#23 第1章 10話
教養科の授業は、レヴィンには苦痛以外の何物でもなかった。
そんなレヴィンは、精神的疲労で食欲がなく夕食はほとんど食べられなかった。
翌朝、ジュリアスとレヴィンは地下の教室に移動する。
地下の教室は魔法薬具科で使われる教室であり、左右に3席づつの長机がいくつも並び、左右の壁には鍵の掛かった戸棚が並んでいる。そして、ガラス越しに見える小さな引き出しや瓶には、それぞれの中身と思われる名称が書かれたラベルが貼られていた。
暖色の間接照明が教室を照らす中、生徒と同じ入口から担当教師であるミナーヴァ・マグディットが靴音を鳴らしながら入って来た。
「おはよう、皆さん」
「おはようございます!」
挨拶をしながら教壇へと進むマグディットは黒地に金色の帽子とローブに身を包んでおり、ジュリアスとレヴィンは魔法薬具科の教師にピッタリだと思った。
「魔法薬具科では、魔法薬と魔導具について学びます。
魔法薬とは服用したり相手にかける事で様々な効果を得られる物で、傷の癒しや解毒効果を持つ物が広く知られています。
そして、魔導具は様々な効果を産む道具で、知らない者が見れば何かの破片やガラクタにしか見えない物であったりもします。
これらは基本的に魔法士が作成していますが、魔導具の中には現在作成できない凄まじい効果を産む物もあり、それらは“アーティファクト”と呼ばれています」
マグディットは懐から水色の液体が入った小瓶を取り出し、生徒達が見える様に突き出した。
「これは多くの人に使われている、傷を治す魔法薬であるポーションです。
このポーションに聖水と魔石を加えると、どの様な効果を持つ様になるかわかる者はいますか?」
ジュリアスとレヴィンの朱雀寮生は数人しか手が挙がらなかったが、一緒に授業を受けている青龍寮生はほぼ全員の手が挙がっていた。
「では、一番早かった……そう、貴方です」
「はい。言われた組み合わせは、体内の瘴気を消す効果になりますが、効果はそんなに大きくなく、ポーションが傷を癒やすのと同じ程度です」
「その通りです。お座りなさい」
加点を期待していたのか、青龍寮の男子はマグディットに座る様に言われて、少し意外そうな表情を浮かべて座った。
「朱雀寮生は一度も教科書を開いていない様ですね。
知識は武器に成り得ます。もちろん知識だけではダメですけどね。
そして、学ぶも学ばないも自由ですが、テストの成績が悪かった場合、私の教科書は追試を行わない事を初めに言っておきます」
この一言に生徒達に緊張が走った。
「そして、落第点の場合、他の教科の成績や先生達の評価によっては留年できない場合もある事を伝えておきます」
生徒達は固唾を飲むが、マグディットはそれには触れず授業を始める。
ポーションやキュアポイズン等、多くの町で売られている魔法薬の効果についての説明から始まり、色味や匂い等を実際に確認する作業が続き、ジュリアスもレヴィンも余裕を感じていたが、授業はこれで終わらなかった。
「皆さんは聖剣士を目指していますが、手持ちの魔法薬が切れ、すぐに購入できない時等のために、簡単な魔法薬の作成も学んでいきます。
それでは、魔法薬の基本となり、皆さんがこれから大量に使用する事になるであろうポーションを作成してもらいます」
マグディットの指示で調合するための器具を棚から取り出した。
その間にマグディットは、6人掛けのテーブルに水が入ったヤカンと何かの葉が盛られた2つのトレイ、キノコが盛られたトレイを置いて行った。
「ポーションとは肉体を癒やす効果を持った魔法薬の事を指し、各テーブルに置かれたトレイに入っている物が材料となります。
例えば、葉が三叉になっている物は薬草で、葉脈の色が濃い物と薄い物があり、色の濃い方がより調合後に高い効果が期待できます。
他の材料も素材としての良し悪しがあると共に、作り手によっても効果に差が生じ得ます。
この最初の授業では、皆さんにポーションを調合してもらいますが、皆さんが教科書だけでどの程度の調合ができるかを見ます。そして、調合したポーションが及第点以上の出来であれば加点をします。
では、始めなさい」
生徒達は一斉に教科書を開き読み込んだ。
教科書には詳細な調合方だけでなく、材料の良し悪しについても書かれており、すぐに生徒達は材料吟味に入った。
「見ろよジュリ。この薬草、葉脈の色が深緑だぜ。ほら」
「こっちのキノコはこれが良いと思う」
「それは……」
ジュリアスが選んだのは、赤い笠に白丸の斑点、下膨れをした肌色の軸であり、ハピの特別課題でハリスが見つけた物と同じキノコであった。
「この前のネコ先生の特別授業の時に、ハリスが見つけたヤツか……」
「そう。あの時食べなくて正解だったみたいだよ。ほら、ココに書いてある。生で量食べると、キノコが内包してる魔力で魔力酔いするみたい」
「魔力酔い?よくわからないけど、あの時食べなくて正解だったわけだ……って、他の材料が余り残ってねぇ」
ジュリアスとレヴィンは慌てて残りの材料を選ぶと、教科書片手に調合を始めた。
小鍋に水を張り、刻んた薬草とキノコを入れて火にかける。そして、残ったハーブ類の水分を飛ばすべく、焦がさない様に火で炙った。
「あ、レヴィン。鍋沸騰してる!」
「えっ!?あ、ホントだ!?」
ジュリアスに言われてレヴィンは慌ててランプを鍋から離して教科書を見ると、沸騰させない様にと注意書きがあった。
気を取り直して作業を再開して工程を全て終えると、2人が作ったポーションは色が違っていた。
「うわぁ……ジュリのは割とキレイな緑でそこそこ透き通ってるとけど、オレのは濁ってるな」
「そうだね~」
「「わっ!?」」
ジュリアスとレヴィンが驚いて振り返るとマグディットが立っており、マグディットはレヴィンが作ったポーションを手に取ると色味や匂いを確認した。
「何を大袈裟に驚いているんです。
まぁ、作業に集中し、他の者と比較検討するのは良い事です。
レヴィン、貴方のポーションは鍋を沸騰させたのでしょう」
「あ、はい……そうです」
「一番の失敗はそれです。教科書を見返して何度か作成すれば合格ラインに届くでしょう。
がんばりなさい」
「は、はい!」
マグディットはレヴィンが作ったポーションを置くと、今度はジュリアスが作ったポーションを手に取った。
今度は匂いを嗅ぐ事はなく、時折容器を振ったり、明かりに翳したりした。
「ジュリアス、貴方の作ったポーションは及第点と言えますが、その上の判定には届きません。
貴方も教科書を見返し、作成回数と工夫を重ねれば、より良い物が作れるでしょう」
「はい。がんばります」
その後もマグディットは各テーブルを周り、一人一人に総評をしていき、青龍寮生の7名が”良“判定で2点づつ加点された。
最後に器具の洗浄についてのレクチャーがあり、初めての魔法薬具科の授業が終わった。
その後、教養科の授業を受け後に昼食の時間になり、ジュリアスとレヴィンは食堂に移動した。
ビュッフェ形式で好きな様に食べれたが、午後は鍛錬術の授業が待っていたため、ジュリアスとレヴィンは少なめに料理を皿に盛った。
それを見た上級生達からもっと減らした方が良いと真顔で言て妙な悪寒を感じ、ジュリアスとレヴィンは最初の半分以下に減らし、それを見ていた他の一年生達も周りの上級生に心配する様子で言われ食べる量を減らした。
そうして迎えた鍛錬術の授業。
担当教師であるカオス・バハムートは、授業開始の鐘が鳴ると同時に教室に入って来た。
視線だけで生徒達を見て全員揃っている事を確認すると、準備運動を開始した。
「よし、では、軽く体を動かすぞ。階段で1階まで降りてダッシュで降り、降りたらすぐにダッシュで戻って来い。云わる『階段ダッシュ』だ。行け!」
中央棟の階段は、15人程が横並びになれる程の幅があった。また、各教室の天井は高いため、同じ5階建ての建物でも町や村の建物より遥かに高くもあった。
そんな中央棟を往復すると息を整える程度の短い休憩を挟んで、バハムートからもう一本と号令が出て生徒達は再び階段をダッシュで往復した。
2本目の階段ダッシュが終わった頃には、程度の違いはあるが生徒達は全員息が上がり、足の筋肉も痛くなっていた。
そんな生徒達にバハムートの指示が飛ぶ。
階段ダッシュが追加され、腕立て、腹筋、背筋、その他複数の筋トレが終わると素振り200本が課された。
そして、素振りが終わると生徒達は全員床にへたり込んでいた。
「よし、では、5分休憩して、今日授業を始めるぞ」
「え?」
「は?」
「今までのは……」
「ん?軽く体をほぐしただけで、何も教えてないだろう?
とりあえず時間まで休暇だ」
「マ、マジかよ……」
生徒達は授業が終わったと思う程体力を使ったが、これからが授業本番と思うと疲労が増す思いだった。
「レ、レヴィン。水飲みに行こう。飲まないと保たないよ」
「たしかに……そうだな。い、行こう……」
ジュリアスとレヴィンは教室の入口付近にある流し台に移動した。
そこには、下向きの金属の管が複数飛び出ており、各管の上にある出っ張りに埋まっている水色の石を2回触ると水が出る仕組みになっていた。
2人は水を飲み、顔を洗うと流し台を離れ、床に腰を降ろした。
「なんか、前回よりだいぶキツいね」
「あぁ、キツい……」
「このペースでどんどんキツくなったりして……」
「やめろジュリ。そういうの口に出すとホントにそうなるって、よくマリウスが……あっ」
「……うん。よく……言ってた……」
2人は話し合ったわけではないが、だいぶ前からレベン村の事を口にしない様にしていたのだった。
「うわ!?」
ジュリアスは突然背後から衝撃を受け、目を開け振り返ると、玄武寮生のハリスが倒れていた。
「朱雀の金髪君。大丈夫?」
「だ、大丈夫。彼はどうしたの?」
「え?あぁ、バテてるだけだよ。
ほら、ハリス立てよ」
「う、うん……」
同じ寮の生徒に起こされたハリスは、ジュリアスやレヴィンに気付いておらず、ヨロヨロと流し台に移動して水をガブ飲みした。
「あいつ、体力付けないとマジでこの先ヤバいな」
「とりあえず、戻ろっか」
ジュリアスとレヴィンはバハムートの前に戻り、他の生徒達と共にバハムートの前に並ぶのをバハムートは黙って見ており、少し遅れて同じ寮生にせかれながらハリスが最後に並ぶと、バハムートは口を開いた。
「階段ダッシュの様子を見ていたが、足の使い方がなっていない。
全員その場で精一杯背伸びしろ」
生徒達は一斉に背伸びをした。
ジュリアスやレヴィンはているが、半分以上の生徒はフラフラしている。
「素早く動く時には今接地している部分を使う。特に重要なのは親指だ。
足の親指で体を押し出し、前後左右、進行方向に即座に動ける様に意識しろ。
では、今日は体術の基礎を教える」
「「「え!?」」」
一部の生徒が驚きの声を挙げ、バハムートは小さくため息をついた。
「何を驚いている?
狭い通路で戦う事もあれば、武器が無い状態で戦わねばならん事も有る。そんな時に剣が無いから魔物と戦えないでは話しにならんだろう。
ヴァリストンの授業は、全て聖剣士に必要な事を教える様に組まれているが、異論があるなら受けなくていい」
バハムートの魔物という一言で、ジュリアスとレヴィンは魔物に襲われた時を思い出した。
体の大きさや硬さに力と、どれを取っても圧倒的であった。
そして、その姿は醜悪の一言で、さらに黒いオーラを体から立ち昇らせ、マリウスやスニーオ等の共に育った子供達が目の前で食い殺された光景。
レヴィンは魔物の一撃を受けた際には、山道から崖下を眺められる程吹っ飛ばされ、崖下へと落下した。
またジュリアスも、高い岩山を破壊しながら迫って来た大人の身長よりも大きな頭の魔物に、命からがら逃げ、気付いた時には最愛の少女であるエミリアが命を落としていた記憶が蘇っていた。
そして、他の生徒達が疲れでだらけている中、怒りと殺意を滾らせるレヴィンとジュリアスに、他の生徒達は無意識に後退っていた。




