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とあるデッドエンド  作者: 読み専
3/3

蛇足

ぶっちゃけ、まだあんまり納得してないです。

けど、これ以上捏ね回しても埒が明かないので、諦めることにしました。




 これで、あやちゃんは僕のものになった。

 そう思うと、欠けていた部分が埋まっていく気がした。





 目の前には赤黒い暗闇が広がり、感覚の鈍り始めた左手を握る力の強さだけが、僕をその場に繋ぎ止めようとしている。

 喧騒が酷いはずなのに、愛しい彼女の慟哭がやけに鮮明だった。





 初めて飢えを自覚したのは、母がはにかみながら、


「良かったね。和正(かずまさ)、もうすぐお兄ちゃんになるんだよ」


 と言ってきた時。


 まだ小さい頃だったから、具体的な事はほとんど覚えていない。

 けれど、その時確かに、僕の中の何かが変わった。



 後に母は、


「和正って、ちっちゃい頃から大人びた子だったけど、『妹ができたよ』って教えてから臨月に入るくらいまでの間、私にべったりだったんだよ?

 独り占めできなくなるの、寂しいって思ってくれてるんだなって、嬉しかったのよね。

 ……まあ、子供だから加減がわかんないらしくて、激しい運動に付き合わされた事もあったけどね」


 と、その時の感情を僕に話して聞かせた。

 母からすれば可愛らしいワガママだったらしいそれは、僕からすれば、底なしの独占欲の発露だった。



 僕の愛情を受け取る器は、いつもどこか穴が空いていて、満タンにならなかった。どんな時も物足りなかった。満たされなかった。


 今までの中に、こぼれ落ちるそれに気づかなかったり、補充が間に合わなかったりで、気持ちのズレが生じて別れることになった交際相手がいた。

 僕と同じように満たされない苦しみに悩む人もいて、満たされない分を他所に求めて僕の元を去って行った。


 そして、最後に出会ったのがあやちゃんだった。

 きっかけは、僕がよく行く店で、彼女がアルバイトを始めた事。


 広く見ればよくあるものでも、僕に比べればよっぽど複雑な家庭環境で育った彼女は、今までの交際相手よりは『愛が重い』と形容されるタイプの人だった。

 束縛がキツイ訳では無いけれど、過剰に尽くす事で安定した愛を受け取ろうとする。数少ない束縛と言えば、飲み会に行くことを禁止にはしないけど、無理の無い範囲で詳細を聞きたがる。その程度だった。

 職場の女子の話をすれば、数日以内に少し豪華な夕食や、ちょっとしたプレゼントがあった。


 控えめなそれが心地よくて、わざと、


「今日、同僚の××さんがミスをしてしまったらしくて、落ち込んでたんだよね」


 なんて事を話題に出したこともあった。

 話している間、ずっと少しだけズレた視線と、トーンの落ちた声が、たまらなく愛おしかった。




「……私、死ぬなら、かずくんより先が良いな」


 レンタルショップで借りた、悲恋をテーマにした映画を見た彼女が言った。

 理由を問うと、


「ほら、私の両親、死んじゃってるじゃない?

 ……その時にね、思ったの。もう二度と置いていかれたくない、って。だから、この映画見て、嫌だなって思ってたこと思い出しちゃったから」


 と、暗くなりすぎないようにか、わざとらしくトーンの上がった声で答えてくれた。


 その時の僕は、彼女をただ抱きしめるだけで、これといって言葉を返したりはしなかった。

 それでも彼女は、僕の腕の中で幸せそうに笑っていた。


 僕の心の中では、器からこぼれ落ちる愛の音が、少しだけ大きくなった気がした。



 彼女の飲み会が終わる頃に迎えに行った時。


「あ、綾香さんの彼氏さんですよね?いつも、綾香さんを迎えに来てる。

 今日、綾香さんが仲良くしてた○○さんが寿退社するんで、そのお祝いだったんですよ。毎日のようには会えなくなるのが寂しいらしくって、いつもの倍くらい飲んでて、ご覧の通り千鳥足になっちゃったみたいです」


 という説明を添えて、俺の知らない男に支えられたあやちゃんを任された。

 その時の僕の心情は、だいたい察してもらえると思う。


 しばらく連絡を控えて、不安定になったあやちゃんがとても可愛かった。



 仲直りのデートでは、身勝手な愛情表現が目立つ男の出てくる映画を見た。

 過去の交際相手なら気持ち悪がる様なそれも、彼女にとっては憧れに近い感情の対象のようだった。


 それから僕は、俗に言うヤンデレがテーマの作品に目を通す機会を増やした。やろうとまでは思わなくても、少しだけ共感できるような行動がいくつかあって、創作もバカにできないと改めて思わされた。

 その中でも、好意を寄せる相手の目の前で死んでみせた男の登場する作品が、僕の心に強く焼き付いていた。




 そして、今。


 様々な記憶が頭の中を駆け巡り、その大半を占めている彼女への愛がまた少し大きくなる。

 穴の埋まった器では入り切らなかった愛が、体から流れ出る血のように溢れてしまう。


 それを止めることも出来ずに、満たされた器とあやちゃんへの愛おしさ、仄暗い達成感を抱えて、僕の意識は闇に飲まれた。




ありがとうございました。

結局、全員自分勝手だったね、ってお話でした。

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