7 姉弟
頬を伝う涙が一つ、二つ。また一つ、二つ。ぽとりぽとりと零れ落ちては、冷たい石畳を濡らしていく。
「姉さま、泣かないでよ」
「だって……だってわたくしの所為で、リュカ、貴方まで……ごめんなさい、ごめんなさいリュカ……」
苦しげに、何度も謝罪を繰り返すリルローズに対して、応える声は幼くも案外と落ち着いたものだった。
「姉さまの所為じゃないでしょ? それに僕は、これで良かったんだと思ってる」
「……リュカ?」
それは思いがけない言葉で、その真意が分からずに困惑するが、そんな風に考えざるを得ない心理状態に追いやってしまったのは自分なのだと、リルローズの心はまた深く悔恨の海へと沈んでいく。
「誰かを憎んで、姉さまのいない世界を独りで生きていくのは僕には辛すぎる。それに、姉さまを見捨てた侯爵家には何の未練もないし、『あの人』がこの先どうなろうと知った事じゃないしね」
彼は肩を軽く竦めて笑うが、リルローズの胸には行き場のない怒りが再び沸き上がってきた。
『リュカ様の処刑は侯爵も了承済みですよ、うふふ』
それは、連行されるリルローズにすれ違いざま、クララがそっと耳打ちした言葉。
おおよそ、父親らしからぬ男だった。
リルローズにしてみれば、既に二度も見捨てられているのだから今更何かを望む気も期待もしないが、利用価値のなくなった自分ならともかくリュカは侯爵家唯一の男児で跡取りなのに、こうも簡単に切り捨てるとは……
それを思うと、巻き込んだクララも、救おうともしない父親も、腸が煮え繰り返る程に憎らしかった。決して赦すものかと思った。
こんなにも誰かを憎んだのは初めてだった。
「あのね、姉さま。そんな事よりも僕ね、もしも生まれ変われるのなら今度は姉さまの兄さまになりたいんだ」
「わたくしの、お兄様……に?」
だがそんな姉の濁りゆく心中を察したのだろう、リュカは殊更明るく話し掛ける。
「うん。姉さまよりずっと早く生まれて、いっぱい勉強してもっと身体も鍛えて、今度こそ姉さまを守りたい。姉さまが泣かないで済むように、僕が守るんだ」
薄暗い地下牢内の鉄格子越しでも、リルローズには通路の向こうのリュカの瞳が輝いて見えた。それはとても眩しくて美しくて、尊いもの。
「……姉さまがずっと前から一人で悩んで苦しんでいる事には気付いていたのに、僕は何も出来なかった。だから次がもしあるのなら、絶対に僕が姉さまを守るから」
リュケイオス・ソフィーリオ。
彼はリルローズの大切な弟。
純真無垢な天使。
リルローズのただ一つの心の支え。
ああ、もう残された時間は僅かだけれども。
最期まで最愛の弟の側にいられるのなら、それこそ今までで一番幸せな『死』ではないか。
そんな風に思ってしまえばまた、彼に申し訳なくて苦しくて、大粒の涙が次々と溢れ出てはリルローズの頬を濡らし続けた。