8 狂気
「あは。なんて美しい姉弟愛なんでしょう」
ざらりと耳をなぞる甘ったるい声に、リュカは姉には聞こえないよう細心の注意を払いつつ舌打ちし、思いきり顰めた顔をそちらへと向けた。
「まあ、怖いお顔。うふふ、ねぇリュカ様。どうかしら、考え直して頂けて?」
松明の小さな灯りしかない薄暗い地下牢内で、手にしたランプの光に照らされたクララの顔は年齢に適わない妖しさに彩られ、それが何故かとても恐ろしくて正視に堪えなくて、リルローズはそっと目を伏せた。
「考え直す? 何を? ……姉さまがここから出て、王家とも侯爵家とも縁を切って自由に、幸せに生きていけるようになるのなら僕はなんだってするさ。今すぐにでも君に跪いて──そうだね、足にでもキスしてあげるけれど」
「あら、まあ、それはとっても素敵!! うふ、リュカ様は本当にリルローズ様がお好きなのね……妬けちゃうわ」
「だけど君は、姉さまを逃がす気なんてないだろ。だから僕は君の望みを叶えてはあげられない」
鉄格子を挟んで二人は睨み合う。張り詰めた空気が刺す肌の痛みに身を震わせるリルローズの恐怖心を背中で感じ取りながら、クララは慈母の如く微笑を口元に貼り付けて再び甘く囁く。
「うふふ。私の所へ来て下されば安寧は保証致しますよ。ああ尤も、舌を噛めないように歯は全部抜いて、逃げられないように手足の腱は切らせて頂きますけれど。──あは、でも大丈夫ですよ、ちゃんと最期まで愛でて差し上げますから。うふふ、うふふふふ。私ね今、妊娠しているの。誰の子なのかいつも分からなくて困っちゃうのだけど、うふふ、でもこれならリュカ様に母乳をあげられますでしょう?」
丁寧に音符をなぞり、愉しげに唄うかのように語るクララは、もうずっと以前に常軌を逸してしまったのだろう。リュカはそんな彼女をほんの少しだけ不憫に思った。だが彼女は、リュカにとって唯一の家族とも言える最愛の姉を陥れ、傷付け、彼女から全てを奪い取った忌むべき相手。
憐れんでも、決して同情はしない。
二人のやり取りに、リルローズは震えた。恐怖ではなく……抑え難き激しい怒りに。
彼女が心を預ける唯一の存在である最愛の弟に対して、その尊厳を貶めるような発言は到底赦せるものではない。加えて、その後のクララの言葉が虚偽ではないとすれば、それは決して看過出来ない話だ。
「クララ様、今のお話は本当なのですか? 貴女は王妃となられるお立場の方。それなのに殿下以外の男性と子を成すような行為など、赦されるものではありません」
問い質す声は硬く、鋭い。その相手が誰なのかはリルローズには見当も付かないが、セルジオへの裏切りは断じて赦せない。
だが次の瞬間、リルローズは戦慄するのだ。
振り返ったクララが浮かべたその邪悪な笑みに、その唇が紡ぎ出した言葉に──