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とあるデッドエンド  作者: 読み専
2/3

補足

人によっては蛇足かもしれません。

視点が後輩くんに変わります。




 先輩が身代わりとなって車に撥ねられた。

 その事実が、変えられない現実として重くのしかかる。



 閑散とした告別式で、先輩のご両親が離婚されていた事、先輩を引き取った母親が、先輩が大学生の頃に亡くなられていた事を知った。


 いつの間にか、告別式は終わっていた。

 でも、何故かその場から動こうと思えなくて、駐車場に停めた車に背を預けたまま、空を眺めた。

 中途半端に曇っている空模様は、今の自分の心を表しているようだった。


「……あの、すみません。今、お時間大丈夫ですか?」


 足元に影が差し、その先に目をやる。そこには、喪服に身を包み、泣き腫らした目の女性がいた。

 ふと、告別式で唯一涙を流していたのが目の前の彼女だったな、と思い出す。


「……用件は何ですか」


 ぶっきらぼうに返すが、まだ成人前後に見える女性は気に留めた様子もなく、


「もしお時間大丈夫でしたら、少し話を聞いていただけませんか?」


 と返した。



 とりあえず近場のファミレスへ行くと、彼女はぽつぽつと先輩について話し始めた。

 

 彼女は先輩の元彼の妹らしく、以前は先輩ととても仲が良かったそうだ。

 だが、彼女の兄である先輩の元彼がデート中に事故で亡くなり、「お前のせいだ!」などと葬式で彼女の両親が先輩を罵って以来、一切の連絡を断っていたらしい。


「兄の死に傷ついているのは綾香さんも一緒なのに、綾香さんは悪くないのに、綾香さんを罵る両親を、私は止められなかったんです」


 本当の姉のように先輩を慕っていたと言う彼女が先輩の死を知ったのは、『墓参りすら許さない』と宣言した両親を、ようやく説得できた矢先だったそうだ。


「両親も、今回の事で酷くショックを受けていました。一度も兄の墓参りが出来なかった綾香さんと、綾香さんを守って亡くなった兄に合わせる顔がない、と。

 私自身、綾香さんは勿論、兄にも取り返しのつかない事をしてしまったと思っています」


 彼女はそう言って涙を拭った。


「……それで、貴女は俺になんの用があるんですか?」


 本来なら、優しく声でもかけて慰めるべきだったのだろう。

 でも、先輩の死と、先輩の元彼についてのショックから疲弊していたこのときの俺には、他人を気遣えるだけの余裕がなかった。

 そんな俺を咎めるでもなく、涙声で目の前の彼女が言った。


「これを、私の代わりにお墓に供えていただきたいんです」


 差し出されたのは、小さな白い箱……指輪の箱だった。


「兄が綾香さんにサプライズで購入した指輪です。事故の前に、プロポーズに使うつもりで買ったと言っていました」


 つまり、後ろめたさから先輩の墓参りをしたくないので、先輩に庇われて生きのびたという、頼まれ事を断りづらいポジションにいる俺に声をかけたということらしい。

 …ふざけるな。


「先輩はきっと、俺より貴女か贈られた方が喜ぶと思いますよ。

 ……話というのはそれだけですか。代金は俺が払うので、帰らせて頂きますね」


「えっ。あ、あの、それが出来ないから、わざわざ呼び止めてお願いしているんです!

 それに、お姉ちゃんだって…お姉ちゃんだって、絶対にまだ私が言った事怒ってる!!…っ!」


 身を裂くような悲痛さが籠った声で、彼女が叫ぶ。激情に身を任せ、続けて大きな声を出そうとした様子の彼女だったが、人がほとんど居ないとはいえ、ここがファミレスだったことを思い出したのか、1度深呼吸をしてから再び口を開く。


「…あんな事、いつもだったら絶対に言わなかった。でも、お兄ちゃんが死んじゃったなんて信じられなくって。お父さんたちがお姉ちゃんを責めるのを、私だけは止めなきゃいけなかったのに、楽な方に逃げちゃった。いっぱい酷いこと言ったし、結局お兄ちゃんのお墓参りもさせてあげられなかった。

 …だから、私じゃダメなの。でも、お姉ちゃんが庇った貴方なら、」


「いい加減にしてくれ」


 彼女は、俺について先輩に庇われて死なずに済んだということしか知らない、と頭の中では分かっている。

 それでも、時折見せる先輩の優しげな眼差しに、酔っ払って寝落ちした時の穏やかな寝顔に、俺は確かに惹かれていた。それは、純然たる事実として確かに俺の中にあったわけで。

 そんな俺にとって、先輩を庇って亡くなった結婚目前だった彼氏がいたという情報は、まさに寝耳に水だった。


 先輩を庇って死んだ彼氏と、先輩に庇われて先輩の死の原因となった俺。

 対極的な境遇、圧倒的な敗北感と罪悪感。

 できるものなら、今すぐにでも叫び出して暴れたかった。

 どうせなら、怒りに任せてこの無神経な女を怒鳴りつけてしまいたい。しかし、俺にはそんな資格はない。


「…先輩は、お酒に酔う度に貴女のことを話していました。『今頃は大学生だろうなぁ。人付き合いの苦手な子だから、上手くやれてるといいなぁ』って、優しげな顔で言ってくるんです。誰の話か聞いても、絶対に教えてはくれなかったけど、きっと貴女の事だったんだと、今なら分かります」


 俺の言葉に、俯いていた彼女が、追い詰められた表情をこちらに向ける。


「先輩は、貴女を恨んではいませんでしたよ。だって、俺がどんな関係の人か聞く度に『大大大好きな妹分』ってなんの陰りもない満面の笑みで言ってきてたんです。だから、先輩の所には自分で行って、今までの事を謝ればいい。先輩なら、『そんなに思い悩まなくても良かったのに。私、別に怒ってないよ』って、言ってくれるでしょうから」


 俺が仕事で失敗した時と同じように。

 俺が惚れたきっかけと、同じように。


 その言葉は、かろうじて飲み込むことが出来た。でも、きっと、顔には苦々しい思いが滲んでしまっているだろう。

 幸いだったのは、俺の言葉をきっかけに泣き始めてしまった彼女が、こちらに一切の注意を払っていなかったこと。


 大丈夫。俺の想いは、失意は、目の前の彼女にバレていない。



 泣き止んだ彼女を駅まで送り、その日俺たちは解散した。


 ここ数日ですっかり荒れてしまった自室に戻り、唯一無事なベッドに倒れ込む。


「………」


 目を閉じるとそこに、純然たる暗闇と言うにはやや赤黒い、確かに俺が生きている証が見えた。喉に何かせり上がってきたような気がして、歯を食いしばる。まぶたの裏が、火傷しそうなほど熱を帯びたのが分かった。しかし、熱をまぶたの外にこぼすことは無かったし、強く引き結ばれた口元から意味を成さない声を漏らすことも無かった。…出来なかった。





 翌年の一周忌の早朝。

 俺は、先輩の好きだった銘柄のお酒と献花を手に、事故現場へ訪れた。


 墓に参りに行ければよかったのだけど、残念ながら俺は、墓の場所もそれを教えてくれそうな人も知らなかった。だから、仕方なく。


「……先輩」


 11月の早朝ということもあって、辺りに人はいなかったし、通る車もまばらだった。


「俺、昨日、ようやくあの居酒屋行けたんですよ。

 暖簾くぐるだけでも足ガックガクで、たったひと口ビール飲んだだけでも視界グワングワンして。でも、やっぱ出汁巻き玉子がめちゃくちゃ美味しくて、頑張って我慢してたんですけど、それも虚しく号泣しちゃいました」


 苦笑いでそこまで言いきって、軽く深呼吸。


「…婚約者さんとは、会えましたか?

 ………どうか、お幸せに」


 心に広がった苦味を無視し、献花と酒を回収してから家に帰る。



 去年に比べて大分物の減った薄暗い部屋に、持ち帰った献花を飾る。衝動のままに壁に投げつけて壊した置き時計の隣に、早くも元気のなくなってきた菊の花。『いかにも』すぎる光景に、少しだけ笑いが込み上げてきた。

 ひとしきり笑って、誰もいないのをいいことに、堂々と独りで話し始める。


「ね、先輩。俺、あなたが大好きだったんです。できることなら、あなたの婚約者さんと同じようにして死にたかった。残念ながら、真逆でしたけど。

 …最初に会ったの、あなたはきっと教育係を頼まれた時だと思ってるでしょう?でもね、それより前、面接の時に会ってるんです」


 緊張でガッチガチだった俺が落としたハンカチを拾って、「就活生さん?頑張ってね」と、声をかけてくれた。おかげで緊張が少しほぐれて、大きなミスをすることなく面接を終えられて、先輩に仕事を教わることが出来た。


「それから半年くらいして、俺が仕事で大きなミスしちゃったの、覚えてますか?すっごく初歩的なヤツで、先輩はあっちこっちに頭下げて一緒に謝ってくれて。

 …自分で自分が恥ずかしすぎて、それからぎこちなくなっちゃった先輩との関係をどうにかしたくて。残業で運良く2人になった時、20個も入ってるチョコの箱渡して謝って。そこで、『そんなに思い悩まなくても良かったのに。私、別に怒ってないよ』って言って、笑顔を見せてくれたんです。

 その時に、堕ちたんです。初めて見るあなたのその笑顔に」


 先輩用に買った酒を開け、グラスに注ぐのもせずに口をつける。


「それからでしたね、俺が先輩を飲みに誘い始めたの。初めはすっごく困惑気に断られて、しばらくすると迷惑そうに、おざなりに『はいはい、行きませんってば。…これ、締切来週だってさ』って感じになって。

 嫌われるかも、って思った日が無いわけじゃないんです。でも、たまに、そのまま消えてしまいそうなくらい儚い表情してたから、不安だったんです。それを払おうとして……というか、こっち見て欲しくて、誘うのが辞められなかった」


 先輩は、他の人と全く話さないわけじゃなかった。けど、どこか壁を感じるようなことが多かった。特別親しい人もいないようだった。

 目を離したらそのままいなくなって、誰も気づけないんじゃないかって思ってしまった。


「先輩、頑なに僕の名前呼んでくれませんでしたよね。『先輩の同期の小林さんとややこしくないですか?』って言っても、『同期の方は小林さん、あなたは小林くん、これで十分でしょ。そもそも、部署違うからそこまでややこしくないよ』って。

 ……轢かれた時『かずくん』って笑ってたの、婚約者さんの方だったんですね」


 葬式で会った彼女の台詞を思い出す。


『私の兄、和正(かずまさ)は、綾香さんの婚約者でした。綾香さんは兄をかずくんと呼んで、兄は綾香さんをあやちゃんと呼んでいました。

 お互いをとても大切にしていて、比翼の鳥ってこんな感じなのかな、って思うくらいべったりでした』


「俺の名前は『和真(かずま)』で、婚約者さんとは1字違い。

 ……そりゃ、呼べませんよね。あなたの中で『かずくん』は、婚約者さんだけですもんね」


 彼女の死に様に、小説じみた展開を期待した自分がいた。

 自分にあまり思い悩んで欲しくなかったから、笑っていたんじゃないか。それなのに名前を呼んだのは、最期くらい俺の願いを叶えてもいいと思ったからなんじゃないか。

 ……そんなふうに考えてしまう俺だから、先輩に選んでもらえなかったんだろうな、と。今になって思った。

 何もかも、今更だった。




 ぐらり、と足元が揺れる。

 バランスを取ろうとして……やめた。元からそのつもりだったのに、直前になってタイミングを考えるのも変な話だと、そう思ったから。




ありがとうございました。

そのうち、蛇足(彼女を庇って亡くなった彼氏視点)が増えている可能性がありますが、今のところ展開が気に入っていないので、可能性がだいぶ薄いことだけお伝えさせていただきます。



オマケとして、私の脳内設定みたいな独り言を付け加えさせていただきます。

読み飛ばし可です。


どこぞの宗教で、自殺したら生まれ変われない、みたいなのがあった気がするので、こんなラストにしました。

一応人助けという善行をしたあやちゃん&かずくんは、生まれ変わって巡り会う可能性があるけど、後輩くんにはそれがないって感じです。

しかも、あやちゃんの一周忌にプランプランしちゃったものだから、現世に一切の心残りが無いあやちゃんは、既に現世に居ないんじゃね?って感じです。


救いないね〜♪(夢があるね〜♪の音程)

……みたいな?


本作、半年以上前にやったランダムお題メーカーみたいなやつで出てきた「こぼれ落ちる砂」「一瞬で世界が変わる」「時を刻む音」で考えたものです。

結構強引に入れこみましたが、楽しかったです。


改めまして、私の性癖セットにお付き合いいただき、ありがとうございました。

お疲れ様でした。

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