9 罪の所在
クララ・アダムスは、笑っていた。
まるで聖母のように。
そして毒婦のように。
相反するそれが雑駁と混ざり合い、なのに浮かべているのはとても可憐で、とても蠱惑的な微笑み。
「あは。あはは。こんな所に堕ちても清らかで正しくて美しくて、本当につまらない女。でもそれって、随分な仰りようだわ。だってあの四人がああなってしまったのは全部、全部、リルローズ様の所為なのに」
「……え……?」
「姉さま! そんな言葉に耳を傾ける必要はないよ!!」
焦った様子のリュカは必死に叫ぶが、リルローズの耳には届かない。
まるで魅入られたように、目が耳が、クララの一言一句を拒絶しながらも逃すまいと、全神経を傾けているからだ。
「うふふ。だってそうでしょう? あれだけ虜にさせておいてその清廉な身体には指一本も触れさせて貰えないだなんて、生殺しもいいところだわ。どれだけ一途な愛を捧げても報われないのは辛いでしょう? だから私が応えてあげたの。可哀想な彼らの心に寄り添って、その傷ごと全部受け入れて、この身体で慰めてあげたの」
「……何、を……」
言っているのか、分からない。
「やだぁ、本当に分からないんですか? 酷い人。ねぇリルローズ様、鈍感が可愛いだなんて物語の中だけの話ですよ。本当はとっても狡くって惨くって、罪深い事だわ」
無機質な石畳に力なく座り込むリルローズを恐ろしく冷めた眼で見下ろしながら、クララは甘く優しい毒を吐き続ける。
「簡単に近寄らせておいて、無防備に笑い掛けて気安く触れて、そうやって期待させておいて、最後は『知らない』『気付かなかった』『私は関係ない』って手を振り払うんですね。まあ酷い。……皆様、私の事を場末の娼婦だなんて蔑んで下さいますけど、私からすれば余程リルローズ様の方が残酷で無慈悲で──悪質だわ」
「わ……わたくし、は……」
『彼ら』が誰を指すのか、今更分からないなどとは言えなかった。だけどリルローズにはどうしても信じられない。セルジオの婚約者に選ばれてから十年、『彼ら』とは良好な関係を築けていた筈だ。順当に行けば次代の王と王妃、そしてそれぞれの父親の跡を継ぎ王家に尽くす三人。何も不安などなかった──彼女さえ現れなければ。
彼女の出現が全てを壊した、そう思っていたのに。
──違った……の?
──わたくしが、全てを壊してしまったの?
完璧だと、そう思っていたかっただけなのか?
表情は乏しいけれど穏やかで紳士的だったハンソンも。
粗野な所もあったが正直で一本木だったモディリアも。
小生意気だが素直で愛嬌たっぷりだったベイカーも。
甘い言葉など掛けては貰えなかったけれど、誠実でとても優しかったセルジオも。
「わたくし……の、所為で……」
あんな風に、変わってしまったと、そう言うのだろうか。
「あは、うふふ。リルローズ様って本当に、『悪女の鑑』ですね。うふふ、うふふ」
鈴を転がすように軽やかな音色で笑うクララ。だけどリルローズを眺めるその瞳は、凍える程に冷たかった。