3 クララ・アダムスという女
綿菓子のように軽やかに、ふわふわと揺れる栗色の髪。
濃い橙色の瞳は、幼い顔立ちに似合わない妖しげな毒を孕む。
一年と少し前、随分と中途半端な時期に転入生として学院に現れた彼女が、正に全ての『元凶』だった。
彼女の名はクララ・アダムス。セルジオやリルローズより一つ下の十六歳である彼女は今年度の卒業生ではない。にも拘わらず、さも当然とでもいった顔でパーティーに出席しているのだ。
よりによって、セルジオのパートナーとして。
勿論、卒業パーティーにはその年の卒業生以外も出席が認められている。だがそれはそれぞれの婚約者や恋人がパートナーとして花を添えるだけであって、そのどちらでもないクララが、ましてや婚約者のいる男の恋人然として振る舞うなど前代未聞の大珍事である。
正直なところ、この茶番劇に参加者達は辟易としている。
陳腐極まりない脚本の舞台に引っ張り上げられたリルローズを心底気の毒に思うし、その彼女が全く感情の波を見せない事も相俟って、皆の目には一層セルジオが滑稽に映るのだ。
だが解せない。あれ程リルローズに執心していたセルジオの胸の内に、一体どのような変化があったのだろうか?
完璧な美しさも高い知性も優れた家柄も、教諭達が寄せる全幅の信頼も、生徒達からの天井知らずの好感度も支持率も、リルローズは全てを得ているのだ。
クララ・アダムスなどどこを取っても何一つとして彼女の足元の影にすら遥か及ばないと言うのに、そんな女を何故選んだのか全く理解出来ない。
これがもしセルジオが、卑屈で狭量で何一つ婚約者に敵わない男であったのなら、自分より更に劣る女を侍らせる事でちっぽけな自尊心を満たしたつもりなのだろうなと、ある意味納得しなくはないが、本来の彼は決してそうではない。
これはもしや、質の悪い呪いの類いにでも掛かったのか?
そんな風に囁かれる程、彼の変心は異常だった。
しかし真実がどこに隠されていようとも、セルジオの行為は到底許容されるものではない。
例え学生主体のパーティーだったとしても、この場に於ける言動は全て成人のそれとして扱われる。近く王になる身とはいえ、王家によって取り決められた婚姻を現時点ではまだ王太子でしかない彼が一方的に破棄するなど、立場を逸脱した行為と捉えられるだろう。
実際に参加者の多くが彼に失望していた。まるで安物のメッキのようにポロポロと、王家への、彼への忠誠心は剥がれ落ちてしまったのだ。
彼に寄り添う、勝者の笑みを隠そうともしない馬鹿女がそれに拍車を掛けているというのに、その事に気付きもしない愚かさにも。
誰もが、この後に続くセルジオの言葉など安易に想像出来た。でっち上げた罪を並べ立ててはリルローズを一方的に非難し、この婚約破棄は正当なものだとこじつけるのだろうと。
しかし彼らの予想は見事に裏切られたのだ。
「リルローズ・ソフィーリオ。王を毒殺せし罪でお前を捕らえ──処刑する!!」
最悪だ。最悪の馬鹿だ。
終わった。もう手遅れだったのだ。
もう、この国は救われない。
誰もが思った。