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アクアリウムのファムファタル  作者: 枝投げワハン
1/3

マグロのような人生

「そんなに焦って何処へ行くんだい?」

真夏の炎天下の中誰かに肩をつかまれた。

急いでた自分はその手を払いのけようとしたとき目の前に車が通りすぎた。

あと一歩踏み込んでいたら車に轢かれていただろう。

「危なかったね、君は下手すればこの世にいなかったかもしれないよ?」

僕を呼び止めた彼女は笑いながら肩から手を放す。

「ありがとうございます。助かりました」

「いやいや礼なんていらないさ」

彼女はけらけらと笑いながら話す。

この世のすべてを飲み込むような黒髪に透き通るような白い肌が特徴的だ。

こんなに暑いのに汗一つ書いてない彼女に僕は目を奪われた。

「もしよかったらですが何か恩返しさせてくれませんか?何でもしますよ」

僕がそう言うと彼女は少し考えるような仕草をするといった。

「君これから私とデートへ行こう」

「今からですか?無理ですよこれから行くところがあって」

「拒否権はないよ。そもそも何でもするといったのは君ではないか」

彼女は数歩進むと振り返り小悪魔的笑顔で言った。

「私は君の命の恩人だ・・・何が言いたいかわかるよね?」

これは僕と彼女の物語。


ーーーーーー


「ほんとについてきてよかったのかね、君が車に轢かれるのを助けたとはいえ面識のない女だぞ」

「だれかとの待ち合わせとかではありませんし、自分の私用だけですので」

僕らは水族館に来ていた。

しかも入場料は彼女が出してくれた。

正直助けてもらっておいて入場料まで出してもらって気まずい。

こういうのは助けたお礼に自分が払うべきなのではないか。

真夏の水族館は冷房が効いていてかなり涼しい。

汗も引き始めたころ彼女が言った。

「そういえば名乗っていなかったな、私はこういうものだ」

彼女が名刺を渡してきた。

名前には『鰈崎 椿』と書いている。

「えっと・・・・」

「かれざきつばきだ」

「ありがとうございます・・・自分は浅海雄二です」

「雄二君か、これからよろしく頼むよ」

彼女はそういうと進んでいった。

しかし展示物にはほとんど目もくれずただ彼女は突き進んでいく。

ふと彼女は一つの水槽の前で立ち止まった。

「君は寿司は好きかね?」

「まあ、人並みには・・・」

彼女の目の前の水槽には沢山のマグロが泳いでいた。

「速いだろ、彼らの飼育はかなり難しいんだ」

僕は目の前で泳ぐ3メートル位の無数のマグロの群れに魅入られていた。

大きな白銀の体が光に照らされ、進む姿はさながら巨大なミサイルのようだった。

声さえ出ない光景にただずっと見とれていた。

「彼らは時速70~90キロメートルで泳ぐんだ、長く深い海を行き来するためにね・・・でもね」

彼女が人差し指を口に当てた時、目の前の水槽でゴッ・・と何かがぶつかるような音がした。

見ると一匹のマグロが痙攣しながら徐々に水面に向かっていた。

「でもここは水槽の中だ。制限された環境では彼らも生き急ぐ彼らは極稀にこうして壁にぶつかり命を落とすんだ」

彼女は笑いながら僕肩を掴み耳元でささやいた。

「まっすぐ突き進むのも良いけど何かにぶつかって死んでしまうかもね?・・・私たちの住む世界は水槽の中以上に障害が多いんだから」

「・・・・・」

僕は何も言えなかった。

目の前の目的に夢中になって車に轢かれそうになった僕からしたら彼女の言葉の説得力はすごかった。

黒髪をたなびかせながら彼女は少し進むと振り返り言った。

「今日はここで解散にしよう、また会おうね田中雄介君」

そういうと彼女は水族館の暗い通路に姿を消した。

彼女を追いかけようと思った。

追いかけないといけないと思った。

彼女は自分の知らない何かを知っていると確信していた。

もっと知りたかったし、彼女に興味を惹かれていたからだ。

でも僕はしばらくマグロの水槽から離れられなかった。

僕からは見たら広く見えた狭い水槽の中を泳ぐマグロが自分だと思った。

泳ぐ姿に自身を投影させていた。

灰色の背景に泳ぐマグロに光が反射し、鈍い銀色の流星が僕の網膜にじわっと滲みながら焼き付く感覚に襲われていた。

平日の昼間の人が少ない時間帯、静寂の中、僕は一人で立っている。

しばらくマグロは食べれそうになかった。


-------


あれから鰈崎さんが飛ばしていた展示も見直していた。

水族館を詳しく見ることもなかったし知らない発見が多かった。

水族館をでれば既に日は落ち明るい星々が大きな三角形を作っている。

もう時間が遅いので帰路に就く。

よくよく考えれば用事自体別に急がなければならないものでもなかった。

ただ何かに追われるのが嫌で焦っていただけだった。

速く終わらせたいという考えが自分の視野を狭くしていた。

熱い太陽の下、あの時彼女、鰈崎椿がいなければ僕はこの世にいなかった。

なぜ彼女が見ず知らずの自信を助けたのかもわからない。

妖艶な、しかしどこか儚げで泡のように消えそうな鰈崎椿を思い浮かべていた。

「・・・・またあえるだろうか」

夜の横断歩道、淡い潮の香りがまだ微かに漂っている気がした。



不定期更新でやっていきます。

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