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とあるデッドエンド  作者: 読み専
1/3

本編

冒頭から死者が出ます。ご注意ください。




「綾香!危ない!!」



 見るもの全てが輝いていた。彩に満ちていた。



 …それなのに、一瞬で変わってしまった。

 全てから色が失われ、モノクロになってしまった。


 モノクロのはずなのに、何故かその赤だけは鮮明で。

 警告のような音が、ガンガンと痛いほどに頭の中で響いた。


「あ、あ……ああぁぁぁあああ!!!」


 獣のように叫び、足をもつれさせながら、赤へ走り寄る。

 鉄のような匂いが鼻をつく。震えが止まらない。


「ぃ、や…やだよ。やだ!やだ!やだぁあ!!!」


 わずかに覗く手に自らの手を重ね、周りのフラッシュを無視して、その手に爪を立てるくらい強く握り締め、縋る。

 縋る。縋る。縋る。


 けれど、いくら待ってもいつものような優しい声は発されず、暖かかった手からは温度が失せていった。



 その後、私はいつの間にか来ていた救急隊員によって引き離され、病院に着いてしばらくしてから薄寒く薄暗い部屋へ連れて行かれた。


「………ねぇ、早く起きてよ。独りは嫌なの。ずっと一緒って言ったじゃん。

 ……〜〜〜〜っ!」


 声にならない声で泣く。

 いつもなら優しく握り返してくれる筈の手は氷のように冷たくて。

 今まで一緒に過ごした、短くとも幸せな日々が脳裏に浮かび、次々と色を失っていく。



 追い縋っても、追い縋っても、私が望んだものはいつもこうして両の掌からすり抜けてしまう。

 それらは『偶然運悪く起こってしまった』だけであって、誰が悪いわけでもない。

 そう思えるようになったはずなのに、心の何処かで、私が悪いんじゃないかと責める声が止まない。




 彼が居なくなってから3年。

 相変わらず世界は色を失い、口にするもの全てに味がないままだった。

 感情の起伏を失ってしまったかのように、私の表情差分は消去され、プログラムされたロボットのように同じ日々を繰り返すだけ。


 ………だから、今日も何も変わらない日常を送るはずだった。それなのに。


「あの、先輩!もし良かったら今晩ご飯一緒にいかがですか!?」


 何故か、教育を担当した後輩が私にまとわりつき始めた。


「行かない。何度誘われようと、あなたと行くことは絶対に無い。だから、いい加減諦めてちょうだい」


「そんなつれないこと言わないでくださいよ!ね?一回だけ付き合ってくれるだけで良いんです。

 その上で嫌だとおっしゃられるなら二度と誘いませんから!」


 どれだけ冷たく突き放そうと、諦めてくれない。


「先輩!会社の近くに新しいカフェができたんですって!一緒に行きましょう!!」


 何度も、


「先輩!この前良さげな居酒屋見つけたんです!一緒に行きましょう!!」


 何度も、


「先輩!今晩一緒にどうですか?2人っきりじゃなくてもいいので!もちろん、俺が奢りますから!!」


 何度も、懲りずに同じ事を繰り返してくる。



 そして、半年以上それが続いたある日。

 あまりのしつこさに耐えかねて、『一度だけ』という約束で近場の飲食店に行った。

 はしゃぎすぎてビールを溢したり、注意散漫になるあまり、食べ終わった枝豆の皮を口へ運んだりする後輩を横目に食べた出汁巻き玉子は、出汁が効いていてとても美味しかった。


 翌日、『一度だけ』という約束だったはずなのに、後輩に引きずられるようにして再び居酒屋の敷居を跨いでいる私が居た。


 それからは、毎週水曜日の仕事終わりに居酒屋へ通い、優しいお出汁の味がする出汁巻き玉子を食べることが習慣になった。

 いつの間にか、睡眠薬は必要なくなっていた。



 この日も、居酒屋で色々と些細なやらかしをする後輩を横目に出汁巻き玉子を食べ、割り勘で会計を済ませて店を後にした。


「あ〜美味しかった!

 先輩、いっつも出汁巻き玉子頼んでますけど、たまには別のもの食べたくなったりしないんですか?」


 そして、いつものように酔って口の軽くなった後輩が、色々と捲し立ててくる中、適当にあしらいながら駅へ向かっていた。


 最近、何だか夢見が良くなった。時計の音が怖くなくなった。仕事にやりがいを感じられるようになった。居酒屋に行けない日に、寂しさを感じ始めた。

 ただ、私が私を責める声だけが止まない。

 でも、きっとこれは、とても良い変化なんだろう。

 いつも、どことなくフワフワしていた彼は、「良かったね」と微笑んでくれるのだろう。

 「少しずつ、前を向いて行けばいいよ」と、頭を撫でてくれるのだろう。




 でも、やっぱり私には、こんなにも暖かい『いつも通り』はできないようだった。


「…っ危ない!!」


 飲みすぎたようで足元のおぼつかない後輩が、ふらついた拍子に車道へ飛び出した。

 足を絡ませて転び、白いライトに照らされる。


 私は、衝動的に後輩の手を引き寄せ、反動でスポットライトの中心へ躍り出ていた。



 驚きに見開かれた後輩の目を見て思い出すのは、赤く染まった鉄塊に飲み込まれた最愛の人。

 あの時の光景は、3年半の時が過ぎた今も私の脳裏に焼き付いている。

 …忌まわしく、怨めしく、彼と最期に会った思い出だから、愛惜の念を拭い去れない記憶として。


 それを後輩に味合わせてしまう事に申し訳なさを感じるけれど、人の命を救えたと思うと…ううん、これでやっとあの人に会えると思うと、嬉しくてたまらない。


 彼はきっと、私がこれからそちらにいっても、少し困ったような微笑みのまま、


「仕方ないなぁ」


 と言って許してくれるだろう。


 そしたら、思いっきり、彼が転んでしまうくらいの勢いで、彼の胸の中に飛び込んで。

 慌てて体制を立て直す様子を見て少し笑って、ムッとした彼の機嫌を取って。



 口角が自然と上がっていく。

 世界に色が戻る。

 鮮明だった喧騒が、膜が張ったようにぼやけていく。


「かずくん」


 ごめんね。

 貴方がくれた命を無駄にしてしまって。



 まってて。

 いま、そっちにいくから。




ありがとうございました。

明日、補足を投稿する予定です。もし宜しければそちらもどうぞ。

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