24 失ったもの
『だからアナタはね、簡単に死んじゃダメなのよ?』
遠くで、レオノアのそんな言葉が聞こえたような気がした。
指先から、髪の毛一本まで。全てが脆弱な泡のように一つ、また一つと音を立てて弾けては消え去り、掻き集めた僅かばかりの意識も突然の睡魔に襲われた時のように酷く混濁して、そのまま遠く深い何処かへと流されていく。
……こんな感覚を、リルローズはよく知っている。
過去二度、死に戻りの際に感じた、ざわざわと全身が粟立つような浮遊感。為す術もなく全てが失われていく心細さと情けなさに、その度に涙が溢れた。
……だけど不思議だ。
今回は、なんだか少し、違う気がするのだ。
まるで、誰かが導いてくれているような気がして。抗えず閉じた瞼の向こうは真っ白で、墜ちていっているのか浮かび上がっていっているのかも分からない身体はとても心許なくて──なのに何故なのか、ああ幼い頃の、父と母と手を繋ぎ、二人の間ではしゃいだあの日がまざまざと蘇った。
母の大きくなったお腹に、間もなく産まれてくる弟を思い描いて感じた言葉では言い表せない程の歓喜を、まるで今この瞬間のもののように思い出す。
願わくはもう一度、あの幸せを。
願わくは今度こそ、守れますように。
強く思えばまた涙が零れて、頬を伝い落ちた。
そしてそれを最後に、リルローズの世界は暗転した。
『……死んじゃダメ、か』
沈黙と孤独が支配する空間に、レオノアの独り言がぽとりと落ちて転がった。
『馬鹿みたい』
繰り返し死ぬ事を強要しておいて、そのくせ死なないでと願う。なんたる矛盾か、なんとも滑稽である。
『こういうのが、人間だけが持つ弱さ……なのかしら?』
だけどやっぱり、よく分からない。
どれだけ時間が経っても、どんなに考えてみても、どうしても理解出来なかった。
だからなのか、珍しい事にレオノアは自分の判断が果たして正しかったのか、自信を持てずにいた。
『……これで、よかったのよね? 知らない方が、リルの為よね……?』
頼りなく呟けど、その問いかけに応える声はない。
勢いよく滑り落ちた刃がリルローズの首を躊躇なく断ったその瞬間、セルジオの心身はまるで雷撃に打たれたかのように激しく痙攣した。その衝動はクララによって重ね掛けられていた魅了を凌駕し、彼に久しく失っていた正気を取り戻させた。だがある意味それこそが、彼の不幸だった。
喉を引き絞って叫び、広場の中央、処刑台を悠々と眺められるようにと臨時に設えられた豪奢な椅子から転がり落ちると、セルジオは手足の自由が利かないのか獣のように這いつくばり、死に物狂いで処刑台へと重い身体を進ませた。
「あ……ああ……うああ……」
辿り着き、震える両手で銀色の塊を抱き寄せ、あの美しかった顔をこちらに向ければ、光を失った紫水晶の瞳がぐるん──と、左右それぞれ違う方向へと回転した。あれだけ求め、恋い焦がれた美しい瞳は決して、セルジオを見つめはしなかった。
「あ……ああ……、ああ……、あああああああああっっっっ!!」
正にそれこそ、雲を裂き、空を突き刺す、獣の如き咆哮だった。
慟哭、そして慟哭。また慟哭。
そうして彼は再び、正気を失った。




