#27 第1章 14話
中庭での自主鍛錬中にジュリアスが倒れた。
その場にいたレヴィンや他の生徒達は、急いでジュリアスを保健室へと運んだ。
白を基調とした保健室にはベッドが並び、デスクの横には薬棚があるくらいのシンプルな部屋だが、一つ一つに品があった。
レヴィン達は、保健室に入ってすぐに声を挙げた。
「先生!先生〜!」
「倒れたヤツいるんで見て下さい!」
「やかましい!大声を出すな!」
部屋の奥から一喝と共に、校医ベレス・フォド・ミラベルがゆったりと歩いて来た。
他の教師達よりもだいぶ若く見えるが、一つ一つの動作が上品で洗練されており、ただ歩くだけでレヴィン達の目は釘付けになった。
金髪で非常に整った顔立ちであるが、独特な雰囲気を放っており、レヴィン達は声を出せずにいた。
「その抱えてる金髪が倒れたか。そこのベッドに寝かせろ」
「あ、はい……」
レヴィン達は、ミラベルが指差したベッドにジュリアスを仰向けに寝かせた。
ミラベルがジュリアスに近付くと、生徒達は自然と道を開ける。そして、ミラベルはジュリアスの傍らに立つと、ジュリアスの顔を軽く覗き込んだ後、視線を顔から胸元に向けると、薬棚へ移動する。
薬棚から薬と小さなグラスを取り出し、水差しからグラスに水を注ぎ、ミラベルは左手でグラスと薬を持つと再びジュリアスの傍らに立った。
「口を開けよ」
ミラベルが、右手の人差し指と中指を揃えてジュリアスの眉間の上にかざしつつ命令すると、意識の無いジュリアスの口が開いた。
ミラベルは、表情を変える事なくジュリアスの口に薬を落とし、水を注いだ。
「飲め」
ミラベルに言われるがまま、ジュリアスは口を閉じ、入れられた薬と水を飲み込んだ。
その後も、レヴィン達は言葉を発する事なくミラベルを見ていた。
ミラベルはグラスを片付けると流れる様な動きで、レヴィン達の方に椅子を向け、座り、足を組んだ。
「うっ……ゲホッ、ゲホッ」
「ジュリ!」
「ジュリアス」
「ジュリアス君、大丈夫?」
「え?えっと……」
ミラベルが足を組むと同時にジュリアスは目を覚まし、レヴィンやジュリアスを運んだ男子達や一緒について来た女子達は、驚きつつもジュリアスに声をかけた。
「お前は鍛錬中に倒れたらしいぞ」
「せ、先生。ジュリは……」
「ただの風邪だ」
「な〜んだ。驚かすなよ」
「良かった!」
「おい、ジュリアスの同室者は誰だ?」
「オレです」
「レヴィンか」
そこで、ふと気付いた。保健室に入ってから誰もレヴィンの名を呼んでなく、レヴィンは入学式の時でチラっとしかミラベルを見てなく、入学してからはチラ見すらしてなかったのに、ミラベルがレヴィンの名前と顔が一致している事に疑問が湧いたのだった。
「あれ?オレ名乗りましたっけ?」
「いや。だが、入試の際に全員の名前と顔は確認している」
「えぇ!?」
「マジで!?オレほとんど覚えてないや」
驚く生徒達を見て、今度はミラベルが不思議そうに小首を傾げた。
「毎度思うが、お前達生徒は記憶力が低過ぎる。
教科書を覚えれば持ち運ぶ必要は無いし、言われた事と黒板に書き出された内容を理解し覚えれば、板書も復習もいらんというのに……」
「えぇ!?そんなのできるわけないじゃん!」
「「「うんうん」」」
「私は昔からできてるぞ。
まぁ、他の人間を見ていると、一度読んだ小説等を再度楽しむという事ができないのは、残念に思う時が無いと言えば嘘になるがな……まぁ、いい。
レヴィン以外は戻れ」
ミラベルの言葉に絶句しつつも、ジュリアスとレヴィン以外の生徒達は保健室を後にした。
そして、レヴィンは通り過ぎる生徒達と言葉を交わしてからミラベルを見れば、いつから居たのか、石の様な仮面を付けた燕尾服の男がミラベルの傍に控えており、男は紅茶を淹れるとミラベルに差し出すと、ミラベルは当たり前の様に受け取り一口飲んだ。
そして、男はレヴィンにも紅茶を入れ渡した。
「さて、ジュリアス、レヴィン。
お前達、教頭の最初の授業から今日までの間に、他の奴等とは比較にならない量のポーションを飲んでいるな?」
「え?」
「そ、そうかもしれません……」
ジュリアスは風邪で頭が回らずにいたが、レヴィンは困惑した。
ミラベルの表情や声色から咎める感じはしないが、褒める感じでもなく思惑がわからずにいた。
「鍛錬のやり込みとポーションでの超回復を繰り返し、より短期間で肉体のレベルアップを早めようという魂胆か。
食事もしっかり取っている様だ」
「そ、そうです……」
ミラベルの魅力と不気味さを混ぜた様なミラベルの奇妙な圧に、レヴィンは背中に冷や汗が流れるのを感じた。
「フッ……そう固くなるな。別に咎めようというわけではない。
お前達と同じ発想をする生徒は毎年いる。だが、お前達程やり込んでいるのは珍しい。
私はな、家柄や血筋に関係なく、才能と力を持つ者が正しく評価されねばならんと考えている。そして、才に溺れず努力する人間が好きなのさ」
「そ、そうなんですね……」
上品でかなりの美人でありつつも目力の強いミラベルの視線に、レヴィンはタジタジであった。
ミラベルは僅かに口角を上げるとカップをソーサ置き、スッと立ち上がった。
「ベレス様」
燕尾服の男がミラベルを止めるべく声をかけるのを、ミラベルは男を見る事なく手を挙げて制すると、ジュリアスの傍に歩み寄った。
ジュリアスは、体を起こそうとした。
「寝てろ。
……さて、病気に対して、ポーションやキュアポーションが効かないのは知っていたか?」
「い、いいえ」
ミラベルに視線を向けられたレヴィンは首を横に振った。
「ふむ。病気を治す魔法や魔法薬は存在するが、高レベルな物になる。それは風邪程度にでもだ。
だが、聖剣士には心理力で対処する方法がある」
「え、本当ですか!?」
「フ……戯れに教えやろう。
授業で息を吸う時に良い物を吸い、息を吐く時に体内の悪い物を吐き出すイメージと習ったと思うが?」
「「習いました」」
「それを、心理力を高めながらやってみろ。
周囲から活きの良い心理力を急速に取り込み、体内で自身の心理力と開け合わせて心理力を高め、体内の心理力を活性化させて体内の淀みを分解する。そして、高めた心理力で分解した体内の淀みを、あるいは病魔を吐き出す息と共に活性化させた心理力で押し出すイメージだ。
ある程度でも成功すれば、普通なら起き上がれない程の体調不良の時でも、普段の7割程の動きができるはずだ。
ジュリアス、やってみるがいい」
「は、はい」
ジュリアスはミラベルに言われた事を意識しつつ深呼吸をして、しばらくして心理力を動かすイメージも織り交ぜ、手と手の間で心理力を感じられる幅を広げるイメージで、心理力を高めようとした。
紅茶を飲みながらその様子を見ていたミラベルは、しばらくして首を傾げるとジュリアスの傍にたった。
「心理力の増幅が遅いな。
まぁ、心理力術の授業が始まるのは他の授業より遅いから、こんなものか?
お前達、聖剣士になりたければ、これから鍛錬に関わらず常に心理力の操作と増幅の訓練をもっとやれ。
戦いながら心理力を使えねば使い物にならんぞ」
「「はい」」
「フッ……戯れが過ぎたな」
「いえ、ベレス様。授業相当のアドバイスだったかと」
燕尾服の男はミラベルの呟きに即座に答えると、レヴィンが飲み終わったカップを下げた。
「レヴィンも感染してる可能性があるから、寮に戻ったらウガイと手洗いをして、今教えた事をやっとおけ」
「わ、わかりました」
ジュリアスはベッドから起きようとするが、体を起こす事ができなかった。
「その様子では、ジュリアスは回復するまで保健室に泊まりだな」
「まぁ、しゃあない……ですね」
ミラベルは机に置いてある紙に名前と日付を書いくと、レヴィンに渡した。
「あの、これは?」
「時間的に見回りがいるかもしれん。もし、何か咎められそうになったらそれを見せるが良い」
「わかりました。
じゃあ、ジュリアスの事よろしくお願いします」
レヴィンは保健室を出ると、寮に戻るべくホールを横切ろうとした。しかし、数人の生徒達がレヴィンの前に立ち塞がった。
その生徒達は黒地に白の制服から白虎寮生だとわかる。そして、レヴィンは左右と背後をチラ見すれば、囲まれていた。
「何だ。前ら?どけよ」
「孤児風情が!」
「誰に口を聞いている」
「ふん。相変わらず生意気なヤツだ!」
殺気立つ白虎寮生達の間から姿を現したのは、オールバックの金髪に鳶色の目で、小柄で細身の少年ゼブル・フォイスだった。
「フォイスか。何の用だ?」
「孤児が貴族を呼び捨てにして、許されると思うのか!」
「無礼な!」
「あまり騒ぐな。見回りが来る。
さて、レヴィン。森での事といい、教室での事に、今の態度といい、田舎者とは言え、常識知らずにも程があると思わないかい?」
「知るか。前にも言ったが、オレはお前らの子分じゃない。
それに、ここじゃ貴族は関係ないって学院長も言っていただろう」
「「「ふざけるな!」」」
今にも飛びかかって来そうな白虎寮生達の雰囲気に、レヴィンは身構えた。
「レヴィン。それは学院の認識が間違ってるのさ。
貴族は生まれながらに貴き者あり、平民以下の孤児ごときは身の程を弁えねばならいのだよ」
「ふざけるな!お前ら貴族は、たまたま金持ちの家に生まれたってだけだろう!」
「言ってもわからないなら躾てやらないとな。
……やれ」
フォイスの号令で、レヴィンを囲む白虎寮生達は一斉にレヴィンに襲い掛かった。
レヴィンは一番早く殴りかかって来た者のパンチを受け流し反撃するが、直後に背中を蹴られるといった具合に、1つの攻撃を対処している間に別の攻撃を受け、次第に1つの攻撃を対処する事もできなくなり、徐々に袋叩きの様相になっていったが、白虎寮生達は頭部以外に攻撃を加えていた。
「そこ!何をしている」
生徒とは違う大人の声にレヴィンは顔を上げると、黒づくめの男が立っていた。
黒づくめの男は森でレヴィンが出くわした者達の様に黒いフードとマントではなく、入学試験で見た試験管の様な制服然とした黒い服とマスクであった。
「セブル・フォイス。それに、貴族の子らか。
それくらいにしておけ。顔は攻撃してない様だが、やり過ぎると揉み消せなくなるぞ」
「な!?グルなのか?」
「何、彼らの考えに賛成というだけの話しさ、朱雀生」
レヴィンは現れた黒服の男がフォイス側と知り焦った。しかし次の瞬間、レヴィンは背後に気配を感じ振り返ると、朱雀寮のプリフェクトであるラースが立っており、髪や羽織っている上着が上から下に落ちる様子を見て、今この場に降り立った事のだと理解した。
「よう。いつから黒服は政治活動する様になったんだ?」
「赤いプリフェクトの上着……ラース・シュナイダーか」
筋肉質で大柄、引き締まった細身。そして、整った顔立ちで、目じりの吊上がった切れ長の目をしたラースの登場に、それまで余裕の雰囲気だった黒服は、表情は見えないが余裕が消え身構えた。
「お、お前はシュナイダー家だろ。
僕に逆らって許されると思っているのか?」
フォイスがビビりながらもラースに食って掛かるが、ラースはジロリとフォイスを見ると口角を上げる。
「何を言うかと思えば笑わせる。貴族の位は同格。
仮に格下だったとしてもオレ様には関係ない。仕掛けて来るなら潰すのみだ。
それに第一、お前は1年で、オレ様は6年。しかも、オレ様はプリフェクトだぞ。
黒服を加えた所で心理力を使うまでもなく、オレ様がその気になったら全員棺桶で帰宅なのを理解できているのか?」
鷹揚にしているラースは、話し終えると同時に殺気を放った。
黒服は戦闘態勢を取るが、フォイス達白虎寮生達は尻餅をついたり、足がガグガグと震え、中には股間を濡らしている者もいた。
「きったね~な~。
行くぞ、レヴィン」
そう言うと中央棟に向かってラースは歩き出し、レヴィンはその後に続いた。
レヴィンは遅れまいと急ぎ目に階段を上るが、ラースは涼しい顔でスイスイ進み、最上階まで上り切った。
ラースはその後もどんどん奥へ進み、レヴィンも後に続く。
「あの、先輩。一番上まで来ちゃいましたけど、寮に戻らなくて良いんですか?」
「あ?あぁ、学院長のジジイに、お前を見かけたら連れて来る様に言われてたんだよ」
「えぇ!?」
そんなやり取りをしている内に2人は重厚な扉の前に辿り着く。
ラースはノックをする事も無く扉を開けると、黙って部屋の中に入って行ったのだった。




