6 リュカ
「あは。うふふ、相も変わらず無反応でつまらない人ですね、リルローズ様って」
不意に響いた、ねっとりと身体にまとわりつくような甘ったるい声に、皆の視線が集まる。
「うふふ、うふふ。でも、いつまでもお澄まししてはいられませんよ?」
注目を集めるのがそんなに嬉しいのか、舞台女優宛らに軽やかな笑い声を響かせて、クララ・アダムスは目を細めた。
「……何が仰りたいのですか? クララ様」
「あらやだ、怖い。だってちょっと考えれば分かるでしょう? 王族殺しの罪がリルローズ様お一人の首で贖える訳ないじゃないですか」
こてん、と小首を傾げる様子はとても愛らしい筈なのに、その微笑みの向こうに見え隠れするものは鎌首を擡げる毒蛇のような邪悪さだ。
暫し、無言で睨み合う二人。ややあって、先に口を開いたのはクララだった。
「貴女と共謀した罪で、リュカ様も捕らえましたよ」
蛇という生き物は音も立てず噛み付くと、唾液に含まれる猛毒を突き立てた牙から相手の体内へと流し込む。じわりじわりと浸潤するものが神経毒であれ出血毒であれ、それは確実に死へと至らしめるとても恐ろしいもの。
「あは。あはは、あははははっ!! ああ、そうよ、その顔!! その顔が見たかったの!!」
「クララ!! クララ・アダムス!! よくも!! よくもリュカまで!!」
それは凄惨と言っても差し支えないような光景だった。万人から『淑女の鑑』と讃えられるリルローズが、憎悪に満ちた眼差しでクララを睨み、誰も聞いた事のないような声で叫んだのだ。その激昂に誰もが言葉を失うが、リルローズがどれだけ『リュカ』を大切に想っているかを皆、知っている。
だからこそ一層、そこまでするのかと、クララのリルローズへの悪意に慄然とするのだ。
「ああやだ、怖ぁい。ねえオットー様、早くリルローズ様を捕まえて下さいな。でないと私、リルローズ様にまた酷い事をされてしまうわ」
なんとも愉しげに囀ずるクララは芝居掛かった動きで震えてみせて、自身を囲む四人の男の中で最も大柄なモディリアに撓垂れると甘い声でお強請りをした。
「どうしてリュカを、──い、痛!!」
「暴れんなよ、リルローズ」
周りからしてみれば大変に耳障りな甲高く品のない声音も、狂信者達にはこの上なく甘美に響くのだろう。
モディリアは浅黒い頬をうっすら染め厳つい顔をだらしなく緩めたが、次の瞬間には打って変わって冷徹な表情を浮かべ、リルローズの細い腕を容赦なく捻じ上げた。
「これ以上、クララ嬢に手出しはさせねえぞ」
「……うぅ、……オットー……」
「馴れ馴れしく呼ぶな。お前はクララ嬢の敵だ」
リルローズの表情が歪む。
だけどそれは痛みの所為だけではなく変容してしまった従兄弟を憐れみ哀しんだものなのだと、堕落した彼が気付く事は生涯なかった。