#22 第1章 9話
午前中の授業を終え、ジュリアスとレヴィンは食堂へと移動した。
生徒達は育ち盛りな事に加えて、このヴァリストン聖剣学院の食事はハズレ無しの美味さも有り、生徒達にとって授業を乗り越えた後の楽しみとなっている。
「「「いただきます!」」」
各自の前には、肉や野菜等を丸いパンで挟んだ物を乗せた皿に、黄色く細長い物が盛られた器と濃い茶色の液体が入ったグラスが並べられていた。
パンに挟まれた肉はジューシーで、その間に入っている野菜は歯応えが良くチーズがコクを足し、共に入れられたソースが味の全体をまとめつつ、ピクルスの酸味でアクセントを利かせていた。
別の器に入った黄色く細長い物は揚げた芋であり、地方では揚げ物料理はほぼ無く、珍しさもあって夢中で食べたが、一年生のほぼ全員は飲み物に戸惑った。
「な、なぁ、ジュリ。このグラスに入ってる黒いヤツ……プクプク小さな泡が出てるぜ!?」
「う、うん。でも、お湯とは違うみたい」
レヴィンとジュリアスは目の前のグラスは冷たく、中に入った液体は湯が沸く時とは違う泡が出続けており、色味も相まって不気味な物に感じた。
「うわっ!?」
「痛っ!?」
「おもしれ〜」
「何コレ!?」
周囲から様々な反応が聞こえて来る中、ジュリアスとレヴィンも思い切って一口飲んでみた。
「「!?」」
「シュワシュワする……」
「たしかに……あ、でも、そういう物だと思って飲むと有りかも」
「え?……ホン……トだ。良い。それに、この芋料理を食べた後だとより良いかも」
「マジ?……あ、ホントだ。良い」
「ね。良い組み合わせだよね」
驚きと新しい感覚を楽しんだ食事を終え、気力が回復したレヴィンとジュリアスは、他の寮生達と4階の教室へと向かった。
4階はクラウディア・バリッシュが担当する教養科の教室があり、段差のないタイルが敷き詰められたチェック柄の床に重厚な作りの長机と椅子が並び、教室の左右には本棚並び、教室の後方は長机と椅子が無く、開けたスペースとなっていた。
教養科の教室には、黒地に赤の朱雀寮生以外にも、黒地に白の制服を着た白虎寮の一年生達が既に席に着いていた。
ジュリアスとレヴィンは気にせず空いてる席に座り周囲と他愛のない事を話し始めた。
「おや?落ちぶれ貴族が珍しい物を持ってるじゃないか」
「何するんだよ」
ジュリアスとレヴィンが声のする方を見ると、セブル・フォイスと2人の取り巻きが、ジュリアス達から後方の席の朱雀寮生の物を取り上げているのが見えた。
「セブルさん。多機能ボックスですよ」
「やっぱりか。ふふ」
フォイスは取り巻きの1人、巨漢のボブ・ゴードンから多機能ボックスを受け取り多機能ボックスのボタンを押すと、カシャっという音と共に多機能ボックスから定規が飛び出し、フォイスはそれを見て満足気な笑みを浮かべていた。
「か、返してよ!」
「うるさい。ドラヴォ・スランクル!
コイツは没収だ」
「フォイスさんに逆らうなんて生意気なんだよ」
持ち主である小柄で痩せ気味のドラヴォが食い下がるも、フォイスのもう1人の取り巻きであるザビール・アドスに突き飛ばされ、床に倒れ込んだ。
「落ちぶれ貴族にはお似合いの姿だ。あはははは……」
一歩前に出てドラヴォを嘲笑い、踵を返し離れようとするフォイスの腕をレヴィンが掴んだ。
「な!?何だお前は?その手を離せ」
「うるさい。手に持ってる物を渡せ」
レヴィンとフォイスが空いている方の手で多機能ボックスの奪い合いを始める。
「何をしているのです」
鋭く通る声にレヴィンやフォイス、2人の周囲にいる生徒達が振り返ると、白のYシャツに紺色のベスト、ロングスカートにヒールのある革靴を履き、三角っぽい眼鏡をかけ、手には畳んだ扇を持った教養科の教師バリッシュが、靴音を鳴らしながらレヴィンとフォイスの方に歩いて来ていた。
既に始業の鐘も鳴っていたが、レヴィン達は気付かなかったのだ。
「ミスター・レヴィンにミスター・フォイス、何の騒ぎです?」
「この無礼者が、私が持ち物を奪おうとしたのです」
「フォイスがドラヴォから奪った物を取り返そうとしていました」
「嘘を言うな、孤児の分際で!」
「そうだ!」
「証拠を出せ!」
「関係無い者は黙っていなさい」
ゴードンとアドスがフォイスの加勢をしようとするもバリッシュの一喝で押し黙った。
そして、バリッシュはフォイスから多機能ボックスを取り上げると蓋を開け、フォイスが押したボタンとは違う場所を触った後、フォイスに目を向ける。
「確認です、ミスター・フォイス。これはあなたのですか?」
「……そうです」
「では、ミスター・フォイス。20点減点とします」
「フォイ!?」
バリッシュは驚くフォイスに背を向け、ドラヴォに多機能ボックスを返すと教壇に立った。
「ミスター・ゴードンとミスター・アドス。貴方達は5点づつ減点です。
多機能ボックスは各種ボタンで文具が飛び出すだけでなく、所有者の名が記録されているのですよ。
全員席に着きなさい」
毅然と指示するバリッシュに生徒達はすぐに動き、レヴィン達も座っていた席に戻った。
フォイス達は3人で30点も減点されたため、同じ白虎寮生達の冷たい視線に晒され、不機嫌そうに席に着いた。
「教養科担当のクラウディア・バリッシュです。
どうも貴族の出身者には勘違いしている者が多い様ですね。
何故、聖剣士を目指す貴族出身者は、自身の家との繋がりを断たれるのでしょうか?
はい、目の前のミスター・ガレット」
バリッシュに扇で指された最前列中央に座っていた白虎寮生の男子マーク・ガレットは、頭を掻きながら立ち上がった。
「家に頼らず、がんばる様にするためだと思います」
「それは当然の事で、質問の答えではありません。
では、4列目の朱雀寮生の……そう、貴女です。ミス・ナリタ」
バリッシュに当てられたポニーテールの朱雀寮生マリー・ナリタは、サッと立ち上がり答える。
「貴族だからと、変な傲慢さを持たない様にするため一環でしょうか?」
「そうです。聖剣士は超人的な強さを持ちますが、あくまで人間です。
皆さんが先程食べた物や今着ている服も、どこからか湧いて来る物ではありません。
突き詰めればこの国を始めとした各国からの支援によって成り立っています。
想像してみて下さい。たとは、派遣されて来た聖剣士に仕事を頼むとして……」
バリッシュは教壇で小芝を始めた。
「A君。これから盗賊団の根城があるXXに移動し、盗賊団を倒して盗まれた物を取り戻して来て欲しい」
「あぁ?何故聖剣士であるオレ様がそんな事をせねばならんのだ?」
バリッシュは教壇の右側に断つ時は中年男性を演じ、教壇の左側に立つ時はふんぞり返った若い男を演じ、仕草だけでなく声色や口調を完璧に演じ分け、更には体型や顔付きまで変わり別人となっていた。
「いや、キミはそのためにココに派遣されて__」
「うるせぇな。聖剣士様がそんな些細な事に動くわけ無いだろう」
「なっ!?」
「それより腹が減ったな。何か美味い物を持って来い」
バリッシュが演技を止めて元の姿と凛とした雰囲気に戻ると、バリッシュの変化が信じられず、ジュリアスやレヴィンをはじめ多くの生徒が目をこすり、バリッシュに注目した。
「今のやり取りを見てどうです?ミスター・レヴィン」
「え!?あ、あ〜……ひっどいと思います。
あんな態度の奴ばかりだと、聖剣士の人気もダダ下がりだと思います」
「そうですね。座りなさい」
レヴィンは横目でチラッとフォイス達を見ながら座り、フォイス達も横目でレヴィンを睨んでいた。
「人間同士の戦いにおいて、聖剣士が手を貸せばその陣営は必ず勝利します。
故に、聖剣士と聖剣士を束ねる“聖地”はどの国にも属さない独立した機関となっており、ここヴァリストン聖剣学院は聖地直轄の組織となっています。
ミスター・フォイス。上級貴族出身の貴方から見て、ここで支給される制服や食事等はどうですか?」
フォイスは立ち上がると訝しげに答える。
「制服等は最上ではないですが、耐久性が高そうでそれなりの値はすると思います。食事も悪くないです。
正直、平民に与えるには勿体無いと思います」
既に取り巻きと共に減点されているフォイスは、白虎寮生の一部からも白い目を向けられた。
バリッシュは生徒達の間を歩きながら話しを続ける。
「最後の一言はともかく、聖剣士やヴァリストンの生徒が評価を下げる様な事を繰り返し、支援が薄くなればどうなるか……言わなくてもわかりますね?」
にこやかに話すバリッシュの表情とは裏腹に、物凄いプレッシャーを感じて、生徒達は無言で頷くばかりであった。
「よろしい。貴族出身者の皆さんが持つ変な選民意識は早く捨てる事です。目に余れば罰則はもちろんですが、最悪間引きますから忘れない様に」
にこやかにプレッシャーを放つバリッシュに生徒達は息を飲むばかりだった。
「それから、平民出身の皆さんも、潜入調査や使者としてのミッション等のために、テーブルマナーやダンスを身に付けてもらいます。
聖剣士は頭でっかちや脳筋、勘違いした人間には成る資格が無い事を忘れずに。それから、戦闘力においては人間を超えないといけないので、“ほんの数年”しかないと認識し、後で後悔しないように」
「うへ〜……」
今度は貴族出身のせ平民出身の生徒の多くと同じく、レヴィンはげんなりして机に突っ伏した。
『オレは強くなって、魔物を倒せればいいんだよ……』
レヴィンは心の中で愚痴るが、バリッシュの授業は容赦なく始まったのだった。




