17 レオノアの不安
「有り難うございます、ノア」
『お礼を言うのはまだ早いわ。一度で何もかも上手く行く訳じゃないんだから』
晴れ晴れと笑んで、なんなら小躍りでもしかねない勢いのリルローズに、レオノアはやんわりと釘を刺した。その態度に、もし自分に姉がいたならばこんな感じなのだろうかと、つい想像してリルローズは少しだけ笑った。
『やだ、何笑ってるの? 変な子ね。あのねリル、因果には正負があってね、それぞれ少しずつ積み重なるものなの。それは目には見えないしすぐには結果として出ないけれど、確実に蓄積されていくものなの。これからのアナタの行動一つ一つで未来は悪くも良くもなるんだって、ちゃんと理解しなきゃダメよ。でないと苦しむのはアナタ自身なんだから』
レオノアのお説教は一体どれ程リルローズに響いたのか。
分かっていますと応えるリルローズの、幼子のように穢れない瞳に、レオノアは一抹どころでは済まない不安を覚えるのだ。
過去二度は虚しく死んで孤独に死んで、そして三度目は拭い難い怒りに震えながら死んで。
婚約者だった王太子や、気心の知れた幼馴染みでもあった男達に手酷く裏切られ、その心に消えない傷を残したというのに。
──いくらアタシが人智を越えた存在だとしたって。
どうしてここまで短絡的に信じてしまえるのだろう?
これでは些か楽天が過ぎるのではないか?
こんな事では、繰り返す絶望に抗いきれないのではないだろうか?
そんな事は心底どうでも良いくせに、レオノアは人間ならば当然そうするようにリルローズの未来を案じた。
──杞憂に終われば良いんだけど……
だが残念ながら、レオノアの不安は見事に的中するのだ。但し、少々ぶっ飛んだ方向に、だが。
母の死を、防げる。
弟の、あの処刑ありきの結末を変えられる。
特効薬さえあれば、多くの患者達が死の恐怖から抜け出せる。
大勢が、愛する家族の喪失を嘆かずに済む。
リルローズの心は一体いつ以来だろうか、晴れやかに軽やかに躍った。
それは可能性の一つでしかないのだと、あれだけ口酸っぱく諭されたにも拘わらずだ。
「オットー達とは出来るだけ距離を取るようにすれば大丈夫でしょう。後はセルジオ様が本当に想われる方と添い遂げられるように、わたくしが婚約者にならなければ完璧ですね!!」
『……………………ん?』
「お父様を説得するのは大変そうだけど……お母様にお口添えして頂ければ、きっと考え直して下さる筈ですもの」
『え、待って、ちょっと待ってリル。どこをどうすればそういう発想になるのよ?』
「はい? 何がですか?」
慌てて詰め寄るも、リルローズの反応は極めて鈍い。きょとんと小首を傾げるさまはそれはそれは可憐で、どんな高価な宝石も敵わないだろう輝きを放つ紫水晶の瞳をまん丸にしているのも大変に愛らしいが、どうやら本当にセルジオの気持ちに気付いていない模様。
──確かに、クララ・アダムスの言った通り、リルローズは『ちょっと』鈍感だ。
人間なんてものには無関心のレオノアでさえ、それとなく察したというのに。




