イメージ・IN・THE・シャーク
昨日のことが頭に離れない僕はまた同じ水族館に来ていた。
ここなら彼女に、鰈崎椿に会えるかもしれないと淡い期待を込めてきた。
券を買い中に入る。
中に入ればコンクリートの世界は青一色に染まっていく。
微かに香る独特の潮の臭いがよりのめり込ませてくれる。
綺麗なサンゴ礁をコンセプトにした水槽群が客を迎えるように並んでいる。
青一色の背景が一気に赤や黄色のカラフルな色に変わっていく。
某有名な映画に出てくる魚たちや有名人が頭にかぶっているフグが展示されている水槽を眺めながら突き進む。
こんな色では見つかって食べられてしまうのではないだろうかと思うほど鮮やかな魚たちはゆったりと泳いでいる。
イソギンチャクに出入りするクマノミ、流木風のオブジェクトに絡まりゆらゆらとゆれるタツノオトシゴ、砂の中から頭を出すチンアナゴなど小型でかわいらしい魚たちを見届ける。
ここから遠洋の海をコンセプトにしたゾーンに変わる。
まず目に入るのは巨大な水槽だ。
巨大水槽の中には大型のサメやエイが印象的だ。
大型のサメはゆったりと水槽のはしを泳いでいる。
エイも円形のひれをくねくねとうねりながら前進する。
ふと水槽の端を見ると鰈崎椿がこちらを見つめていた。
「やあ、昨日も来たのに何で来たんだい?君は何度も来ても楽しめるほどの感性があったのかな?」
けらけらと笑いながら僕に向かってくる。
彼女の瞳はお見通しだとでも言っているような気がした。
「昨日、あまりみれられなかったので・・・・」
「・・・君がそう言うのならそういうことにしておこう」
彼女はそういうと目の前の水槽に目を戻す。
青く大きな水槽は海の一部を切り取った標本のようだった。
多くのイワシの群れが巨大なミラーボールのように回っている。
その周辺を泳ぐ魚たちはゆらりゆらりと揺れている。
ここでふと疑問に思った。
なぜサメなどの大型生物は同じ水槽の魚を襲わないのだろうか。
目の前をゆったりと穏やかに泳ぐサメは興味がないかのように穏やかだ。
他の魚もサメが近づけば放れていくが逃げるというよりはまるで道を譲るような感じだった。
「雄二君、君はなぜサメが他の生物を襲わないのか疑問に思ったのだろう」
彼女は水槽を向いたまま僕に話しかけてきた。
「・・・よくわかりましたね、どうしてそう思ったんですか?」
「君はあまり水族館や動物園に来たことがないだろう?私も初めて来たときは不思議だったさ」
彼女は水槽に手をふれ話し始める。
「話を戻すとそれは彼らが満足しているからさ」
「・・・・満足ですか?」
「ああ、君はお腹がいっぱいなのに近くのファミレスに入ってご飯を食べるかい?食べないだろう、彼らは十分なエサが毎日与えられている。故に他の動物を襲わなくてもいいのさ」
「なるほど、そういうと分かりやすいですね・・・でもやっぱりそれだと分かっていてもサメは少し怖いですね」
頬を少し書きながら話す。
しかし彼女は僕の肩を両手でガット掴んだ。
「・・・・・君は何か勘違いしているね?」
にやりと彼女は笑うと話し出した。
「サメが怖いと感じる理由は恐らく襲われるかもしれないという潜在意識だろう。しかしサメは人を好んで襲う種はいないんだ。サメが人を襲うことはあるが、襲うイメージがつき始めたのが映画『ジョーズ』からだとされているんだ」
「ああ、確かにサメといえばジョーズですもんね」
「実際ジョーズの影響でサメは人に加害を及ぼすものというイメージが植え付けられたんだ。これによって多くのサメが狩猟され減少したとされているんだ」
「なんか・・・可哀そうですね」
「その通りだ、特にサメはアンモニアを体内に含んでいるので食用に向かない。ひれを切り落としてふかひれにするらしい」
彼女は話し続ける。
「サメが人を襲い殺す割合は3,748,067人に1人とされている。ちなみに落雷での死亡者の割合が79,746人に1人というデータもある。いかにサメが人を襲わないかわかるだろう?そもそもサメは海にさえ入らなければ基本合わないからね」
「なんというか意外ですね、落雷のほうが死んでいるなんて・・・」
「まあ、自然現象と一緒にしていいかわからないがね、大体、サメが原因で死ぬ人間は世界で年間で約10人程度とされている。ちなみに一番殺しているのが蚊とされていて年間に約725,000人だ。いかにサメが人間に無害かわかっただろう?」
彼女は水槽を見上げる。
見ると3メートルぐらいのサメが僕らの1メートルほど上にいた。
ふと、サメと目があった気がした。
その目は、何か訴えてるように感じた。
自分たちに敵意はないということを言っていったと思う。
サメの目はけして優しいものではなかったが、こちらに対する興味がなかった。
サメはゆったりと水槽の奥に戻っていく。
「いいか雄二君、私たちはイメージで生きているんだ。彼は良い人だ、彼女は悪い人だというように他人の評価を鵜吞みにしてしまう人が多いんだ。でも実際にそうだろうか?本当にそのイメージであってるか確認しなければ私は人を評価してはいけないと思う・・・・何か大きな問題になる前にね」
彼女はそう言うと進んでいった。
「行こうか雄二君、君の疑問にできる限り答えよう」
僕は彼女に連れられ水族館の奥に進んでいく。
前回のマグロは檻に捕らわれたように感じた。
しかし今回の魚たちには一つの救いの場所に感じた。
これもまた一つのイメージなのだ。
僕にはあっているかわからない、でもたしかにそう感じたのだった。