#16 第1章 3話
気付くと紫の空に一面紫の石畳が広がる空間にいたジュリアスは、魔物に襲われそうなエミリアの後ろ姿にしか見えない少女を助けるべく、行く手阻む見えない壁を打ち破るが、突如視界が真っ白になった。
「朱雀!」
選抜の盾から聞こえる声にハッとしたジュリアスは、自分が選抜の盾を両手で掲げた格好で元の試験会場にいる事を理解した。
「この〜〜〜〜〜!」
選抜の盾と老人の声が同じだと気付いたジュリアスは、先程と見た悲しげに微笑むエミリアの横顔を思い出し、想い人であるエミリアを2度失った様な喪失感に加え、自分だけでなくエミリアまでも弄ばれた様に感じたジュリアスは、生まれて初めてキレた。
そして、その激情のまま、選抜の盾を台座に向けて投げつけるも、盾は台座にぶつかる事なくゆっくりと宙を漂い台座へと収まった。
「落ち着きなさい」
直前まで壇上にいたはずの真っ赤な髪の大人が、背後から盾を殴りに行こうとするジュリアスの両肩に手を置き宥めた。
在校生や受験生達から見て別段男の手に力が籠もっている様に見えないが、ジュリアスは全く動けなかった。
「ゆっくり深呼吸をして、落ち着きなさい。この試験は受験生の心が試されるのです。
盾が判断するために必要な事だったのです。
さ、朱雀寮のテーブルへ」
ジュリアスは3度深呼吸をすると幾分冷静になり、男に促された朱雀寮の赤いテーブルに着き、赤い髪の男も壇上の席に戻った。
その後も選抜の儀は続き、ジュリアス同様叫んだり泣き崩れる者が何人かいたが、その都度壇上の大人達が対処した。
そして、一人の落第者も出る事無く進んだ試験終盤、レヴィンの番となった。
「レベン村出身、レヴィン」
マクディッドの呼び声に、またもどよめきが起こる。
二度目のどよめきとあって、レヴィンは動じる事なく進み出て選抜の盾をスッと手に取った。
「!?」
ジュリアスや他の受験生の反応から魔法か何かで幻を見せられているのだろうと予想していたレヴィンだったが、実際に体験して驚いた。
一瞬で周囲は一面砂利に覆われた場所に変わり、足元の感触だけでなく、周囲の匂いも変わっており、幻には思えない状況だったためだ。
先程まで在校生がいた場所まで歩いて手を伸ばし、左右に手を動かすも空を切るだけだった。
さらにしばらく歩くも何も見つからず、レヴィンはため息をつきつつ来た道を振り返ると、目の前に殺されたはずのマリウスがいた。
「うわぁ!?」
「何だよレヴィン。ダッセ〜なぁ」
「な、な、な………!?」
マリウスはレーゼ村周辺において、レヴィンを庇い致命傷を受けた後、レヴィンの目の前で魔物に食い殺されており、生きている可能性が無いためレヴィンは混乱した。
「どうしたんだよ?そんなツラして」
「いや、だってあの時……。何で……王都にいるんだ?」
「王都?ここが?」
マリウスは大袈裟なジェスチャーで驚きを表す。
「レベン村を出てレーゼ村に行く所じゃんか」
そう言って不敵に笑うマリウスにレヴィンの意識が行った次の瞬間、周囲はレーゼ村に向う山道に変わった。
戸惑うレヴィンを無視して、マリウスはレヴィンに近付きながら、話しを続ける。
「歩きながら寝ボケるなんて器用なヤツだな。
それより、これからどうするよ?」
「これから?」
「あぁ。オレは大商人になって世界を優雅に周って各地の美味い物を食べたり、各地の名所を見たりと人生を楽しんで行こうと思ってるんだけど、お前はどうさ?」
「オレ?オレは……」
「無いんだろ?無いならそれで良いさ」
ゴキっという大きな音と共に、マリウスの様子が一変した。
マリウスが上半身をダラッと一度前に倒すと上半身の長さが伸びており、レヴィンはマリウスの異様な雰囲気に冷や汗が流れた。
マリウスが上着を捲ると腹部の大半が無く、片側で辛うじて繋がっている状態だった。
「見ろよ。こんなんじゃ将来設計が上手く行かないからさ、貸しを返してくれ?」
「貸し?」
レヴィンが返事をすると、マリウスはニヤリと歪な笑みを浮かべ、急激に体が腐って行き、体のあちこちが崩れ、左手は二の腕からボトリと腐り落ちた。
レヴィンはその光景に飛び退き、間合いを取って身構えた。
「身を挺して助けただろ?痛いなんてもんじゃなかったぜ。
だから……ゴンドバオマエノガラダヲオレニグレ〜!」
「お前は……死んだんだ!静かに眠ってろよ!
オレは聖剣士になって、魔物を狩る!
仇は必ず取るから!」
飛び掛かって来たマリウスの右手と頭を掴み抑えようとするも、今にも抑える手が振り解かれそうになっていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……っく!?」
膠着状態は長くは続かず、マリウスが体を大きく左右に振りレヴィンは手を振り解かれ、伸びた体を戻す勢いで繰り出したマリウスの横薙ぎをまともに受け、レヴィンは大きく吹っ飛ばされ地面を転がった。
咳込んだレヴィンの口の中は血の味が充満したが、盾が見せている幻でも、マリウスが魔物に乗っ取られているにしても、マリウスが弄ばれてると思うとレヴィンは恐怖よりも怒りが上回った。
そして、痛みに耐え目を開けると目の前に光を放つ盾があり、レヴィンは無意識にそれを拾い立ち上げるとマリウスに向けて無我夢中で突進すると、辺り一帯光りに包まれた。
「朱雀!」
しわがれた選抜の盾の声で、レヴィンはハッとして周りを見ると、在校生達に向けて選抜の盾を突き出していた。
レヴィンは視線を泳がせた先でジュリアスと目が合って、意識がはっきりとした。
「ふ〜……」
レヴィンは選抜の盾を台座の下にそっと置いて目を見開くと、思いっ切り選抜の盾を踏んだ。
バーン!バン、バン、バン、バン、バン……
レヴィンはその後も忌々しげに何度も何度も怒りを込めて選抜の盾を踏みつける。
「キミ、そのくらいにしておうこうか?」
「ふぅ……ふぅ……」
壇上にいた赤髪の大人がレヴィンを止める。
レヴィンは呼吸を整えると赤髪の大人に向き直った。
「あんまりにもクソったれな事をして下さるもんだから、ついキレちゃいました」
「そうか……じゃ、同郷の子と同じ赤いテーブルの席に着きなさい」
「……わかりました」
チラっと選抜の盾を見ると盾は凹んでおらず、何事もなかった様にひとりでに台座へと納まった。
そして、残りの受験生も全員いずれかの寮へと割り振られ、マクディッドは壇上の空席の前に立つと、第二試験の受験生全員の試験が終了した事を告げ、在校生と受験生は大きな歓声を上げた。
歓声が治まりを見せない中、壇上の中央にずっと座っていた大人が立ち上がり前に出る。
レヴィンとジュリアスも注目すると背の高く、ローブをまとった老人であった。だが、腰は曲がっておらず、立派なローブの上からでも細身ながらガッシリとした体型を感じさせ、歴戦の戦士といった雰囲気であった。
「合格者達よ、おめでとう。ワシは、この王国支援私立ヴァリストン聖剣学院の学院長、アルベルト・ローマス・ランカークスじゃ。
諸君らは、当学院への入学が認められた!」
柔からな声でそう告げられると、受験生達から再び歓声が上がり、ランカークスは両手を上げて歓声を鎮める。
「よしよし、よ〜やった。だが、一つ言うておく。
新入生の諸君は、今まさにスタートラインに立ったに過ぎん。
これからキツい修行の日々となる。明日からは気持ちを新たにがんばって欲しい。
それでは、そんな新入生諸君を教える先生達を紹介しよう」
壇上に座っていた大人達が立ち上がり、机の前に並んだ。
ランカークスは順番に紹介していく。
基礎学科 マーウン・デニュー
歴史科 メレル・ウル・ラムレード
教養科 クラウディア・バリッシュ
魔法薬具科 ミナーヴァ・マクディッド
鍛錬術 カオス・バハムート
心理力術 ユダヤ・イフリス
乗騎生物科 ヘブジ・コーク
校医 ベレス・フォド・ミラベル
壇上に並ぶ教師達は、ランカークスに名前を呼ばれると一歩前に出て一言挨拶をし、生徒達は拍手をする。
ミラベルの挨拶が終わると教師達は席に戻った。
「もう一人、兵糧・野営術担当のハピ先生がおるんじゃが、王国からの要請で出張中じゃ。どんな先生か楽しみしておってくれ。
さて、各寮は四神の名を冠しておる。四神は四方位の1つを守護しており、シンボルカラーは各々着いておるテーブルの色じゃ。
青の青龍、白の白虎、赤の朱雀、緑の玄武。
この食堂ホールや各教室がある中央棟の四方に各寮は配置されている。
東側の青龍寮はマクディッド教頭。西側の白虎寮はデニュー先生。北側の玄武寮の寮監はハバムート先生。南側の朱雀寮はイフリス先生がそれぞれ寮監を務める。
何かあれば気軽に相談するんじゃ。
それでは、皆でご馳走を食べようぞ!」
ランカークスが指を鳴らすと全てのテーブルが光ると、テーブルの上にご馳走が現れ、新入生達から歓声が上がった。
机の上には様々な料理や飲み物並び、ジュリアスとレヴィンは顔を見合わせ、また幻じゃないかと疑うも、美味そうな料理の匂いに恐る恐る指先で料理のソースを掬い舐めると凄く美味しく、上級生達や新入生達がバクバク食べているのを見て、二人もがっついた。
茶色く乾燥してそうで歪な形をした物は、噛むと中から肉汁が出て来る肉料理だったり、細長くやや曲がった表面が細かくボコボコして、片方の先端が赤い扇状の物が付いた物はプリプリした食感の白い何かが入ってたりと、ジュリアスとレヴィンが食べた物が無い物も無数にあった。
ジュリアスの斜め向かいに座っている少年が……。
「これも美味しいけど、さっきのラザニアをもっと食べたかったな〜」
……とボヤくと、目の前のランチマットが光ってラザニアが現れた。
「「「おぉ!?」」」
ボヤいた少年と周囲の新入生が驚きの声を上げる。
ジュリアスとレヴィンが育ったレベン村は貧しい村では無かったが、制限なく好きなだけ食べられた事は無く、その上どの料理も凄く美味しいためドンドン食べていく。
上等な服を着た貴族出身の新入生達を除くほぼ全ての新入生達はガツガツ食べ続けると、満足気な顔を浮かべだらしなく座っていた。
上級生や教師達も食べ終えた頃、ランカークスが立ち上がると上級生達はランカークスに注目し、それに気付いた新入生達も居ずまいを正しランカークスに注目した。
「しっかり食べた様じゃな。けっこう、けっこう。
諸君らは育ち盛りに加え、戦う者としての体を作るためにも、少食では困るからの」
ランカークスは真面目な表情を作ると、1つ咳払いをして切り出した。
「それでは、新入生の諸君にヴァリストンで暮らす上での注意点を説明する。上級生諸君もしっかりと再確認する様に。
まず、学院が認めた時以外に校外に出る事は禁ずる。そして、中央棟の各教室や新入生諸君が今日通って来た外周部への立ち入りも同様とする。
もし、事前に許可されてない時間帯に使用したい場合には、寮監へ申請するのじゃ。
次に外部への連絡じゃが、中央棟に郵便室があるので、家族等校外へ連絡したい際は自由時間に行くと良い。詳しくは各寮の生徒のまとめ役であるプリフェクトか、上級生がちゃんと教える様に。
外部からの差し入れについては制限されておる。差し入れ品は全て郵便室職員の検閲が入り、違反品は全て送り返され、危険物については没収じゃ。
そして、貴族や豪商の家の子達は、入学試験時にアナウンスがあったはずじゃが、合格と同時にその貴族院等からは抹消となる。
生まれた家を背景に平民出身の生徒に理不尽な振る舞いをした時には即処罰となるから忘れん様にの」
貴族出身と思われる生徒達の顔が強張っていく。
「あぁ、それから、陰でコソコソすればバレんと思う者がいるかもしれんが、ヴァリストンではそこら中に監視の目があるのを先に言うておく。もちろん、平民出身の生徒にも贔屓はせんからの。
話しはこれでしまい。生徒達は各寮に戻るのじゃ。プリフェクト生は新入生をしっかり案内する様に。では、解散じゃ」
教師達は壇上をおり、生徒達がガヤガヤとする中、各寮のプリフェクト達が声を張る。
「白虎の新入り共、ちゃんと着いて来い!着いて来れない奴は置いていくからな!」
「玄武の新入生は私とこの背の高い彼に着いて来なさい!」
「青龍の新人は僕らに着いて来なよ〜!」
「朱雀はこっちだ〜!」
赤い上着を羽織った上級生が手を上げて左右に振るのを見て、ジュリアスとレヴィンは他の者達に続いて南側の出入り口に向う。その途中、レヴィンが振り返ると選抜の盾は台座ごと消えていた。




