#20 第1章 7話
兵糧・野営術の教師ハピによる特別授業の最後に、ハピの指示の下屈強な者達による食事が振る舞われ、数日間食事ができなかった一年生達は取り戻す様に食べた。
「注目!」
コック服を着た屈強な男の1人が、一年生達が食べ終わるのを見計らって号令を掛けるとハピが用意された台に乗り、一年生達はハピに注目した。
「何かをもらったり、何かをしてもらったら感謝をする……当たり前の事ニャ!だから合掌するニャン!」
一年生達がバラバラと合掌し、ハピは全員が合掌をしているか目を光らせる。
「食事を終え、また生き長らえられる諸々への感謝を込めて、ごちそうさまでした!……なのニャ」
「「「ごちそうさまでした!!」」」
こうして、ハピの特別授業は終わった。
なお、特別授業の前に、ハピの料理を床にぶち撒けた貴族出身の一年生達は、罰として男女平等に全員丸坊主となった。
自然でなる事の無いこの丸坊主は、ヴァリストンでは古来より罰を受けた『やらかし』の証として認識されており、丸坊主となった一年生は、その場にいない上級生達にも自然に認識され、後日笑われるのだった。
さらにこの後、『いただきます』を忘れるとその時の食事が無しとなり、『ごちそうさま』を忘れると次回の食事が無しになる事を知り、一年生達は体で覚えていくのであった。
翌日は体を休めるため授業無しとなり、二日後から授業再開となった。
ヴァリストン聖剣学院の4つの寮に囲まれた中央に建つ学舎、通称『中央棟』。
各教科ごとに部屋が割り振られており、授業は各学年、寮ごともしくは2つの寮合同で各教科の授業を受ける。
ジュリアスとレヴィンが属する朱雀寮の一年生達は、中央棟2階の教室で午前中は基礎学科の授業を受ける。
一時間ごとに短い休憩を挟んで国語、書き方、算術を学ぶ。
レベン村でいつも真面目にシスタークラレンスから教わっていたジュリアスにとっては復習であり、対していつもふざけたりしていたレヴィンは苦戦していた。
基礎学科が終わり、昼食と昼休憩をとった後、ジュリアス達は学舎5階にある鍛錬術の教室に入った。
鍛錬術の教室は石畳で飾り気の無い、殺風景な部屋だった。
既に他の朱雀寮生や、黒地に緑の制服の玄武寮生達もいた。
ジュリアスとレヴィンが教室を進むと、2人の元にぽっちゃり体型の玄武寮生ハリスが駆け寄って来た。
「レヴィン、ジュリアス〜」
「やぁ、ハリス」
「元気になったみたいだな」
「ご飯がすっごく美味しいから、栄養補給はバッチリだよ。
で、でも、エマに今後の授業のためにもダイエットした方が良いって言われてたのを思い出して、ちょっとづつご飯の量を減らしてるんだ」
そんな雑談をしていると、一年生達の背後から足音が聞こえる。
一年生達が振り返ると、銀髪で長身の男が表情を変える事無く教室に入って来た。
目付きは鋭いが整った顔立ちをしているその男は、青と白の服に身を包み、腰には木刀を差している。
一年生の前に立つと 目だけで一年生達を見渡してから話し出した。
「鍛錬術を担当するカオス・バハムートだ。
始めに言っておく。授業は男女関係なく行う。
何故なら、魔物には性別も年齢も関係なく襲って来るからだ。また、人間よりも遥かに強大な魔物を屠るために存在する聖剣士もまた、人間を超えた力を持つ。
お前達は数年で人間の領域を超えねばならない事を忘れるな」
淡々と言葉を並べるハバムート。その目力もあり、一年生達は息を飲み、先ほど紹介まで談笑していたのが嘘の様に静まり返ると共に、緊張感に包まれた。
ハバムートが左手で教室の隅を指差し、一年生達が振り返ると木刀を詰めた箱が置いてあった。
バハムートの指示で一年生達は一本づつ木刀を取り、柄を両手で握った。
バハムートは一年生の手元を見ると、生徒を教室の奥側と入口側の2つに分けていった。
「お前達を教室の奥側と入口側の2つに分けた。
この二組には違いがあるが、それが何かがわかる者はいるか?」
一年生達はざわついた。バハムートの指示は木刀を両手で持つ事だけで、バハムートに分けられた双方が手元を見るが、違いがわからなかった。
何人かが手を挙げ、左右の手の間隔や握る場所の違いを答えるが不正解であり、一年生達が頭を抱える状態となっていった。
「木刀の握り方が違う?」
ポツリと呟いたレヴィンの一言にバハムートの視線がレヴィンに向けられ、その視線を追って一年生達もレヴィンを見た。
「黒髪の朱雀生。今何て言った?」
「えっと、握り方が違う?」
「どう違う?」
「入口側に集められたヤツらは木刀を握る指が真っ直ぐ並んでるけど、もう片方は指が斜めになってる……です」
「正解だ」
「「「おぉ〜!」」」
ようやく正解が出た事に、見ていた生徒達から自然と歓声が上がった。
バハムートは表情を変える事なく腕組みをして、一年生達は咎められたわけではないが、すぐに静かにした。
「次だ。今お前が答えた違いは、どういう所に差をもたらす?」
「えっ!?」
さらに問題が出る事を予想してなかったレヴィンは面食らったが、答えないわけにもいかないのでレヴィンは考えた。
しかし、考えても答えが出ず、レヴィンは2つの持ち方で木刀を持つ手を動かしてみた。
「あ、わかった。わかたったよ先生!」
「では、答えてみろ」
「指の並びが斜めになってる持ち方の方が手首を動かしやすいし、動かせる範囲が広い!」
ここで初めてバハムートの右の口角が微かに上がった。
「正解だ。お前の名は?」
「レヴィンです!」
「ではレヴィン、お前に5点やろう。
全員、私を見やすい場所に広がるんだ」
木刀を手に取ったバハムートの周りに一年生達が集まった。
「レヴィンが述べた違いは握り方だ。
全員、初めに人差し指から柄を握り、次に小指から柄を握ってその違いを確認しろ」
一年生達は謂われた通り2つの握り方を交互に行い、柄を握った状態で木刀を持った手首を動かし、その違いを実感した。
「やめ!少しの違いだが、その積み重ねはやがて大きな違いとなる。
故に、何が正しいのか?何が違うのか?何のために行うのか?それらを常に考えながら修行するように」
「「「はい!」」」
「よし、では最初の技を教える。私の動きを真似てみろ」
バハムートは右足を前、左足後に開き、木刀を持つ手を臍の前辺りに置き、切っ先は喉の高さに構えて微動だにしない。
それを見た生徒達は慌てて真似る。
生徒達が全員構えると、バハムートは左右と後ろに一度動いてから一歩前に出て剣を縦に振り、生徒達がそれを真似ると、バハムートは構えを解いた。
「わかったか?」
「「「え?」」」
生徒達は困惑した。バハムートは構えて左右と後ろに動いた後、一歩前に動いて剣を縦に一度振っただけで、何か技を繰り出した様に思えなかったからだ。
「せ、先生〜。僕には先生が構えて少し動いて、一度剣を縦に振っただけに見えたんですが、他に何か繰り出してたんですか?」
「構えて、左右と後ろに一歩づつ動いた後、一歩前に出て剣を一振りしたのみだ」
「「「えぇ~!?」」」
「マジ?」
「技を教えてくれるって……」
「オレが目で追えないくらい早く動いたわけじゃないの!?」
ザワ、ザワザワ……と、生徒達がざわつくも、バハムートは眉一つ動かさず、右手に木刀を持ったまま腕組みをした。
「お前達に聞こう。技とは何だ?何のためにある?答えよ」
ハバムートは端っこにいる生徒から順に視線を向けて答えさせていく。
15人くらいに答えさせて出て来た答えは要約すると『敵を倒すため』と『相手の攻撃を防ぐため』の2つだった。
「全員不正解だ」
「「「え!?」」」
「敵を倒すためや身を守るための技は当然存在する。だが……本質からは逸れている。
いいか。技とは、戦いを有利に展開して行くために存在する。攻撃以外にも、体捌き、歩法等無数の技が存在し、お前達はそれら学び、自分の物とせねばならない」
バハムートは再び構えると、表情等はさして変わらないものの、生徒達はバハムートから凄みの様な物が増してる様に感じた。
「左足の親指が右足の土踏まずの終わりに来る様に左足を引き、踵は上げる。
足の親指に力を入れ、重心は中心に置け。そして、左脇に卵1個、右脇に指一本挟むイメージ。左拳は臍の前で、体から拳1つ分空ける。右手は柄に添えるだけ。
自分と同じ背丈の相手が目の前にいるとイメージして、剣は体の中央に。切っ先は、刀身のラインの延長が相手の喉元に来る高さにする」
バハムートは説明をしながらその通りに動いて見せる。
「前後左右に動く時は、進行方向に対して遠い方の足で体を押し出す。
前に出つつ、眉間・鼻先・喉・胸骨・臍と結んだ体の中央、縦のラインである“正中線”に沿って真っ直ぐ振り上げ、この際の残像の奥を切るイメージで剣を振り下ろす」
バハムートはブンという音と共に木刀を振り下ろした後、再び構えた。
それを見て、レヴィンやジュリアス等一部の生徒が木刀を構え、それをボケっと見ていた生徒達も慌てて木刀を構えた。
「手の力は漠然と入れていれば言い訳ではない。
手の力は剣を振り上げる時、下ろす時、止める時のみ力を入れる。
さらに剣を振り下ろして止める時には柄を掴んでいる両手を内側に絞り込む様に力を入れる」
バハムートが木刀を振り下ろした際の音が高くなり、スピードが格段に上っていた。
生徒達も真似するが、音がする程の振りをする者はいなかった。
「これが、基礎中の基礎だ。そして、前に一歩出つつ一振り、後ろに一歩下がりつつ一振る。これを繰り返すのが素振りだ。
まあ、今日は初日だからな。腕立て伏せと腹筋、スクワットを200回づつやってから素振り千本。これが終わった者達からあがっていい」
「「!?」」」
驚く生徒達の間を歩きながらバハムートは話しを続け、教室の入口の前で立ち止まると、バハムートは少し振り返る。
「やりたくなければやらなくて良い。
鐘が鳴ってから教室を出れば、他の教師に会っても咎められないだろう」
「「「え?」」」
「ただし、積み重ねをせずに強くなる事は無いと教えておく」
それだけ言うと、バハムートは教室を出て行った。
残された生徒達が顔を見合わせている中、レヴィンはジュリアスの肩をはたくと、床に寝そべった。
「おい、ジュリ。やるぞ!」
「あ、うん!」
ジュリアスも寝そべり、レヴィンと共に腹筋を始める。
それを見た他の生徒達も腹筋を始めていった。
以前から鍛えてたであろう体格の良い生徒達は腹筋、腕立て伏せ、スクワットを各200回終えた時点で余裕がありそうだったが、ジュリアスとレヴィンはけっこうバテていた。
そして、食べるのが大好きなハリスは、他の生徒の誰よりもバテバテになっていた。
体格の良い生徒達が素振りをしているのを横目に、ジュリアスとレヴィンは呼吸を整えてから素振りを始める。
理論より行動のレヴィンと違い、理論を大事にするジュリアスが時折レヴィンにバハムートの動きとの違いを指摘し、レヴィンも負けじとジュリアスの動きを注意しつつ素振りを続けた。
次第に生徒の一部が2人の傍に寄り、ハピの授業で2人と共に行動したハリスも大きく息を切らしつつジュリアス達の指摘の声を傍で聞き、一緒になって懸命に素振りをするのだった。
やがて授業終わりの鐘がなり、千回の素振りを終わらせた者と、終わってはいないが楽をしたい者達が教室から出て行った。
ジュリアスとレヴィンは闇雲に素振りをせず、一振り一振りをしっかりと行っていた。
ハリスの様に一振り一振りを大事にする・しないとは別に、単に体力の無さから千回の素振りが終わらない者達もいたが、バテてつつも諦めずにがんばっていた。
「ハリス、がんばって!」
「もう少し!」
「後何回だ?」
「は……82」
「ぜ〜は〜……53」
口々に残り回数を声に出す生徒達。
千回の素振りが終わった後もレヴィンの『追加で鍛えるぞ』という一言に頷き、ジュリアスや近くで振っていた千回終わった生徒達は遅れている者に最後まで付き合って素振りをした。
「お、終わった〜」
やっと全員が素振り千回を終わらせ、寝っ転がったり座り込み休んでいると、教室の入口の方で固い音がした。
音に反応して振り返る生徒達につられて、ジュリアスとレヴィンも入口の方に少し視線を向けると、白い物が見えたのだった。




