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23 空色の少女


「ああ、確か、ボン伯爵家のご令嬢だな」


それに、我が娘ながら──いやいや、さすがは我が娘だ、目の付け所が素晴らしい。


と、侯爵は大変にご満悦だ。


実は彼自身も非常に高い関心を寄せていた人物だったものだから。勿論、令嬢ではなく伯爵本人の方に、であるが。それもあって、愛娘の明晰さに小躍りしてしまいそうな程の嬉しさを覚えたが、それを露にするのは少々、父としての沽券に関わる。そんな喜びは胸の内にひっそりと納めると、アルブレヒドは彼女の問いに平然を装ってそう答えた。



「これは、侯爵閣下!!」

リルローズの囁きを耳敏く聞き取ってはざわめく人々の中にあってもよく通る声が、悲鳴にも似た色を伴って大きく響き渡った。

「僕──あ、いえ、私の娘が何かご息女に粗相を働きましたでしょうか?」

慌てて駆け寄り恐縮しきりのその人は侯爵よりも幾分も若く、リルローズと同年代の娘を持つようには到底見えなかった。名をクローシェ・ボンと言い、年の頃はもしや二十歳を幾つか過ぎた程度ではなかろうか? 少年と呼ばれても頷ける、まだあどけなさを残した面立ちだ。

「いやいや、どうやら私の娘がそちらのご令嬢に一目惚れをしてしまったようでね。是非とも紹介して貰えないだろうか? ボン伯爵」

にこやかに告げる侯爵に相対する伯爵に掛かる重圧は一体どれ程のものなのか。

気の毒なまでに狼狽え、次いで絶句し、冗談めかした侯爵の言葉に上手く対応も出来ずに目を白黒させているではないか。


そもそも家格が違い過ぎる。


ざっくりと分類したのならば『侯爵家』と『伯爵家』は並び順だけで見れば近くはあるが、片や限りなく公爵家に近いと評され、アルブレヒドも含め代々の当主が国の中枢で重職に就いてきた名門中の名門。片やまだ歴史も浅く、この年若い当主が三代目を継いだばかりの新興の家門。このような状況でもなければ、並んで話す事さえ憚られる程の隔たりがあるのだ。


「伯爵?」

「!! あ、あの──ええと、あの、マリー、おいで」

呼び掛けられ我に返ったか、伯爵は急いで娘を呼び寄せた。だが頭の中はまだ混乱中なのだろう、愛称を使った事にも気付いていないようだ。

「パパ? どうしたの?」




この時の事を、リルローズはずっと忘れられないでいる。

父親に促されて、小走りに駆け寄ってきた女の子に、胸の奥がじんわりと熱くなった事も。

その姿は、眠れない夜に母が枕元で読み聞かせてくれた物語の中の、可愛らしい妖精を彷彿とさせた。

父譲りの紫の瞳以外は全て母の生き写しだとよく言われるリルローズとは真逆で、彼女はどう謙遜しても父親似だ。空色の髪も、少し下がり気味の眉も、濃い藍色の瞳も、小さな鼻も、淡く色付く柔らかそうな頬も、今は少し引き攣っている唇も。それから、緊張からかぎこちなく笑った顔も。


何度人生を繰り返しても、その度に違う出逢い方をしても、やっぱり彼女はリルローズの親友でいてくれた。側に寄り添ってくれた。優しく慰めてくれた。

たった一人の親友。

リルローズの大切な大切な、掛け換えのない友。


マリエッタ・ボン。




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