#14 第1章 1話
王都サガリオンにある聖アルディオス教会本部の一室。
漆喰の壁、ワックスの効いたフローリング、しっかりとした造りのベッドが2つ。
それぞれのベッドには、金髪の少年と黒髪の少年が寝ている。そして、朝日が差し込む静寂な時間が終わりを迎える
「起きなさい。いつまで寝てるの!」
窓が全開に開けられ、少年達の掛け布団が一気に剥ぎ取られた。
「ふわ!?さ、さぶ!」
「寒い⁉シ、シスタ~」
金髪の少年ジュリアスが震えながら目を擦り体を起こすと、シスターのマギー・クラレンスが腰に手を当て立っていた。
「昨日、今日は試験を受けに学院まで行くから、いつもより早く起きる様に言ったでしょ?
早く起きてご飯食べなさい」
「そ、そうだった!……痛っ」
掛け布団を取られ、ベッドで丸まっていた黒髪のレヴィンは慌てて起きようとして、ベッドから落ちた。
レベン村が壊滅した後、ジュリアス、レヴィン、クラレンスの3人は、何度も馬車を乗り継ぎ、3ヶ月程度かけて王都サガリオンに辿り着いた。
ジュリアスとレヴィンが受験する王国支援私立ヴァリストン聖剣学院の試験は17日後という事で、3人は教会本部に身を寄せていた。
クラレンスは所属していたレベン村の教会が壊滅したとあって、本部に仮勤めとなり、ジュリアスとレヴィンは来客扱いとして滞在していた。
育った村が壊滅し、共に育った多くの仲間が殺されたジュリアスとレヴィンは、王都まで乗り継いだ各馬車を担当する兵士達や行く先々で出会う人達に気遣われ、傍目には移動の3か月間に傷付いた心が少しは回復した様に見えた。
身支度を整え、食堂でいつものサービス盛りの食事を済ませたジュリアス、レヴィンは、クラレンスと共に教会の入口で神父のトーマスとイグナティウスに見送られた。
「トーマス神父、イグナティウス神父。お世話になりました」
「お世話になりました」
ジュリアスとレヴィンは深々と頭を下げた。
「ヴァリストンの試験に通ったら、二人はそのまま寮暮らしとなる」
「ジュリアス、レヴィン。ヴァリストンの試験に受からなかったとしても、二人共の人間性を否定するものではない。だから、ダメなら遠慮せず戻って来なさい」
「ありがとうございます」
「はい」
「試験に受かってもそうだが、無理して命を落とす前に、ダメだと思ったら戻って来るんだぞ。自分の命を軽んじるなよ」
「お二人とも、これから受験なんですから……。
では、行ってまいります」
「えぇ、気を付けて」
「合格するのを神に祈ってるぞ!」
クラレンスに連れられ、ジュリアスとレヴィンは世界で唯一聖剣士になるための学校である王国支援私立ヴァリストン聖剣学院へと向かった。
職人達が工房を並べる区画を通り抜け、城の様に巨大な建物へと近付くに連れ、同じ方向に向う人間が目に見えて増えていった。そして、門まで数100mまで近づいた時には、道が人で埋め尽くされる大行列となっていた。
「な、何なのこの人混み!?まさか、コレみんな試験受ける人?」
「半分くらいは私の様な付き添いでしょうね」
「それでも物凄い人ですよ!?それに、この壁もとんでもなく高い……」
「こんな規模の学校はそうないわね」
「え?って事は他にあるの?」
「えぇ、魔法学校とかそうよ」
「さすが王都……」
「とりあえず、並ぶしかなさそうね」
通りに人が敷き詰められた様な状態で、時折屋根の上からアナウンスをする人間がいて、その指示に沿って行列はゆっくり、ゆっくりと進む。
ジュリアスとレヴィンが立って並び続けるのが苦痛になって来た頃、門に辿り着いた。
門では支柱と支柱をロープで繋いで10個の通路を作り、各通路には鎧を着た10人の兵士達がそれぞれ机を並べ立っていた。
「ようこそ王国支援私立ヴァリストン聖剣学院へ。
受験を希望するのは誰かな?」
「オレとこっちの2人です」
「わかった。では、この石板に手を置いて、名前と年齢、出身地を述べてくれ」
兵士が示した机の上には、本よりも大きな石板が置かれていた。
石板にはレヴィン達が読めない文字や図形が彫られており、レヴィンは石板の真ん中に右手を置いた。
「レヴィン。10歳、レベン村出身」
レヴィンが石板に手を置いたまま名前・年齢・出身地を述べると、石板がオレンジ色に光ってすぐに消えた。
「良し、手を離していいぞ。次は金髪のキミだ」
「はい」
レヴィンと入れ替わったジュリアスは、レヴィンに習い同じ動作をする。
兵士は紙に何か書き込むと、クラレンスに差し出した。
「シスター、こちらは2人の受験番号になります。
合格判定が出ると番号部分が消える様になっています。
全員の受験結果が出ましたら学院の鐘が鳴りますので、鐘が鳴った時に番号が残っていたら不合格となりますので、こちらに彼らを迎えに来て下さい。
鐘が鳴るまでに番号が消えたら合格となり、そのまま入寮となりますのでお帰り下さい」
「承知しました」
クラレンスは兵士からジュリアスとレヴィンの受験番号が書かれた紙を受け取る。
「今回は学院周辺の店舗にいても鐘が聞こえるらしいので、そちらでお待ち頂いても大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
「それにしても、レベン村の生き残り……。
立場上、大きな声では言えないが、応援している」
周りの目を気にして声を潜めつつもにこやかに、力強く応援してくれる兵士に、クラレンス達は兵士に頭を下げ門を潜る。
門を潜った先には子供だけのほとんど動かない長蛇の列が見えた。
「付き添いはここまでみたいね。
どんな試験かわからないけど、精一杯やんなさい」
「はい」
「わかってるよ」
クラレンスはジュリアスとレヴィンを抱きしめた。
「合格したらそのまま寮生活だから……。
トーマス神父とイグナティウス神父の言葉を忘れない様にするのよ。
さ、行って来なさい!」
「「はい!」」
ジュリアスとレヴィンはクラレンスに手を振りながら案内に従い列に並んだ。
周りを見ると自分達と同じ歳くらいの子供達で、女子の受験者もジュリアス達が思ってた以上に多かった。
その後、列は建物を右回りに馬鹿高い塀に沿って進み、周りの子供達は興奮気味でいる。
そんな中、ジュリアスとレヴィンは緊張で固くなっているわけではないがはしゃぐ気になれず、周囲とは異質な雰囲気を醸し出していた。
右側の塀や左側の建物を見上げつつ進んでいたレヴィンは、不意に後ろから突き飛ばされた。しかし、レベン村で襲われた時より遥かに微かながら似た違和感を感じて自分から前に飛び出しており、すぐに体勢を整えつつ振り返った。
「チッ、つまんねぇ……おい、トロトロトロトロ歩きやがって、邪魔なんだよ」
「田舎者は端を歩いてろっての」
「そうだ。身の程をわきまえろ」
振り返ったレヴィンの前には5人の少年達が嘲笑っていた。
着ている物もジュリアスとレヴィンは元より、周囲のどの子供よりも上等そうな服に、ジャラジャラとアクセサリーを身に着けていた。
「さっさと道を開けろ平民!」
「オレ達貴族の道を塞ぐなっての!」
貴族を名乗る少年の1人が、手に持っていたパンをレヴィンに投げた。
「避けんなクズが!」
「いきなり何なんだコイツら……」
レヴィンはパンを投げつけた少年に詰め寄ろうとするのを、ジュリアスが後ろから掴んで止める。
「ダメだよレヴィン!」
「離せジュリ。アイツらぶっ飛ばしてやる!」
「レ、レヴィン。これから試験なんだよ。
騒ぎを起こしたらーー」
「そこ、何をしている!」
列の進行方向から大声が掛かると共に黒尽くめの男が受験生達を飛び越え、レヴィン達と貴族の少年達の間に着地した。
「答えろ。何をしている?」
男は黒い仮面をしており表情がわからないながら物凄いプレッシャーを放っており、レヴィン達も族貴族の少年達も身動きが取れなくなっていたが、少しして貴族の少年達のリーダー格の少年が足を震わせながら前に出た。
「コ、コイツが、平民の分際でバーリゲン家の人間である僕をはじめ、貴族である我々の道を塞ぐので、罰を与え様としていたのだ」
「バーリゲン……大臣の息子か」
「そうだ。だかーー」
「笑わせる」
「え?」
「自分の実力以外の物を振りかざす等、愚の骨頂だ。
ヴァリストンでは家柄は一切考慮しない。
また入学できた際には、その者は貴族院から抹消される」
「え!?」
貴族の少年達は青ざめるが、黒尽くめの男は気にせず話しを続ける。
「そして、夏休み等で帰省中にその学生が貴族として力を振るって横暴を働いた場合、本人は元よりその家の者達にも厳しい罰則が課せられ、場合によっては本人は処刑、家は取り潰しだ」
「「「そ、そんな……」」」
レヴィンは『ざまあみろ』と思いながら見ていたが、黒尽くめの男がレヴィンとジュリアスの方に向き直った。
「今回はお前達が因縁をつけられた様だが、お前達もやるだけの事をしたら罰則を受ける側になる事を忘れるな。
わかったら先に進め」
「あ、はい」
「はい。失礼します」
ジュリアスは黒尽くめの男にお辞儀し、レヴィンもそれを見て会釈をして先に進んだ。
それから行列に暫く並んでいると、左手の建物よりは小さいが、ジュリアスとレヴィンにはレベン村で一番大きな建物だった教会よりも大きく感じる建物が正面に見えた。
行列は正面の建物の中へと続いていた。
それからまた列が進むのを待ってジュリアスとレヴィンは中に入ると、家が何軒も入る広い吹き抜けのフロアとなっており、子供達が大勢並んでいた。
その奥には、数段高くなって5つの扉があり、左右の階段から登った2階にも5つの扉があった。各扉の前には黒尽くめの男が立っており、フロアでは数人の兵士が受験生の子供達を各部屋に向かわせていた。
その指示に従っていると、ジュリアスとレヴィンは他の子供達と扉の1つに通され、50人程入った所で扉が閉まった。
「待ちに待って部屋に通されたのは良いけど、ここが試験会場なのかな?」
「どうだろう?入口にいた兵隊さんはココに入ると様にとしか言ってなかったし……」
「喉乾いたな」
レヴィンとジュリアスが小声で話し出すと、他の子供達もヒソヒソ話し出す。
バン!
奥の扉が勢い良く開き、黒尽くめの男が入って来た。
ジュリアスとレヴィンは後ろにいるはずの男かと驚いたが、よく見ると背丈や体型が違っていた。しかし、先程の男同様、目の前の男からも何とも言い様のないプレッシャーを感じていた。
「これより第一の試験を行う。説明をする」
黒尽くめの男が指を鳴らすとフロアの色んな所が光り盛り上がって来る。青と緑が混ざった様な光りが収まった後には、長さや太さにバラつきのある透明な石の様な物があった。
そして、大人の隣りには、大人よりも大きな砂時計が現れていた。
驚いた子供達が騒ぐのを男が一喝した。
「黙れ!……よし。
この後砂時計をひっくり返す。そしたら、お前達は砂時計が落ち切る前にフロアに現れた物を1つ持って、オレが入って来た扉を潜れば合格だ。
質問は認めない。では、始める」
そう言うなり男は指先でピンと弾いただけで大きな砂時計をひっくり返すと、床が光り透明な物がフロアの至る所に現れた。
男は腕組みをして壁にもたれ掛かり、仮面で表情は見えないが、俯いていて受験生である子供達には興味無しといった雰囲気だった。
「何だコレ?くっついてるのか?」
「ん〜〜〜〜〜!」
「びくともしない!?」
戸惑いながらも子供達は徐々にフロアに散らばる透明な物を拾おうするが、誰一人持ち上げられない。
ジュリアスとレヴィンも一番近くの物を持ってみるが、床にくっついているかの様に微動だにしない。
「何コレ!?マジで全く動かないぞ?」
「人差し指くらいの物もダメだよ」
ジュリアスは這いつくばって、床と透明な物との境い目をいくつか凝視すると立ち上がった。
「床と一緒になってるんじゃなくて、床に置かれてるだけみたい」
「じゃあ、重いだけなのか……」
「聖剣士は剣や鎧を装備して戦うから、力が無いとダメって事なのかな?」
「んなバカな。そこ含めて学校で鍛えるんだろ?
それより、軽いのが無いか探そう」
「あ、うん」
子供達は近くの物が持ち上がらないと判断すると、持ち上げられる物が無いか探し回る。
一向に誰も持ち上げる事ができず、砂時計の砂が1/4近く落ちた頃、何か硬い物を引き摺る音が聞こえ出した。
ゴリゴリゴリ………ゴ。ゴリゴリ……。
子供達が音のする方を見ると、一人の少女が40cm程の透明な物を片方を引き摺りつつも持って移動を始めた。
ジュリアスとレヴィンは少女を見ていて、徐々に少女は引き摺る時間が短くなって来た様に思えた頃、少女の傍にいた少年が少女を突き飛ばすと、少女が持っていた透明な物を少年が奪い取った。
しかし、少年は一瞬透明な物を持ち上げかけるもすぐ持てなくなり、持っていた手が床と透明な物とに挟まれた格好になった。
「ぎゃ〜〜っ!痛い〜〜〜〜!」
慌てて近くにいた子供数人が助けようとするも、数人かがりで持ち上がらずにいた。
「おい、良くある事だ放っておけ。後で助けてやる。
それよりいいのか?どんどん時間は減ってくぞ?」
黒尽くめの男は呆れた様にそう声をかけると、少し上げていた顔を下げてまた黙り込んだ。
一方、突き飛ばされた少女は周囲をキョロキョロして先程ジュリアスが持ち上げられなかった物の1つにする手を添えると目を閉じた。
「大丈夫。また、持ち上げられる。私にはできる」
次の瞬間、少女は完全に透明な物を持ち上げて歩き出し、やがて扉を潜った。
多くの人々受験生達がその様子を茫然と見ている中、ジュリアスとレヴィンは目まぐるしく周囲を見ている。
この時、砂時計に残った砂は、間もなく半分を下回ろうとしていた。




