以外に広がっていた。
軽症者で保健室に泊まるケースは非常に珍しいため、ジュリアスは食事中も色んな男子達から質問攻めを受けていた。そして、食事が済んだ後、ランカークスが壇上の演題の前に立つと、それまで騒がしかった生徒達は口をつぐみランカークスに注目していった。
「諸君。今年もすでに半分が終わった。
学年ごとに異なるが、ここからは次の段階に進むため、更なる努力を要する。
聖剣士の座に挑戦する7年生はもちろん、1年生も自身と共に育つ剣を得るため、ヴァリストンの外へ行く事になるから、全員気を引き締め様に」
1年生達から起こったどよめきがを、ランカークスは両手を振って鎮める。
「色々聞きたい事はあると思うが、詳しくは先生から授業で説明があるから、しっかり聞いて各々の課題に取り組む様に。
では、解散じゃ」
こうして朝食は終わり、生徒達は各教室へと移動して行った。
ジュリアスとレヴィンは、午前中に歴史学と基礎学の授業を受け、昼食を取った後に心理力術の教室へ移動した。
心理力術の授業では、これまで必ず他の寮生と合同であったが、今回は朱雀寮生のみであり、今朝のランカークスの言葉もあって生徒達には緊張感があり、そんな生徒達を担当教師のユダヤ・イフリスは微笑ましそうに見ていた。
「今朝、学院長が言っていた様に、自分と共に成長する、自分専用の剣を得る事のが、今年度の一番大きな課題となります」
イフリスは黒板に大きな地図を貼り付ける。
「これは王都サガリオンの地図で、ここがヴァリストンです」
イフリス伸縮式の指し棒で地図の北東部を指した。
「そして、ヴァリストンと城を挟んだ反対側が工房区となっています。
皆さんは工房区を訪ね、工房区で剣を買うか、作ってもらう。あるいは譲ってもらうか……人道に反しない方法を以って自分の剣を入手し、年度末の試験3日前までに戻って来て下さい。
あ、これは競争ではないですから、早く戻ったからと加点される事はありませんから、慌てなくて良いですからね」
生徒達がざわめく中、軽いパーマがかがった赤毛で背が高く、気が強そうな表情をした少女ダイアナ・レディールが立ち上がりながら手を挙げた。
「先生!質問です!」
「どうぞ」
「剣はどんな剣でも良いんですか?」
この質問に生徒達の視線はイフリスに集まった。
「もちろん、どんな剣でも良いというわけではありませんし、そもそも通常の武器ではいけません」
イフリスは懐から長細く透明な物を取り出し、生徒達に見せる様に突き出した。
イフリスが出した物に注目した生徒達は、それが何がわかりざわつき、数人が立ち上がった。
「あれって入学試験の時の!」
「そうだ、めちゃくちゃ重い石!」
「その通りなんですが、とりあえず座りなさい」
イフリスに言われて、立ち上がった生徒達は何が始まるんだといった表情で身構えながら座った。
「これは、霊晶石と言って、心理力を籠める事で軽くなる他、飛び抜けて強い意志を持って触れる事で持ち上げる事ができる性質があります。
聖剣士の素養がある者ならば、心理力を知らず操れなくとも無意識に体から出る心理力と意志力で持つ事ができるので、逆を言えば持てない者は聖剣士の素養が無いと言えるので落第になる……というわけです」
「先生、その石は剣の課題とどう関係するんですか?」
「それはですねダイアナ、この霊晶石は精霊の力が結晶化した物だと言われていて、課題の剣の素材の1つになるのです。
剣を作ってもらう場合、他の材料は職人達が用意できますが、霊晶石はみなさんが取って来る必要があるのです。また、剣を買ったり譲り受ける場合でも、その後の事に関係します」
説明の最中、イフリスの表情は変わらないものの、霊晶石を持つイフリスの右手から突如赤い光りが吹き出し、霊晶石は炎の様に揺らめく光りに包まれた。
それを見た生徒達は息を呑み、声を発する事もできないでいたのだった。




